199 二人の語らい
「――あら、こんばんは。タケル様」
「こんばんは、リトラ」
王城前での騒ぎのあったその日の夜。
王城内にある特別な病室を訪れた現代の"勇者"タケル。
そんな彼が向き合うのは、この部屋の利用者でありタケルにとっても婚約者にあたるこの国の王女様。
誘拐騒動の被害者であり、今巷を騒がせる噂の"魔女"の資質を持ってしまった少女【リトラーシャ】。
「調子はどう?」
「ふふ、毎日お聞きになりますわね。もちろん今日も問題はありませんわ」
この病室にはほぼ毎日訪れているタケル。
時間帯は異なるが、空き時間を使ってしっかりと顔を見に来る。
「タケル様の方は大丈夫ですの?少々お疲れのようにも見えますが?」
「うんまぁ、ちゃんと寝てるし休憩とか食事もしっかりととってるから大丈夫だよ」
「肉体はそうかもしれませんが、心の休息も必要ですわよ?」
「そのためにここに来てるんだよ。リトラの顔を見るのが良い休息になるからね」
「あら、お上手なことで」
二人だけの時間、語らい。
この頃は勇者として、そして王族の婚約者として、与えられた仕事や修練に忙しい日々を送っているタケル。
そんな一日の中での気兼ねない時間。
時間やタイミングを合わせづらい仲間や友人との交流と違い、今のリトラはここに来ればいつでも大体、会いたくなれば会える環境なのが有難い。
「そうでしたわ、実はタケル様にいくつかお聞きしたいことがありましたの」
「ん、質問?何を?」
「タケル様は、髪の長い女性と、短い女性、どちらがお好きでしょうか?」
「髪?うーん」
その他愛もない会話の中で、リトラが確かめたい事として質問したのが髪の長さ。
元々はドレス映えする綺麗で長い髪だったリトラーシャ。
しかし騒動の際の血塗れと、更にその後の治療の都合で切られてしまった。
今は肩ぐらいまでの、少々中途半端な長さ。
「えっと…正直どっちも好きだけど…」
「あら、女性の質問に優柔不断は厳禁ですわよ?」
「でも…正直経験上、女性の二択の質問ってどっち選んでも微妙になる気が」
「ふふ…そういう意地悪な問いではありませんから、直感でも構いませんのでどちらかお選びくださいな」
「じゃあ…短い方?」
長い髪と短い髪の二択。
タケルは少し迷い、短い方を選択した。
「では髪は短く纏めましょう」
「いいの?前はあれだけ伸ばしてたのに」
「あれは長身だった前の婚約者様に合わせて伸ばしていたのです。髪色や高低のバランスを取って、並んだ時にどちらかが見劣りしないようにと。ですが…その必要もなくなりましたし、タケル様はそもそもが独特な容姿や髪色ですので、無理に合わせようとするのも厳しいですので、ならば好きに、好みに合わせてしまいましょうと。私自身に髪の長さへのこだわりはありませんので」
そう言って今よりも髪を短くすることに決めたらしいリトラ。
だがその中で出て来た【前の婚約者】。
「…あら?どうされましたの?微妙そうな表情で」
「いや…特には」
「…あぁ、前の婚約者、というところに思うところがあるのですね。失礼しました。つい余計な言葉を口にしたようです。ですが…ふふ、女性としては嫉妬していただけるのは些か気が良くなりますね。タケル様には申し訳ありませんが」
タケルのその反応に、からかう様に笑みを見せる。
正式に婚約者同士となった直後は緊張ばかりを見せたタケルも、今はこうして自分の欲を自然体で露わにするようになった。
「せっかくですので改めて断言しておきますが、かつての方はあくまでも政略上の利益を優先して結びあった関係でしたから、互いにそこに想いはありませんでした」
かつての婚約者。
王女リトラーシャには実は、勇者タケルの前に婚約関係にあった男性が居た。
有力貴族の長男だった、少し年上の青年。
数ある婚約者候補の中から、自ら選んで結んだ縁。
「…こっちも、少し聞いていい?」
「はい、いくらでも」
「自分で選んだ相手だったんだよね?でも想いはなかったの?」
「はい。むしろ想いのない相手だからこそ、その方を選んだのです」
「ないから?」
王女としての嫁ぎ先は幾らでもあった。
そして現状唯一の王女である彼女の行き先は重要度も高い。
だがそれでも国は…王である父親は、ある程度絞った候補の中からならば、彼女自身で選ぶ権利をくれた。
その末に選んだ一人の、貴族嫡男。
しかし選んだその縁は、完全利益のみの関係。
「お相手の方にも、私に対する恋慕の情はまったくありませんでした。あくまでもご自身のお家と国の為に、それが必要なら受け入れると…私と同じスタンスの御方で、だからこそ互いの為にその縁を結びました」
「情は要らなかったの?」
「本気の情でしたら良いと思います。ですが…基本的にどの方も中途半端と言いますか…愛のある婚約にしても、利益優先の政略にしても、どちらも覚悟が足りないと感じる御方ばかりでしたので、中途半端な方の下に嫁いでもと…まだ幼い頃の私はそう考えていまして」
今でもまだタケルより年下で、成人前の少女リトラーシャ。
その一度目の婚約の決断は更に前。
幼いながらに自覚と責務を理解し…いや、幼いゆえにむしろより強固に意識し過ぎたゆえの割り切り過ぎる判断基準と決断。
結果として選ばれた愛のない婚約。
その後は分からないものだっただろうが、しかし少なくとも終わるまで愛は芽生えなかった。
「今振り返っても極端だとは思います。ですが、ある意味で真理の一つかなとも思ったりしてました。実際愛はなくとも真面目で優秀な方でしたし。ですがそれも…あの時に終わった関係となりましたが…」
そんな最初の婚約話。
だがそれも長くは続かずに、相手方の死という悲しい終わり方をしてしまう。
「真面目で優秀ゆえに逃げずに誰かを守るために戦い、そして命を落とした…ある意味では人を見る眼は正しかったのでしょうね。幼い私も。本来ならあの家の次男なり、新たな後継が婚約の結び直しの最有力に上がるところなのですが…彼には弟も居ませんでしたので、代わりの婚約も結ばれずにそのまま合意のもとで円満に解消となりました。そして…新たな婚約者として挙がったのが、当時まだ召喚直後のタケル様でした」
その出来事もタケルの召喚前。
聞いていた話であるが、改めて話を聞くのはこれが初めてのリトラの婚約。
だがそれも立ち消え、残念だっただろうがそれでも確かにフリーとなったリトラに、勇者タケルとの婚約の話が浮かび上がる。
勇者の存在は、国としては身内に抱えときたいもの。
一番分かりやすいのは王族との縁談。
しかしこの国には王女はリトラ一人。
王弟の娘の中にリトラも姉のように慕う未婚者が居るには居るのだが歳の差が大きい。
それに出来るなら直系に引き込みたいという欲もある。
そんな思惑の中で…婚約が解消されまださほど日の経っていないリトラに、若干薄情だとは思うが早速その話が持ち込まれた。
「ですが…最初は保留にさせていただきました。それはタケル様も同じでしたが」
だがその婚約話も最初は保留に。
タケルは、まぁ当然ながらよく知らぬ相手との結婚など考えられずに。
リトラは…行ってしまえば情も利もまだ見定められぬ状況で、解消からもまだ日が浅いこの時に受けるべきなのかの判断に迷ったから。
勿論国の多くの貴族たちは、王女と勇者の婚姻に賛成し喜ぶだろう。
前の婚約は致し方ない終わり方となり、王族の役目を鑑みれば早期の二度目も誰も責めるものなどいない。
しかし彼女自身がまだ、タケルを見定めたかったのだ。
「まぁ結果としては、前回と異なり今回は情のある縁となったのですけれどもね」
「……///」
黙って照れるタケル。
かつてのリトラの縁談は利益優先。
そして今回の勇者タケルとの婚約も、国や対外的には政略的な婚約に映るだろう。
だが実際は両取り。
勇者と王族の婚約の利益も、当人同士の想いも共に。
そして想いがある以上は…いや想いが勝っている以上、例えこの先に何があろうとも、二人はこの縁を手放す気はない。
タケルはもちろん、今はリトラも。
例えこの婚約が政治的な利益を完全に失ったとしても、二人は共に在ることを望むだろう。
相手を不幸にすることがない限りは。
「えっと…そういえば、質問はいくつかって言ってなかった?他の質問って何?」
すると照れたまま話を逸らそうと、タケルは言葉を遡る。
リトラの口にした言葉。
『いくつか質問』という部分。
髪の質問はもう終わり、では他の質問は?と尋ね返す。
「ふふふ…そうですね。ではもう一つ尋ねさせていただきます」
そして笑みをこぼしながらリトラは尋ねる。
「タケル様…本日、門の前で騒ぎがあったようですが、その騒ぎの理由をご存知でしょうか?」




