201 白の兆し
「――それじゃあお休み、撫子姉ちゃん」
「おやすみ、漣くん」
挨拶を交わし、自室に戻っていく少年とそれを見送る一人の部屋の主の少女。
二人の"迷い人"の団欒の終わり。
「…漣くん、やっぱり向こうの世界の話はしないなぁ」
自室に一人になり、そっと呟く蓮田撫子。
この異世界に迷い込み、そして保護された日本の女子学生。
そんな彼女と話をしていたのはイトコの少年、親戚の蓮田漣。
彼女とはまた別の世界に跳ばされてしまった異世界転移の被害者の一人。
都合二度目の異世界転移で、ナデシコが居るこの世界にやって来た迷い人の中でも更に特殊な状況の男子。
――撫子にとって漣は弟のような存在。
小さい頃から懐かれて、良く一緒に遊んだ仲。
成長してからは会う機会も減ってしまったが、それでも会えば笑顔で楽しく言葉を交わすし、一緒に買い物に行くこともある。
その関係性は異世界に来ても変わらない。
だが……
(漣くん、ちょっと雰囲気変わってた。多分それだけの何かが…)
本人は向こうの世界での出来事を語らず、ともにやって来た勇者も本人の意志を尊重し口にしない。
だが撫子が危ない目にあったように、彼もまた転移先の世界で何か大きな出来事を経験しているのは確か。
転移事故の前の、何処にでもいるような普通の少年だったら漣に、大人びた雰囲気を纏わせるに至った、何か大きな経験が。
(魔法も…あんなに強い魔法を)
何より、彼がその身に得ていた異世界の魔法。
撫子自身もこの世界の魔法に付いて少しばかり学んで、初歩的なものは習得している。
しかし再会した漣の身につけていた魔法は、撫子よりも遥かに高みにある、それこそきちんと戦えるだけの力を持っていた。
勿論勇者として活躍するタケルや、女神の使い魔であるヤマトには劣る。
だがきちんと戦力に数えて遜色のない、守るだけでなく殺せる力を、再会した彼は身につけていた。
それも彼の表情を見れば、身につけなければならない何かがあったのだと容易に推測が出来る。
(私は…運が良かったんだなぁ。やっぱり)
転移直後こそ死に掛けた撫子だが、それも直ぐに保護され、以降は常に守られ続けた異世界生活。
色々とお手伝い、お役目を任されることもあったが、しかし危険とは一定の距離を置いた日々。
(魔法…か)
自らの手を見つめる撫子。
彼女の指先、そこに小さく灯る火。
撫子が学んだ基本的な魔法の大半はこう言った、本当に些細な現象を起こすもの。
一番難しいのは身体強化の基礎になるもので、逃げる為の手段として足の速さを上げる魔法。
それ以外はこの火のようなものばかり。
「私も…もっとちゃんと、魔法を学んだほうがいいのかな…あれ?シロ?」
そうして指先に魔法の火を灯し続ける撫子の指先に、精霊シロの白い光がふわふわと見守るように周囲を回る。
「ふふ、遊びたいの?でももう夜だからまた明日ね」
そのままゆらゆらぐるぐると火の回りを彷徨い続けるシロ。
だが少しすると、徐々にだが指先の火が大きくなっていく。
「え…もしかしてシロが何かをやってるの?」
発動者の撫子は何もしていないのに、火の大きさが膨らんでいく。
「あ、待って!これ以上は危ないから!」
とは言え大きくなりすぎると危ない火遊びになりかねないので、これ以上は駄目とシロに伝える。
するとシロの体がピクリと跳ね、直後に膨らんだ火は一瞬で元のサイズに戻っていった。
「シロ、もしかして火の精霊だったりするのかな?」
トールらのように元となる上位精霊が居る場合は、その精霊の属性を引き継ぐ。
だがシロのように自然発生した無垢な下位精霊は、生まれてすぐはまだ何かの属性に染まることは無い。
しいて言うならば《無属性》とも言えるその状態が、環境など成長の過程で何かしらの属性に寄っていき、そしてその属性に定まるらしい。
「じゃあこっちは?」
その火種を消し、今度は水の玉を指先に出現させる。
するとそれもまた、シロがクルクル回り出すと大粒の水に膨れていった。
「これは?」
次いで風、指先に小さな風の渦を作る。
するとそれも膨れてそよ風が吹く。
更に小粒の土の塊など、撫子が試せる属性を指先に灯す。
するとその全てがシロによって、ちょっとずつ膨れて強さを増す。
「全部?じゃあ属性とか関係ないのかな?」
結局育つ属性とは関係がないと、指を折り最後の魔法も消す。
するとその握った手の上に、ちょこんと乗っかるシロの光。
そこから伝わる微かな温かさ。
「ふふ。そろそろ寝ようか」
そうして撫子もシロも眠りにつく。
何事でもなかったかのようなそのやり取り。
だがそれがシロの最初の片鱗。
兆しとなる出来事であった。




