206 旅支度と聖女の鍛錬
「――そう言えば、女神様の用事ってなんなの?結局」
「着いてからのお楽しみだってさ」
龍界への旅路の出発前。
最後の準備と確認をしていたのは女神の使い魔であるヤマトと精霊アリア。
共に向かう龍界の話題を交わしつつ、女神様がこの旅路を許可した理由でもある〔用事〕について言及した。
現状実質待機期間であるヤマトに遠出を許可したのは、女神様自身にも行かせる理由があったから。
だがその内容はまだヤマトにも知らされず、着いてからのお楽しみだと言われた。
「そういえば、アリアは…まぁ正確には元精霊女王は龍界に行ったことあったりするの?」
「全く無いわね。存在認識も知識もあるけど対面する機会は基本的にはないもの。向こうも年季の入った引きこもりだし」
龍は基本的に龍界から出てこない。
ワイバーンなどの派生種などは割と気軽に領域を出るし、そもそも龍界以外に住むこともある。
だが〔本物の龍〕に該当する存在達は龍界の中に引きこもる。
彼らは領域の外には滅多に出ることはない。
つまり会うためには今回のように自ら会いに行くしかないが…精霊にその必要性など皆無で、更に弱い精霊には龍の存在感はだいぶ重いらしい。
「その上で精霊女王の立場はおいそれと精霊界を出れるものでもないから、私は全くこれっぽっちも面識は無し。とは言え他の子らがどうかは知らないけどね。もしかしたらそもそも龍界で生まれたなんて希少な精霊も世の中には居るかも」
「そんなの居るの?」
「可能性の話。あそこは龍の影響が強すぎて精霊が生まれるには全く適さない場所ではあるけど、可能性がゼロではない限りはそういうのが居てもって話でしょ?魔王の領域以外は何処でも、可能性はゼロではないのだし」
精霊は自然の力の強い場所で生まれるのがセオリーだが、行ってしまうとこのお城の中に突然ポンと生まれる可能性だってゼロではない。
この世の何処でも精霊が生まれる可能性は、自然な場所であればゼロではなく存在する。
ゆえに龍の影響下にある龍界でも精霊誕生の可能性を、本当に極小さな可能性だが秘めている。
ただし不自然な領域である魔王城とその周辺だけは本当にゼロであるが。
「あ、そうだったわ。この本も仕舞っておいて」
「本?あ、これって…勇者伝説の?」
「この前のお話の補填に借りた本ね」
そんな話をしながら出発準備に、何冊かの本をヤマトに渡してくるアリア。
次元収納にしまって持っていく荷物。
その一冊は例の勇者伝説の本であった。
「これって城の蔵書?持ち出せないんじゃ?」
「そっちじゃなくて、賢者の私物で借りたものだから問題なし。ちゃんと許可も取ってるし」
城ではなく賢者の個人所有の本らしいので、本人に貸し出しの許可を得ているなら持って行ってもなんの問題もない。
「…なんか、これから龍の領域に行くってところで、ちょっと微妙そうな本まであるなぁ」
だがその何冊かの中には、これから向かう龍界の龍たちに喧嘩を売りそうな本も混ざっていた。
〔龍殺しの英雄〕にまつわるお話。
これから向かう領域の住人である龍の一体を殺した人間の物語を記した本。
「まぁ見せびらかすものでもないから大丈夫よ」
「そうだけどさ」
物語自体は〔龍の腕試し〕に挑む人間のお話。
『我に挑みし強き者はおらんか?見事に我を撃ち滅ぼしたならば我が亡骸の全てを褒美にやろう!』
強き者を求めて龍界を出た若き龍が、人々に対して挑戦状をたたきつけた。
そして〔龍の褒美〕に釣られた腕自慢達が何人も龍に挑むも歯は立たず。
だがある時、一人の青年がその龍に挑み、見事に龍を倒して見せる。
大雑把にまとめて語るならばこの物語は『後に"龍殺し"と呼ばれる男の生い立ちから、なぜ龍と戦う決意をしたのか、どうやって龍を倒したのか、そして龍を倒して褒美を授かった後どうなったのか』を語るもの。
実在した龍殺しの青年の半生を記した物語。
勇者の物語ほどではないが、そこそこに知られる物語のようだ。
(龍の褒美かぁ…あの魔石は…まぁモノが違い過ぎるか)
ヤマトが思い出したのは、既に人に譲った〔古代龍の魔石〕の存在。
この褒美とは確実に異なるものであるが、龍の亡骸の素材であるのは確かだ。
「あ、あとこれも仕舞っておいて」
「いつの間に買ったのそのおやつ?」
こうして最後の荷造りを済ませた二人は、借り受けていた部屋を後にする。
そろそろ集合の時間。
一行の待ち合わせ場所へと歩み出すのだが…
「あ!?避けてくださぁあああいいいいい!!!!」
「ん?」
その廊下で起きる騒動。
突然開いた近くの部屋の扉から猛スピードで飛び出してきた存在。
それはヤマト達を目掛けて…正確にはアリアに向けて突撃してくる。
「てい」
「あ」
だが当然、その程度の不意打ちがアリアに通用するわけもなく。
向かってくる人形の腕を取り、アリアは綺麗な投げ技で床に叩きつけた。
結果見事にバラバラになる人形。
「いや壊すなよ…」
「あら?」
最近、脳筋王子の影響を受けてか近接技のバリエーションが増えた精霊アリア。
魔法よりもその咄嗟の肉体行動で、見事に人形を壊して見せた自衛。
停止させるだけで良かったものを木っ端みじんにしてしまった、ちょっぴり過剰防衛気味の対応。
「違うのよ。壊すつもりは…意外に脆くて」
「えっと…弁償必要?」
「いえ大丈夫です!練習用の簡易ゴーレムだったので…というかすいませんでした!!」
弁償は必要ないと告げながら思いっ切り頭を下げるのは人形を追って慌てて部屋から出てきた二人の内の一人の少女。
正体は現在王城滞在中の"守護聖女"サラ。
そしてたった今アリアが粉砕したのは彼女の操る《ゴーレム》。
「練習してたら走り出して止まらなくなって…」
「申し訳ありません。私がタイミング悪く扉を開けてしまいまして」
事の事情は彼女のゴーレム操作の練習。
だが制御を失って、そのまま部屋の扉目掛けて突進を開始。
本来ならば扉にぶつかり終わりという話だったが、運悪く扉が開いて部屋から逃走。
そうしてヤマト達のもとに至る。
「むしろ止めてくれてありがとうございます!」
「うんまぁ、こういう練習はちゃんとしたとこでした方が良いよ」
「ほんとごめんなさい!気を付けます!!」
結局最後までひたすらに謝り続けて残骸を回収し去っていった聖女組。
守護聖女の持つ秘宝の制御、それ以前の基礎練習での失敗。
「頑張ってるみたいだけど、なんだか先は長そうねー」
「まぁ地道にコツコツとだよ」
秘宝とゴーレムの扱いの修行中の聖女。
その先はだいぶ長そうだが、地道でも積み重ねるしかない。




