19 人界への帰還と〔二つ目の切り札〕
「お世話になりました。これで失礼させていただきます」
「はいヤマトさん。お疲れさまでした。お気を付けてくださいね」
ヤマトに手を振る精霊女王。
目を覚ました精霊女王と別れの挨拶を済ませたヤマトは、覚えたての精霊魔法を使う。
人界と異界を行き来するための《精霊魔法》
この魔法は一日の回数制限が存在すため試せず、今回が初めての行使となる。
「すぅ……《界渡り》」
軽い呼吸と共に発動した人界と精霊界を行き来するための魔法。
精霊女王の目の前から…そして精霊界から、ヤマトの姿が消え去った。
「――とりあえずヤマトにやむを得ない理由があったことは分かった。異界でお仕事、ついでにパワーアップイベントが発生していたことも理解した」
「イベント言うな」
少し寄り道をしてから王都に戻って来たヤマトは、一日一回の定期連絡を怠り音信不通となっていた事もあり、宿に戻って来た直後にどこからか帰還を嗅ぎ付けて来訪したタケルに経緯を問い詰められていた。
さしもの身分証の伝信機能も異界である精霊界までは届かず、タケル達からの連絡にはいわゆるエラーメッセージが表示されたという。
「まぁ無事だったからいいんだが、ナデシコにはちゃんと謝っておけよ。せっかく手にいれた身分証の伝信先第一号としてワクワクしながら送信してみればエラー表示で拍子抜け。その上で周りに「ヤマトの身に何かあったのでは?」と可能性を指摘されてかなり心配してたんだぞ。ほいこれナデシコの番号」
ナデシコから預かって来たというアドレスを受け取る。
タケルの話だと結構心配を掛けてしまったみたいなので、なるべく早く連絡しておこう。
「それで、お仕事だったというのは理解した。したんだが……それが何で盗賊を引きずりながら帰ってくるような事態になってんだ?報告を聞いた時に「何やってたんだコイツ?」って本気で思ったぞ」
《界渡り》を含め、転移系の魔法は初めて使う際は座標が若干ズレやすいから気を付けたほうがいいというアドバイスを女神様から貰った。
一応転移の性質上、壁に埋まるなどの既存の物体と重なり合うような事態は発生しないが、ズレによりいきなり人前や隣家に出現し騒動になる可能性もなくはない。
そのため初転移は練習も兼ねて王都の外、人目が入りにくい森に出口を設定した。
「また森か…」とも思いつつ、結果的にヤマトの《界渡り》は、大きな誤差もなく完遂された。
したのだが……その出口の先で一つのトラブルに遭遇した。
「その出先で、クエスト帰りに盗賊に襲撃された冒険者パーティーに遭遇して……冒険者狩りって言うんだっけか?クエスト帰りで消耗してる低級冒険者を襲うとかいう場面に遭遇し、流石に放っておけなかったんで助太刀として介入する羽目になった。それでキッチリ盗賊共は倒して捕縛して、然るべき機関に引き渡そうと思ったんだけど…馬車とかそういう物がなくて仕方ないからロープを巻き付けて無理矢理引きずって来た」
ちなみに盗賊達はそこそこ強かったが、手加減一切無しで連続で魔法を畳みかけた為に手も足も出させる事なく制圧出来た。
流石に実戦で手は抜きません。
ゲームのようにターン交代制でもないし、特撮のように相手が全力に達するのを待つ必要もない。
特に今回はヤマトは横槍を入れる立場のため、初撃で総崩して二撃目でドーン!だ。
初撃決着が理想だっただろうが、ちょっと位置関係が悪かったので一手増えてしまったのが今後の課題だ。
そして捕縛した盗賊達は……流石に自転車はお仕事用&人前に出せない代物で、冒険者たちも徒歩移動だったために移動輸送手段がなかった。
仕方なく魔法による《身体強化》を強めで、物理的に引きずっていった。
盗賊共の拘束には《砂の鎧》という、砂を鎧のように纏う魔法を拘束具として利用することで大人しくして貰った。
ちなみにこの盗賊達は、懸賞金が掛けられたそこそこ有名な一団の残党だったらしく、四人全員を兵士に引き渡すと結構な金額を討伐報酬として貰えた。
そして助けた冒険者パーティーに連れられ冒険者ギルドに赴くと、常時手配の盗賊討伐功績と救助功績として中級昇格一歩手前までの貢献ポイントを貰えた。
実際は今回一発で中級昇格出来るだけの功績らしいのだが、ヤマトは今まで通常のクエストを一度も受けていないため、〔後一回通常クエストをこなしたら中級昇格〕という扱いになった。
「という訳です」
「……まぁ無事で元気ならいいや」
若干何か言いたそうなタケルであったが、そのまま飲みこんだようだ。
仮にヤマトが逆の立場であれば、色々とツッコミを入れていただろう。
「とりあえずそっちの事は分かった。次はこっちの話だな」
王都到着後、ヤマトと別れた後、勇者一行は無事入城。
王様との謁見も経て、ナデシコは問題なく客人として受け入れられた。
宛がわれた側仕えの女性ともそれなりに打ち解けられたらしく、懸念していた人間関係も今のところは問題は無し。
身分証も即日発行され、連絡も取れるようになった。
「ひとまず現状は問題無しって事でいい?」
「そうだな、現状はな」
タケルのその言い方は、何か含みを感じるものに聞こえた。
「実はな、俺の方の予定が前倒しになって、明日には他のパーティーメンバーと合流して、城を離れて〔ダンジョン〕に向かう事になった」
ヤマトの知る勇者パーティーは、タケル・フィル・シフルの三人のみだが、実際は別行動中のメンバーが居る。
明日、その仲間たちと合流し、その足でダンジョンに向かう。
「なんでダンジョン?」
「戦闘訓練の一環だな。単騎での力は全員申し分無いんだが、まだこのメンバーでの集団戦・連携の経験が乏しいんだ。だからダンジョンでそれをこなしてくる。魔王軍の動き次第ではあるが一月程は向こうで暮らすことになる」
つまりはその間、ナデシコはお城に残される。
タケルの行動次第でそうなる事は分かっていたが、思いのほか早かった。
「当然ナデシコの側には側仕えが居るし、今回は戦闘訓練だから非戦闘後方要員のフィルは城に残る事になる。だから完全な孤独という訳ではないが……何かがあった時にナデシコとフィルを武力で守れる人員が居なくなる。まぁ一応警備は居るけどな。……だからいざという時には城を出てヤマトにも助けを求める事になるから、出来る限りヤマトには王都付近からは離れないで欲しいんだが……」
「そうしたいけど、そこはこっちもお仕事次第だから約束は出来ないかな?オフはなるべくそうするけど……ただ、俺が何処に居ても一応は問題は無いとは思う」
ヤマトはナデシコに渡した保険の話をする。
ナデシコに渡したものは、ヤマトの持つ〔三つの切り札〕の二種類目……〔完全転移結晶〕だ。
本来は魔法として習得しなければ扱えず、その上で制約も多く使い手が限られる《転移魔法》。
それを誰でも一度限り、距離や障害物と言ったいかなる条件状況も無視して、好きな場所に転移することが出来る。
流石に転移に同行出来る人数には制限はあるが、一度に三人までなら問題ない。
いざとなればナデシコ、フィル、ついでに側仕え辺りも一緒に逃げられる。
「一度きりの使い捨てとはいえ、何て物を持たせてんだよ……いやまぁそれなら確かに即死狙い以外はどうとでも出来そうではあるが……魔石もそうだが、トンでもない物をポンポン渡し過ぎじゃないか?」
「そこはまぁ大丈夫」
この二つ目の切り札に関してはストックがある。
ヤマトの手元には残り二つ。
使い切るつもりもないが、必要となれば使う事に躊躇は無い。
「……まぁ良い。それならこっちの備えと合わせても早々手詰まりにはならないだろう。――俺はこれから勇者としての活動が本格的に増えてくる。出来る事にはいくらでも手は貸すが、そもそも手を貸せる事や機会も必然的に減ってくるだろうからそこは覚悟しておいてくれな?」
「ああ。流石にその本職の邪魔になるようなら俺らの事は放っておいてくれて構わない」
勇者の使命。
魔王討伐は人類の、引いては世界を救う役割だ。
その邪魔になるわけには行かない。
「そう簡単には割り切れないから困るんだけどな……まぁとりあえず、しばらくの留守の間は気を付けてくれ」
「了解。そっちも気を付けて行って来いよ」




