203 弓使いの選択
「――私が王女様の護衛に、ですか?」
「そう。引き受けてくれないかしら?メルト」
時はちょっと進み、談話室から離れたとあるお部屋。
賢者シフルは同じ勇者パーティーの仲間である"弓使い"【メルト】に会っていた。
「ですが賢者様…私は今は…」
真面目な場や身内だけの場、プライベートな場で賢者シフルへの接し方や呼び方を変えていたメルトは、今やどの場面においても畏まった言葉しか口にしなくなった。
「貴方が気にしているのは肝心の弓は置いて戦力減、勇者パーティーのメンバーとしても脱退届の審議中。その上でお家騒動の立場がって色々な事情のお話?」
「はい」
今のメルトの立場はすこぶる悪い。
勇者パーティーの一員として振るった一流の弓の腕を振るえる状況に無く、戦力としての価値を落とした。
パーティーの一員としての活動は休業中。
その上で脱退の意志も伝えて現在審議中…という名の賢者による保留扱いの最中。
更にそれに伴って、功績と相殺される形で保留にされてきた実家であるウォルス家の娘として、罪を犯した当主の父の連座の罰にも影響を及ぼし、勇者パーティーの活動のもとで保証されていた自由に関しても揺らいでいる。
勿論、そもそもがあくまでも罪人の娘という立場にはさほど大きな罰は下されない。
だがこのままの状況が続き、保留が解かれ正式に罰が下され、経歴に刻まれれば一生不名誉を背負うことになる。
そんな状況の中で…今のメルトには抗う気力もない状態。
ゆえに賢者からの仕事の打診にも曇り顔。
「まぁ貴方の素晴らしい弓がその状態なのは本当に残念だけど…貴方、他もそこそこ嗜んでいるわよね?弓とは比べ物にならないにしても、槍なり短剣なり他の武器も」
「えっと…まぁ齧る程度には。未熟な頃は弓だけじゃ戦えなかったのもあって」
メルトは弓の名手であるが、他の武器が全く使えないわけではない。
勿論格段に劣るものの、それでも戦う術はゼロではなく…しかも弓に持ってしまったトラウマはそこにはない。
彼女の抱える不安はあくまでも弓を手にした時にのみ発現する。
「つまり雑魚狩り程度は問題なく、いざという時に盾になるぐらいには数えられる戦力ではあるわよね?」
「まぁ…そのぐらいは」
少し無慈悲な言葉ではあるが、護衛という役目には敵の排除と共に文字通り《盾》としての役目が含まれる以上『盾になるかどうか』も大事な要素。
「それに、これは勇者パーティーとしてのお仕事ではないのよ」
「え?では何のお仕事を…」
「勇者パーティの弓使いメルトではなく、"冒険者"メルトに依頼したいのよ。ちゃんとギルドを通してね」
勇者パーティーに入る前のメルト。
修行時代に彼女は"冒険者"としての資格も持っていた。
貴族の子としてはそれ自体は珍しくないが、女性であるメルトの場合は家の方針ではなくあくまでも自分の意志で、冒険者の門をくぐり自らを鍛えた。
その後当主であった父親に弓の腕を正式に認められ選択の自由を得てからは活動休止の届け出をし、今も現役で勇者パーティーとの二枚看板を背負うピピと違い、彼女はそれ以降本当に全く活動していない。
だが確かに彼女もまた、資格だけならば未だに冒険者を持っている。
「指名依頼ですか?でも…護衛依頼は中級以上のお仕事です。一度休業届を出した私が復帰した場合、最終の等級が中級だったのでランクダウンした下級扱いになるはずですよね?」
「そうね」
自分から休業届を出して離れた場合も、活動しない期間が一定を過ぎた場合と同様その冒険者のランクは〔保留ランク〕扱いになり、復帰の際には試験を受ける必要がある。
だが…その期間も更に一定を過ぎると強制的に〔降格〕される。
休業直前のメルトの等級は中級だったので、ランクダウンが発生した今、復帰しても下級からのやり直し。
そして護衛依頼は例え指名であったとしても中級以上でないと受けられない決まりがある。
「では私の意志はどうであれ、そもそも護衛依頼は受けられませんよね?正式な依頼とするのなら」
「そうね、個人としては無理ね。でも何処かしらの〔中級パーティー〕に入っていれば問題ないわよね?」
メルトが冒険者に復帰しても下級扱いでは護衛依頼は受けられない。
しかしここには裏技が、下級でも護衛依頼を受けることが出来る方法がある。
それは〔中級以上のパーティー〕の一員となること。
パーティーランクのシステム上、結成直後や臨時パーティー、更には人員の追加や脱退が発生した際の〔暫定ランク〕はメンバーの等級の多数派で定められる。
仮にこれからメルトが何処かのパーティーに臨時加入するとそのパーティーのランクは暫定ランクに置き換わってしまうが、メンバーの半数以上が中級以上であれば〔暫定中級パーティー〕として、例え下級交じりでも護衛依頼が受けられる。
ただし下級交じりのパーティーが護衛依頼を受注する場合には依頼主側が拒否することも出来てしまうのだが…今回の依頼主はそもそも賢者シフルなので、そこで問題が起きることは無い。
「つまりね、メルトには勇者パーティーではなく〔冒険者のメルト〕として〔暫定中級パーティーの一員〕として〔王女様の護衛依頼〕を受けて欲しいの」
「あの…そもそものお話なのですが、王女様には近衛に騎士などのきちんとした護衛が付くのではないのですか?わざわざ冒険者を集める必要は…」
「残念だけど、護衛は付くには付くけど最低限なのよ。本来は王族の旅路に付ける騎士団も今回は派遣しない。だからこそ別口で信用できる護衛を増やしておきたいの」
「王族の護衛が…近衛だけ?」
本来王族が王都を離れる際には、最側近の護衛である"近衛騎士"と騎士の部隊が帯同する。
しかし今回のお話、〔魔女の王女〕の王都出立には騎士部隊は派遣されない。
「何故…ですか?」
「まぁ理由は色々あるけどもあるけど、一番は王女本人の意志ね。彼女自身が今の不安定な王都から騎士を減らすことを拒んだのよ」
自ら騎士の帯同を拒絶した王女リトラーシャ。
彼女は最少人数、自分に付いてくる側付きや近衛達のみで王都を去ろうとした。
だが国としても、賢者としても王女にそれだけで納得できるわけもなく。
「それで騎士とは別の、冒険者主体の護衛を?」
「事が事だけに適当な人選は出来ないし、そもそも今って冒険者があちこち依頼やらで引っ張られて有能なのはほとんど押さえられてるけど…幸いにしてまだ手つかずの人材が周りに居てくれたものね?」
その一人が休業中のメルト。
弓は使えずとも経験豊富な人材。
そしてもう一人、立場は特殊で経験不足は否めないが、現役の中級冒険者の資格と特殊ゆえに馬鹿げた力を抱えるヤマト。
「私と…彼と…あとは、冒険者というのならピピさんで臨時パーティーを組むのですか?」
「いいえ。ピピは確かに冒険者だけど今回はメンバー外。道案内役にブルガーを派遣するから、現役の勇者パーティーメンバーをこれ以上王都から離せないから」
勇者パーティー内の冒険者として現役上級冒険者のピピ。
だが彼女はお休み中のメルトと違い、今も現役の勇者パーティーのメンバーでもある。
今回の目的地は《龍界》。
その道案内に"龍人族"であるブルガーを派遣する時点で勇者パーティーが一人減る。
王女の龍界送りという内容だけで、これ以上勇者パーティーから人を派遣する訳には行かない為に最有力のピピは除外された。
「今回の旅路は護衛対象の王女様、その側近の近衛と使用人数名。道案内のブルガー。そこに護衛役の冒険者パーティーとしてそよ風団を帯同させる予定になってるわ」
「そよ……あの子達を?!」
自分の事よりも驚きの声を上げるメルト。
中級冒険者パーティー〔そよ風団〕。
修業時代にメルトとも縁があった三人の少年少女が結成したパーティー。
事件に巻き込まれ今はこの王城で、賢者シルフの預かりのもとで帰還したメルトと再会した彼ら。
ここ数日は彼らと共に過ごす時間も多かったメルト。
その三人こそが、今回の護衛の協力者。
彼らのパーティーに二人を臨時加入させ、王女の護衛に付ける計画。
「ヤマトと、そよ風団の三人にも既に了承は得ているわ。貴方の答えがどうであれ、あの四人は護衛として龍界に…正確にはその一歩手前だけど、王女と共に王都を離れるわ。それで…貴方はどうする?」
それはある意味卑怯な手。
心弱ったメルトにとって小さな拠り所、癒し手となっていた懐かしい三人との時間。
自慢の弓の手も、家族も失っている今の彼女にとっては気まずい勇者パーティーの仲間とはまた別に大事になりつつあった存在。
その彼らが受ける護衛依頼、それも王女の一団の護衛という大役。
確かに中級冒険者としての基礎を持ちはするが、まだ経験の浅い彼らだけでは少々荷が勝ちすぎるお役目。
だが近衛も居れば中級以上の力を持つヤマトも付いているし、その傍には上位精霊まで。
更には共に戦い実力を知るブルガーも居る。
ちょっとやそっとの出来事程度は問題なく払いのけるだろう。
だからこそ、十分な力を発揮できないメルト一人が断ったところで大きな差にはなりえない。
勿論戦力は多いに越したことはないのだが、それでも基本的にはこの依頼はメルトが居なくとも実行できるし大きな問題にもならないだろう。
「やり…ます…」
だが結局メルトは、ただ見送る側には成らなかった。
今の自分は逆に足手纏いになる可能性だってある。
だがそれでもメルトは選んで、迷いながらも受け入れた。
「そう…なら決まりね!まったは無し!」
そんなメルトの答えに喜びの意志を隠せない賢者。
拠り所にしていた存在と離れ離れになる状況を逆手に取った、ある意味で傷心の引きこもりの強制外出策。
卑怯な手だと言われる自覚はあるシフルだが、それでも結果として歩むことを選んだメルトの選択に内心は安堵する。
メルト自身の内心、どんな感情からの選択だったかは本人にしか分からないが、それでも賢者シフルは大事な仲間を見限らずに済んだ。
人として、友としての関係はこれからも変わらずとも、自分の背中を預けることが出来る〔仲間〕としてはここでの選択が一つの見極めになっていた。
「さて…それじゃあ早速準備して!出発は正午!遅刻は厳禁よ?」
「え…すぐなんですか?!」




