205 装備の更新と始まりの剣
「――わぁ!すごい、ピッタリ!」
「こんなにすぐに仕上がるものなんですね」
「王城には優秀な方々が集まっていますから、流石に特注品の作製は別ですが、お渡ししたのはお下がりですので」
王城の中の一室。
女性陣が身につけた装備の確認を行う場。
中級冒険者パーティー〔そよ風団〕の少女【ヒスイ】と【タリサ】は、"巫女"のフィルに渡された装備を纏い確かめていた。
「でも…良いんですか?こんな良い装備を貰ってしまって?」
「依頼に必要な準備ですから。護衛役が強くなるのは護衛対象の安全の向上に直結します。勿論人はすぐには強くなれません。なので分かりやすく装備の更新が今出来る即効性のある有効的な強化です。とはいえ武具の類に関しては見に合わぬ装備は足枷になるので、この装備も今まで皆さんが使っていたのよりも一段上程度のものでしかありませんが、きちんと実力に見合った装備を見繕っていますので、特に負担もなくすぐに効果は出ると思います」
渡された装備品は、そよ風団の面々が今まで使用していた自前の装備よりも一段程上の質や強さを持つ装備。
今回の依頼に際して、依頼者側が用意し与える投資の品。
より確実に依頼を達成して貰う為に、依頼者が道具を与えることは珍しくない。
だが今回の場合は特に多く、実質的にそよ風団の三人がこれまで使ってきた装備一式全てを新調した形になった。
防具に武具と、おおよそ目につく全てが新しくなった。
とは言え武具に関して言えば、冒険者等級で言うところの中級の中の上位者が使用する程度の代物。
賢者が、勇者パーティーが授けるにしてはだいぶ安く弱い装備ではある。
勿論これでも中級冒険者からすれば結構な質と金額を誇る装備ではある。
だがこれ以上を渡さなかったのは、そもそも現在中級相当の三人に、いきなり上級や準国宝クラスの武具を渡したところで実力との乖離が大きすぎて道具に振り回されるだけであるから。
ゆえに用意された装備品は、全て彼女らの実力に合わせ現在の最大値を引き出す程度のモノを選りすぐった。
どれも中古でおさがりだが、城に勤める一流の職人たちの手により完璧に手入れと調整が施されているので新品同様でありがなら人の手に馴染みやすく、今すぐにでも万全に戦えるほどにピッタリのアイテムがそよ風団に渡された。
「――おぉ。ナニコレカッコいい!」
「…サイズもぴったり合ってるな。俺のお下がりだからそこそこサイズ差があったと思うんだけど、流石の職人芸。元からこうだったみたいに違和感ない出来をしてるなぁ」
「え…これ勇者様の使ってた装備なんですか?!」
そんな女性陣のお部屋の隣では、そよ風団唯一の男子【コハク】と、"勇者"タケルが装備品の確認を行っていた。
剣士であるコハクが渡された装備。
その元はかつて、勇者修行の時代にタケルが使用していた装備品が含まれていた。
「と言っても修行用の、性能的に特に何かある訳でもない普通の武具だけどな。ただ、周りから見分けやすくする為に意匠がちょっと独特なだけだ」
「確かに…見た目はともかく着た感じには際立つ何かがあるわけではないですね。軽くて丈夫なのは分かりますけど…でも前のより格段に良いです!」
ただしその装備も見た目はともかく、機能的には普通に質の良い軽装具。
特別なギミックや付与効果があるわけではない。
だがそれでも、元々コハクが使用していた皮鎧よりは格段に良いものであるのは確か。
(そもそもまぁ、彼が元々使ってた装備を壊した張本人が俺なんだけど…)
なお彼らそよ風団は以前に、操られた結果勇者と対峙し戦っている。
そしてその際に彼らの持つ武具や防具を一通りタケルは破壊した。
殺さずに倒す無力化の為に道具を奪い意識を奪う。
それは仕方のない選択であり、今の無事な三人はタケルのその無力化の手際故の結果でもある。
だが実際、まだ金銭的に余裕があるわけではない中級成りたての冒険者の装備をあらかた壊したことにちょっと引っ掛かるものがあったりもした。
一応彼らも冒険者として、きちんと予備の装備は持っていたがそれも本命に比べれば少しばかり劣る。
その劣る装備で日々のリハビリや鍛錬を行う三人を見かける度、若干タケルには申し訳なさがわいてきていたので、実は今回の装備提供は護衛の質の向上という実利と共に、タケル個人的には本来必要のない弁償の意味も秘めていた。
「それと…この剣も俺のお下がりだな。俺にとっての《始まりの剣》だ」
更に防具だけでなく、新たな剣もコハクに譲る。
これも勇者タケルのお下がりの剣。
「始まりの剣…そんな大事なものを?」
勇者の《始まりの剣》を譲り渡され、コハクはまた別の驚きを露わにする。
この世界における認識で、《始まりの剣》は剣士にとって大事な品。
剣の道の中で初めて手にして振るった思い出の品であり〔最初の相棒〕の剣。
そんな品を、高名な剣士から始まりの剣を譲り渡されるのは大変に名誉な事。
しかも今回はあの勇者の始まりの剣。
その名誉の重さは一冒険者には計り知れず。
「始まりの剣…これがですか?その割にやたらと上等なような…」
「うんまぁ、俺に剣を教えてくれた人が『これに見合う実力を』って」
「流石ですね、勇者様」
ちなみに普通始まりの剣はそのまま初心者用の剣になるのが一般的。
未熟者に強い剣を持たせても危ないだけと、きちんと身の丈に合わせ、成長の段階をもってして剣を持ち換えていくのが駆け出し剣士の常道。
剣を好きに選べるのはそれこそ一人前になってから。
なのだが…勇者の始まりの剣は中級上位者が使って遜色のない剣で、上級者でも好む者が居るだろう上等な剣。
明らかに初心者には似つかわしくない代物。
一足飛びに上等な剣を与えられた事実は、流石は勇者だと関心するコハクなのだが…現実はそこまでカッコいいものではない。
(指南役の先生がただ雑だっただけだよなぁ…最初は木剣って話だったのにいきなり初心者に適当に持って来たこの剣で『選ぶの面倒だからこれで』『それに見合う実力になればいいだけだ』『勇者なら出来る』って…あの人、絶対人を育てるのに向いてないよな)
木剣をスキップしていきなり上等な実剣をふらされたタケル。
剣道すらも授業でしか触れた事のなかった現代っ子にいきなり人を殺せる道具を渡して振らせる異世界に最初はタケルも狂気を感じつつ、やるべき事の為に何とか勇気を振り絞って今があるだが…正直スパルタにもほどがある。
「でも…本当に良いんですか?俺はただの冒険者なのに…」
「気にしないでって言うのは難しいかもだけど、こっちとしては万全を期しておきたいんだ。何せ君らに守って欲しいのは俺の大事な人だからね」
「あ…」
そよ風団の彼らが守る護衛対象は王女リトラーシャ。
勇者タケルにとっては婚約者となる女性。
「本当は俺が側に居たい。でも俺には勇者としての役目があるから無理なんだ。だから…俺の代わりに君たちが守って欲しい。そのために、その剣も遠慮なく使い倒してくれ」
確かにタケルにとってもこの《始まりの剣》は思い出深い代物。
だがそんな思い出の品よりも、リトラの安全の方が大事なのは言うまでもなく。
今ここで一つ思い出の品を手放すだけで安全の確率が上がるのなら躊躇は無い。
「という訳で、その剣も使ってくれ。ただ…その分しっかりと君たちの役目を果たして欲しい。どうか、彼女を守って欲しい」
「……はい、必ず。必ず目的地まで無事に辿り着きます」
そして改めてコハクは、勇者タケルの《始まりの剣》を受け継いだ。
勇者としてではなくタケル個人の想いを乗せて託された剣を、コハクはしっかりと握りしめた。




