196 勇者の起床と今後の相談
『――ん…んん…』
『あ、起きた?』
『…シルフィ…?』
目を覚ました勇者カイト。
彼が最初に目にしたの見知らぬ天井。
その直後、視界に入るのは仲間の姿。
エルフの弓使いシルフィエット。
『大丈夫そう?何があったかは思い出せる?』
『えっと…確か…怪物退治で…剣を…でも壊れて…』
怪物と化した魔人幹部。
その討伐の為の作戦後、力を使い果たし倒れたカイト。
そして…気付けばベットの上。
『まぁ大丈夫かな?後でちゃんと検査は受けて貰うだろうけど。でも…交代した直後に目覚めるって、あの子も運が、タイミング悪いわねぇ。いやこの場合は君の方がかしらね?』
『あの子?』
『巫女の子』
どうやら眠る間、仕事の空き時間はずっと様子を見に来てシルフィの座る席に座って目覚めを待っていたらしい巫女のカスミ。
しかし十分ほど前に仕事に戻り、代わりにシルフィが座ったそのベット横のお見舞い席。
そんなタイミングで目を覚まし、お互いに間が悪いのは確かだった。
『誰よりも心配して待って子を…もう少し気を利かせて起きてくれればよかったのに』
『そう言われても寝てる側でしたし…ちなみに、どのくらい寝てました?』
『ほぼ三日ね。まぁちょっと寝坊した程度のこと』
『それエルフの時間間隔での話じゃないですか?』
『いえエルフだって流石に日単位で寝坊はしないわ』
連日の移動と幹部戦。
休息はしっかりと取ってはいたが、休まる時だったかは微妙なところの勇者一行。
その疲労が一気に来た様子で人生で一番長く眠り続けていた。
『あの…それで、結果は?』
『怪物は完全消滅よ。お疲れ様。ナイスファイト!』
そして目覚めたカイトは、怪物討伐に成功した事を知らされる。
任された役目を達して一つ、肩の荷が下りて安堵する。
しかしまだ疑問は残る。
『ちなみに…シルフィはどうやって…それに、あの生存者は?』
『横見て』
『え…』
その問いにお隣のベットを指すシルフィ。
するとそこには一人の男性が眠っている。
ここはまだ前線の仮設拠点。
その中にある仮設の治癒所の病室の一つ。
ベットはいくつか並んでいるが、今も使用されているのはカイトとその男性のベットのみ。
『彼があの時の生存者。騎士団の副団長』
お隣のベットで眠る彼こそが、のちの英雄の一人でもある第三騎士団副団長【"聖騎士"グロッグ】。
結界完遂の為に命を賭けた騎士の守護役として、自らも結界の内側に残った男。
その騎士の死亡後も、亡骸を食わせぬようにと結界崩壊までの数時間、一人でただひたすらにあがき続けた守護者。
『ちなみにもしも彼と結界の騎士の亡骸が食べられてたら、あの作戦も危うかったらしいわね賢者様曰く。彼が命懸けで生きて、仲間を守り続けたから成功することが出来たと言っても過言ではないそう』
助けもなくたった一人で戦い続けた彼の尽力が、怪物の成長の最後のラインを死守した。
もしも二人が食われていたなら、勇者の一撃では倒しきれなかったかもしれない。
それ以前に結界がもっと早く、準備が整う前に解き放たれていたかもしれない。
そもそも勇者パーティーが辿り着く前に全てが終わっていたかもしれない。
可能性の高かったもしもの話を、未然に防いでくれていた功労者。
『あと彼、復帰したらウチに異動するみたいだから』
『あれ?本人の意志は聞かないんですか?』
『彼騎士でしょ?上司命令には逆らえないし、それに…第三騎士団はしばらくどうしようもないし』
『あ…』
今回の戦いで第三騎士団は致命的な被害を被った。
幸いにして敵方にも多大な被害は出ており、当面この戦場の戦いは以前に比べれば小規模化されるだろう。
そこも多少なりとも、賢者の要請で既に増援の派遣も決定済み。
第三騎士団は活動休止、生存者・負傷者を連れてこの地から引き上げることになる。
ゆえに無事な人材の有効活用。
副団長グロッグは回復次第、勇者パーティーに合流することになる。
そしてそれは騎士である以上、上からの命令となれば基本的には拒否権はない。
『…それで、結局シルフィは、どうやってあの人を?』
『そこはちょっと〔秘宝〕をね?』
『秘宝?』
そんな生存者を助け出したシルフィ。
駆け出した彼女は彼のもとに辿り着けても、逃げる間はないと思われた。
実際、物理的な行動だけでは巻き込まれを回避する術はなかった。
まして彼女は魔力を全て譲渡済み。
普通ならまともに歩く事すら危うい状態。
『魔力枯渇の反動に関しては正直ただの慣れね。そして…逃げの秘訣は秘宝のコレね』
するとそう言って取り出したのは、見た目は何の変哲もない複数の小石。
『これ、かつてのエルフ族の秘法、今はもう失われた術式が付与された〔転移石〕って言うのよ』
『転移石…転移?』
『そう。大雑把に言うと、これを起動させると《転移》ができるのよ。一個じゃ何の役にも立たないけどね』
それらの石は複数個で一組。
正しい手続きを踏んで使用することで転移…厳密には《短距離転移》を起動させることが出来る〔魔法道具〕。
失われた技術の遺産、エルフ族の秘法で秘宝。
彼女はキツイ体で生存者に駆け寄り、秘宝を用いて転移にて剣の一撃の影響範囲外へとギリギリのところで逃げ延びていた。
手が遅れていればあの光に飲み込まれていただろう。
そして…これは彼女が里を出る際に持たされたものであるそうだ。
『もしかして、エルフの中でも偉い人?』
『はぁ…偉い人と言うか…エルフ族の始祖の血脈ってだけ。ただのエルフの中の一人でしかないのにそのせいで説得が終わって連合に戦力を派遣するって話になったのに、発起人の私に『お前は里を出るな!』とか五月蠅くてもう――』
その辺りの話題を振ると、眉を潜ませ愚痴り出す。
平民の村人であるカイトにはあまり理解出来無いが、尊い血筋にはそれ相応の悩みもあるようだ。
『と…来るわ』
『え?』
『――カイトさん!!』
『あ、カスミ…うぉっ!?』
そんな二人の下、病室へと姿を現したのは巫女のカスミ。
そしてカイトの姿を見るや、そのまま抱き着いて来たのだった。
『まー、若いってって良いわねぇー…ニヤニヤ』
『あの、カスミ…?』
『良かったです…本当に…ぐす』
半泣きでなおも、ベットの上で体を起こすカイトの体にしがみつくカスミに、そういう年頃の男子カイトは恥ずかしそうに気まずそうに、しかし引き剥がせずに戸惑い硬直する。
『ふふ…カスミ。勇者が困ってるから程々にしてあげて』
『あ…ごめんなさい!!私つい…///』
『あーうん。気にしないで…』
なんとなく青春っぽい二人のやり取りを、見た目はともかく中身はそこそこ大人なシルフィは楽しそうに見守る。
『――目覚めて早々、楽しそうね』
『あら?賢者も来たの?貴方もカイトに抱き着く?』
『しないわよ』
そこに更にやって来たのは賢者サラン。
勇者の目覚めを知って集まる勇者パーティーの面々。
『とりあえずカスミ。カイトの体をチェックしてあげて』
『あ、はい。失礼します。カイトさん』
そしてやっと始まる、巫女による健康診断。
この当時の巫女であるカスミは、戦闘技能に乏しい分、治癒師としては歴代の中でも最高クラス。
その検査結果も特に問題は無しと健康のお墨付きを貰うカイト。
『問題無さそうね。なら早速だけど…今後のパーティーの方針について伝えときましょうか。とりあえず私からの提案としては…次は魔王を狙おうと思うのよ』




