194 大喰らいの怪物
『――私の算段、少し常識に則り過ぎてたかもしれないわね』
自らの見通しの甘さに気づいて、思わず後悔を口にする賢者サラン。
『治療をお願い』
『あ…はい!!治療所は何処ですか!?』
『こちらに』
そして目の前の惨状を前に治療の為の行動を始める巫女カスミ。
その彼女の去った直後に、一人の男が一行の前に現れる。
『…お久しぶりです。賢者様』
『えぇ、久しぶりね、騎士団長』
勇者パーティーの、敵幹部を倒しつつ仲間を出迎える為の旅路。
そのひとまずの終着点となる地へとやって来た彼らを出迎えたのは、当時の第三騎士団の団長。
国の中でも有数の実力者であるはずの彼は…全身傷だらけな上に、肝心の剣を握る利き腕を喪失した満身創痍の姿で、面識のある賢者を迎えた。
『早速だけど、状況説明してくれる?正直この短期間でここまで崩壊するとは夢にも思っていなかったのだけれど…』
『私もです。自分で言うのも何ですが、指揮官としてしっかりと勤めを果たせていたつもりでした』
この地は魔王勢力との戦争において、もっとも範囲が広く最大戦地と呼べる重要な場。
第三騎士団を筆頭に、連合内で最も多くの人員が投入されていた戦場。
彼はその地にて自軍の指揮権を持つ、この前線の最高権力者だった。
その彼の指揮の腕は賢者も認める所。
実際この時まで、自軍を優位に導き続けていた。
『だけど結局…一つの怪物の出現で全て崩壊してしまいました』
当然指揮官として、敵の増援や戦力強化への警戒も怠らなかった。
だがつい数時間前、この戦場に起きた異変…いや異常は、常識的認識の範疇を超えていた。
『部下たちの頑張りのおかげで全体としてはまだ戦線を維持する数は残っています。しかしその中心になる我が第三騎士団は既に、その数を一割以下まで減らしてしまいました。事実上再起不能なほどの被害ですね…騎士として、指揮官として部下たちに顔向けができません』
その最大戦地において中核を成して第三騎士団。
彼らの活躍がそのままこの地の命運を握る立場に置かれていた。
しかし…そんな騎士たちの八割もが、今既に死亡や行方不明で喪失。
残りの二割の内の一割以上も、生きてはいるが傷を負い治療中。
仮に全員が復帰できたと仮定しても…元の数からすれば微々たるもの。
比較的被害の少ない他部隊の人々も、この現状に士気が崩壊寸前。
今のこの僅かな猶予の間に、逃げ出す者もちらほらと出始めている。
元々は優勢だったはずの戦況が、たった半日足らずでこれほどまで悪化した。
『そしてその元凶は…あの幹部魔人の狂化とも言うべき変質によるものでした』
そしてそれだけの被害を生み出す元凶となった敵は、勇者パーティーも相手にして来た幹部魔人の一人。
この地に現れた幹部は、最初こそは他の幹部魔人同様に理性ある強者として振る舞い連合と対峙してきた。
『あの幹部を討ち取る為に、私を含めた精鋭中の精鋭を選抜し、標的を幹部ただ一つに絞り勝負を決める為に挑みに行ったのです』
彼らは勇者パーティー同様に、強者たち少数精鋭で幹部魔人を仕留める為に挑んだ。
自分たちはただ真っ直ぐに進み、他の仲間達に露払いを任せ全部の力を標的に向ける為に、幹部の討伐の為だけに突き進んだ。
そして目論見通りに、騎士団長の一撃が幹部魔人に致命的ともいえる深手を負わせることに成功した。
勝利は目前だったはずの戦い。
しかし…彼らがその一撃で勝負を決めきれなかったのが結果として此度の惨事に、敗因に繋がった。
『重傷を負わせたはずだった幹部でしたが…次の瞬間、その傷から現れた〔口〕に、仲間の一人が丸々喰われました』
勝利は目前と思われた瞬間、敵の異常な変貌と共に仲間が一人喰われた。
それは文字通りの食事で、異形の口は騎士を装備ごと食した。
そしてそのまま幹部魔人は変貌を続け…最早人の姿すら消え去り、文字通りの怪物となって周囲の命を手当たり次第に喰らい始めた。
『でも怪物というだけならここまでにはならない。食われるだけなら獣相手も同じだけど…それは力も喰らうのね?』
『恐らく…変貌した幹部の怪物は、喰らった物の魔力や生命力を自らのものとして、自身の再生と強化に使っているものと』
要約すれば、喰えば喰うほど回復し強くなる敵。
しかも対象が強ければ強いほど、喰らった時の上げ幅が多い。
そういう意味では最初の食事、有数の精鋭騎士が喰われたのは痛手だった。
『最初の一人で負わせた傷の殆どを癒され…後はこちらの攻撃など意に還さずにただ闇雲に周囲の生き物を敵味方問わずに喰らい続けました。こちらがどれだけ攻撃しても無視してひたすら食事を優先し、都度付けた傷は食事の度に癒され…どんどん強化が続いていく始末でした』
そんな怪物が生まれた時点で、既に真っ当な戦争は消失。
どころか怪物は味方であるはずの、魔王勢力側の魔物や魔人まで喰い始める始末。
本来ならその共食いはこちら側に優位なはずだが、喰えば喰うほど強くなるのは共食いでも同じで、結果敵をこれ以上強化しない為に、逃げ惑う敵までも守りながら戦う羽目になった。
『それ…敵にとっても想定していない事態だったの?』
『状況を見ればそうみたいですね』
魔王勢力としても想定外の、幹部魔人の無差別的な残虐。
もはや第三勢力の如く、相手の所属など関係無しに手当たり次第に喰らって歩く怪物幹部。
そして…撤退する敵味方を隔てなく、命懸けで守りその怪物と対峙する第三騎士団の面々。
『正直、あれを倒すには一撃必殺の威力が必要だということは分かっていました。だからこそ…私は部下を盾にすることを理解しつつ、全てをその一撃に賭けました。ですが……』
騎士団長クラスの最大の一撃。
しかしそれですら、強化され過ぎた怪物には一撃必殺とは…致命傷とは成りえなかった。
『もっと早くそれに踏み切っていたなら可能性はあったのでしょうが…私の判断が遅かったせいで機を逃し…しかもその代償に多くの部下とこの腕を失いました』
この地における最大戦力は利き腕を喰われた。
腕だけで済んだと言えばその通りだが、しかし最早その身は二度目の一撃を放つには叶わない戦力外。
『貴方の一撃で仕留められないなら、真っ当な手段では一撃討伐は無理ね。ちなみに…その怪物はあの中?』
そうして話を聞いた賢者は、外に見える半球状の《結界》を示して尋ねた。
『はい。私の部下が命と引き換えに貼った強固な結界です。今怪物はあの中に閉じ込めています』
『まぁ…あれほどの結界を一人でとなれば、当然命は削る羽目になるわね』
とある騎士が展開した《結界》。
本来は敵を拒むための結界を、敵を閉じ込める用途で使用。
仲間の強力もあり無事にその中に怪物を閉じ込めることに成功し、今まさに一時の休息を得ている。
だがその結界はまず第一に、自らの命を削った無茶を押し通して無理矢理に強化された、言ってしまえば一生に一度の最後の手段。
その上に術者は内側に居る事が必須な為…今頃は内側の怪物の餌。
二重の機会で死を覚悟した、最後ゆえに最硬の封印結界。
『ちなみに結界の内側に残り続けた騎士はもう一人…ウチの副団長も、その彼の結界構築の隙を守る為に共にあの中に…』
『そう…彼、ウチに勧誘したかったのだけどね…』
実はその彼こそが賢者が勧誘したかった、最後の勇者パーティーのメンバー。
彼はその命懸けの結界魔法を完成させる盾となり…怪物と共に内側に閉じ込められた。
状況を鑑みる限り、彼もまた命を落として喰われただろう。
『…だけどあれだけ強固でも、保ってあと一時間って所かしらね?』
既にあの結界の限界地点まで計算しきっていた賢者。
結界師が命を懸けて作った数時間の猶予。
たった数時間と言われるかもしれないが…おかげで彼らが間に合った。
『……あれを倒すには一撃必殺。それも生半可なものじゃなく…それこそあの結界のように覚悟を決めたものじゃないと。それなら…カイト。行けるわよね?』
『はい』
そんな話を聞いて、即座に策を用意した賢者。
大喰らいの怪物の討伐方法。
『やる事は団長らの策と同じ一撃必殺。だけど人一人の出力じゃ足りなすぎる。だから貴方のその剣に、私とシルフィの二人分の全魔力を乗せる。カイトがすべきはその剣を振って敵を斬るだけでいいわ』
『え、あぁ私の魔力も何ですね?』
賢者の人並み外れた魔力、そして種族特性として多量に保有するエルフの魔力
この作戦で賢者と弓使いは、その全ての魔力を勇者の剣に付与する。
この時に勇者が握る剣は、注いだ魔力をそのまま力に変換するシンプルな魔法剣。
ただし騎士団長の至高の魔法剣にはランクが劣る。
『でも…賢者と、更には魔力量が多いエルフの全魔力をって…この剣が持たないんじゃ…?』
『頑張って』
『精神論!?』
その先に待つのは限界を超えても無理矢理に水を注がれ続ける水袋。
幾ら水袋が革製でも、無理矢理注ぎ続ければ何処かで破けて水が溢れだす。
『勿論このままだと先に剣が崩壊する。だからその対策は施す。貴方自身の魔力はそっちに使って。暴れ馬の手綱を握って無理矢理力尽くに抑え込むようなものだからキツイだろうけど…あと、一撃さえもってくれればいいだけだからその剣はここで使い捨てて構わない』
勇者の武器であった魔法剣を使い捨ててでも、これが最大の勝算ある手。
式は既に出来上がっているようだが、あとは勇者の意志の強さと覚悟。
『ちなみにさ、それ失敗するとカイトの手元で暴発するよな?』
『それだけの魔力の暴発の直撃…勇者は死ぬ』
『そうね。そもそも成功しても大爆発に巻き込まれるのは免れないわね。手元よりはマシだけど…それでも無傷は厳しいでしょうね」
失敗すれば死。
成功しても大怪我。
いずれにしても傷つくことは確定的である勇者カイト。
「でも今そのぐらいのリスクを負ってでも倒さないと…多分アレは青天井で強くなる。ここを逃せば魔王以前にアレに生物が滅ぼされるでしょうね』
『ここで倒すしかない。ですね?』
敵は純粋な力の怪物。
しかもそれはまだ天井なしに膨れ上がる可能性を秘めている。
ここで倒さねば、それこそ世界の誰にも手に負えない存在になりかねない。
『…あの怒りまくって自分を強化してた幹部も、これぐらいの怪物になる可能性を秘めてたんでしょうか?』
『私は上限ありだと思ってたけど…ここの敵を知ると本当に上限無かったかもしれないわね。もはや常識の物差しを充てにしない方が良いわね』
幹部魔人に…そしてその長である魔王には常識が枷になる可能性をこの時まじまじと知らされる賢者。
そんな賢者はある算段を付ける。
『…計画も前倒しに…無茶してでも早めた方が良いかしらね?』
『え?』
この時賢者は決意と共に最終決戦の前倒しも決める。
だがまずは目の前の敵が第一。
『ちなみに俺らは露払いで良し?』
『えぇお願い』
『了解!鎧のおっさんとの初タッグだな!よろしく頼むぜ』
『おっさん…そうか、俺はおっさんか…』
『相方の士気落ちてない?』
こうして勇者パーティーは、この戦争で最大の怪物退治に挑むことになる。




