202 魔女の処遇
「――皆おはよう。朝から申し訳ないけど、早速話をさせて貰うわね」
早朝、それも太陽が昇り始めたばかりの時間。
賢者シフルの呼び掛けでいつもの談話室に集められた数名。
「まず話すのは昨日の騒動への対応ね。魔女の噂に関してだけど…正式に事実を公表することになったわ。正体含めて一通りね」
それはお偉いさん達と話し合っていた対応の決定事項。
"魔女"にまつわる噂話の真偽を問いに集まった人々への解答。
国は正式に、彼らが求める情報を開示する事に決めた。
魔女がどんな立場にある存在なのか。
そしてその魔女が誰であるのかまで一通りを明かす事になった。
「でもそれって…」
だがその話を聞いたヤマトは、タケルに視線を向けてみる。
彼にとっては婚約者の一大事。
少し暴走して飛び出した経験のあるタケルが、どんな反応を見せるのかと思ったが…この場の彼は落ち着いた様子で、ソファにどっしりと座っていた。
「タケルにはもう伝えてるし、そもそもこの話の言い出しっぺは正にその話題の張本人である王女様だから」
「本人の意志で明かす事になったの?」
「えぇそうよ。もちろんお偉いさんは渋りはしたけどね」
アリアが不思議そうに尋ねるとその問いを肯定する賢者。
そもそもの提案が当の"魔女"資質の保有者である王女リトラーシャ。
勇者タケルの婚約者でもある彼女が、タケルから事の事情を聴きだし…そして自分で決めて提案した。
「何ともまぁ強い王女様ね。その感じだと、先をどうするかもその子が決めたの?」
「方針はそうね。でも行き先はこちらで指定したわ」
「行き先?」
「王女リトラーシャは王都を離れるわ」
それは自主的な退去行動。
魔女案件を公にすれば、必ず現れるだろうその意見。
『王都の中に魔女が居て大丈夫なのか?』
今まではただの噂、だがこれからは公的に認められた存在。
となればより現実的に不安を抱く人々は増える。
ただでさえ襲撃された記憶の新しい王都の人々には尚更、内側に魔女を抱え続ける現状に不満は増すだろう。
魔女にその気はなく、そもそもこの場の面々もいざ何かが起きた時にどんな現象・影響が出てくるのかも把握できていない。
しかし現時点で人々が感じる魔女への不安と不信が正に悪影響だと言えば否定も出来ない。
現状魔女は居るだけでマイナスを生み出しており、魔王が健在の内はずっと、王都に抱え込む限りそれが消え去ることは無い。
存在そのものがリスクとなっている中で、人々の不安を可能な限り鎮める為…そして何より魔女である王女自身の身の安全の確保を図るために、彼女は自ら生まれ育った王都を離れる決意を決めた。
「でもそれって結局、どこに行っても根本は変わらないんじゃない?」
「そうね。他所の町に移ったところで、その町に住む人が不安を感じる、王都の身代わりになるだけの話。だから最初王女は廃棄ダンジョンに引きこもるつもりだったのよ」
〔廃棄ダンジョン〕とは、かつてロドムダーナにあったダンジョンを示す言葉。
以前にあの町で起きた騒動のおり、町と共に大穴が開いてしまい完全に死んでしまったダンジョン。
だがその迷路構造は残っている為、事が収まるまでその最深部付近に引きこもり隔離しようと王女は考えていたようだ。
人里から離れた場所で、何が起きても人を巻き込まない場所に。
閉所での無期限野営生活を、王族自らが行おうとしていた。
「期限は確かに無期限。だけど正確には魔王討伐までの間ね。魔女が不安視されるのは魔王の存在があるゆえだもの」
邪神なき現在、邪神の巫女とも言える魔女の存在を悪用出来る可能性を秘めているのはそれこそ、邪神により生まれてしまった魔王のみ。
ゆえにその魔王さえ倒してしまえば、少なくとも人々を説得するための最大の材料になるはずだろう。
むしろその時が来たなら、賢者シルフは何が何でも人々に認めさせるつもりでいる。
「本当は『魔女は危険じゃない』と今すぐにはっきり理由付きで宣言できれば手っ取り早いんだけど…ほんと、自分の未熟が悔しいわ。何のために長生きしてるのか」
人より長く生き知識を蓄えそれを誇るエルフの賢人として、知らない分からないゆえにすぐには救えないことを悔いるシフル。
勿論彼女に責がある話ではないし、それは本人も理解しているが、それでも個人の感情はどうしても止められない。
「と…愚痴を言ってしまったわね。なんにせよ私達勇者パーティーに出来ることは、しっかりと魔王討伐を果たして彼女が王都に帰ってこれる状況を作り出して迎えること。分かってるわね?タケル」
「勿論」
そして彼女らが出来る最大の手が正に魔王討伐、勇者パーティーの存在意義の大本命。
特に勇者タケルはその宿命が同時に個人的事情とシンクロしたことで、公私ともに魔王討伐に対する意欲を燃やしている。
「ちなみに王女様曰く、これもまた物語として使えるとのことよ」
「物語?初代勇者パーティーのお話のような?」
「あれは基本的には英雄譚だけど、今回のは要するに恋愛話ね」
それは勇者と王女の恋物語。
互いに好きあい結ばれるはずだった二人が、魔女と言う壁に阻まれ離れ離れになる。
勇者は王女と結ばれるため、再会するために魔王に立ち向かう。
そして魔王が打ち滅ぼされたとき、二人の愛は真に結ばれる。
そんな感じの〔恋物語〕として、今回の一件を使えると言う当事者王女直々の策略。
どんな世界、どの時代にもその手のコイバナを好く人々は一定割合存在する。
そんな人々を魔女擁護…とまで行かずとも味方寄りに寄せる為の事実のお話を流布する。
魔女と言う存在を不穏分子ではなく、悲劇のヒロインとして認識させるために。
「そしてそういう〔物語〕があれば、後処理含めて色々と少しはやりやすくなるって話ね。困難を乗り越えて再会する二人に、『本当に魔女はもう安全なのか?』『まだ隔離した方がいいんじゅないか?』なんて無粋を口にしにくくなれば扱いやすくなるし、『愛しあう二人が人々の為に自ら離れ離れになることを選んだ』『いや正確には不安を口にする人々がそれを選ばせた』という認識が人々に広まれば、どう足掻いても納得する気がない一部を表向きは黙らせやすくなる…とかもう、全くあの王女様はもうちょっとぐらい年相応の反応を見せた方が可愛げがあるってものなのに…ねぇタケル?」
「あの、そこ俺に振られるとものすごく困るんですけど」
加えるなら〔婚約者である勇者を信じてその身の処遇を託す健気な少女〕とか、色々話に事実前提の脚色を付ければ勇者と王女の株が少し上がる要因にもなる。
魔女案件は確実にマイナスだが、転んでもただでは起きずに何かを得る王女の底力。
「何というか、勇者がお尻に敷かれる未来が見えるわね。相手が強すぎない?」
「いえまぁ…そこはもう、分かりきってることなので…ハハハ…」
既に自分の結婚生活の未来予想図に苦笑いを見せるタケル。
勇者が絶対に叶わない存在。
とは言えそれも本望ではあるだろう。
「それで、話は分かったけど、ダンジョンが駄目なら王女は何処に送るつもりなの?」
「そうね、そこが大事なところであり…ヤマト達を呼んだ理由でもあるわ」
「えっと…精霊界に送るとか?」
単純なあてずっぽうを口にするヤマト。
ただそれが無理なのは賢者なら当然知っているお話。
今の精霊界は閉じた状態で、こちらから干渉することは出来ない。
避難先としては使いようがない。
「違うわ、でも…方向性は間違ってないわね。要するに人の手がほぼ届かない場所にってお話だから」
しかし当たらずとも遠からずだった模様。
精霊界とは別の場所で、人の手が届きにくい場所。
それは物理的には勿論、種族の垣根としてもの話。
「…あぁ、そっち?」
すると精霊であるアリアは思い至った様子で、この部屋に呼ばれたブルガーに視線を向ける。
彼は勇者パーティーの"召喚従魔士"であり、希少な〔龍人族〕の男性。
「…まさか〔龍界〕?」
「えぇそうよ。世界の危機にも不干渉を貫く、この世界の傍観者たる〔龍の住処〕に王女リトラーシャを預ける事になったわ」
〔龍界〕とは、龍たちの住まう領域。
別の空間に存在する精霊界とは異なり、龍界は完全にこの国とも地続きで、かなり遠いが時間さえかければ徒歩でも辿り着ける場所。
ただしそこは強力な《結界》で守られており、ロドムダーナにクレーターを作ったあの魔法でも揺るがすことは出来ないだろう、文字通り許可なき者は例え勇者や魔王、巫女や女神の使い魔だろうとも完全に拒む絶対支配領域。
その上で龍が守る土地であり、この世で最も安全な場所。
「いやでも、龍が了承したんですか?」
「ええさせたわ。こちらにはコネも貸しもあるから」
賢者の実力は計り知れない。
何せ世界の危機にも動かない龍に、協力を認めさせたのだから一大事。
「それで、ヤマト達にとっての本題だけど…女神様と相談してもし良ければなんだけど、付き添いと言うか護衛と言うか、王女様を龍界まで届けて貰えないかしら?」




