192 勇者の称号
魔王勢力の"七大罪"。
その出現に、多種族連合の被害が拡大しつつある。
そんな中で賢者サランの言葉により、大罪討伐の計画が立てられる。
目的は勿論幹部を倒すことであるが、今回は同時に修行を終えたカイトの初陣も共に担う、公私ともに大事な戦い。
『――よう、カイト!俺も行くことになったからよろしくな!』
その準備を進める一行の前に現れたのは一人の男。
槍を携えた武人であり、人種族の国の"王子"様。
そして後の"七英雄"の七人目。
『…レイ王子?』
『公の場以外でそういう敬称は要らないって言ったよな?カイト』
現れた槍持ちの正体は【レイ・ユスティファーナ】。
当時の第二王子様であり、カイトが修行期間中に手ほどきを受けた先生の一人。
『…え?王子ですよね?最前線に行く気なんですか!?』
『立場と力があるやつが前に出ないでどうするんだよ?』
王子という立場でありながら槍術の達人の域に達し、日頃から騎士団作戦の大規模討伐にも率先して自ら赴くレイ。
今回も、たった三人…実質二人だけで大罪討伐に向かおうとするカイトらに、自ら同行を申し出る。
『それに…敵は神敵だ。女神様が直々に、普段は見守るだけのお方が種族問わずに危機のお触れを出された異常事態。その元凶である敵の、その幹部が相手となれば"神官"としても流石に黙っちゃいられねぇよなッ!』
ちなみにこのレイ王子は、王族でありつつも敬虔なる教会神官の資格も持っている女神崇拝者。
王家と教会は基本的には懇意にし過ぎないように互いに一定の距離感を保っている中で、王位の継承権利を手放してまで神官資格を手にする許しを求めたほど。
元々政治にあまり興味がなく、武人としての道を選んだ人物だからこそ手放しても痛くないという意味合いもあるが、結果王族であり一流の武人であり教会神官という肩書が並ぶ人物。
『教会絡むと後のバランス取りが面倒なんだけどねぇ…』
『その辺は文官含め賢者様達にお任せで』
『まぁ…いざ面倒にとなれば巫女のカスミを盾にしましょう』
『ふぇ!?』
いきなり教会への盾宣言された巫女のカスミが戸惑う。
元々の大罪討伐メンバーは、カイトに賢者サラン、そして巫女カスミ。
但し、どこぞの殴り巫女と違い、前線での戦闘能力は持たないカスミはあくまでも後方待機の支援・治癒役。
実際の討伐は二人でというプランだった。
『…良いんですか?』
『まぁ…レイならいいわ。貴方も鍛錬中に腕は理解してるでしょ?この自由王子、パーティー戦や集団戦の心得もばっちりだから戦力としては申し分ないのよ。それに少数精鋭にしても実質二人は流石に少なすぎるのは確かだから、もう一人二人は検討してたところだし。元々ね』
カイトの試験も兼ねているが、拘り過ぎて討伐そのものをしくじれば目も当てられない。
あくまでも主題は敵の撃破。
その確実性を高める為にはレイの参加はむしろ歓迎。
『というわけでよろしく!』
そうして賢者のお許しも出て、正式にレイ王子も討伐に参加する。
賢者サラン、後の勇者カイト、神官王子レイ、巫女カスミ。
この四人が後に〔勇者パーティー〕と呼ばれる面々の前身となる。
「――で、結局勇者パーティーが勝ったのよね」
「そうですね。最初の幹部戦は、危ない所もあったようですけど、誰も死なずに勝つことが出来たようです」
歴史に刻まれた最初の幹部戦の結末は人類側の勝利。
そして…この戦いの功績をもってして、少年カイトは賢者によって"勇者"の称号を正式に賜る事となった。
『勇者…この称号って、本当に要るものなんですか?』
『俺らの旗頭になる男が無名ってんじゃ格好も付かないだろ?その点でいえば勇者ってのは分かりやすくていいな。勇猛・勇敢、勇気ある者。未知の強敵と戦う者として、一般人にも分かりやすい目印だ』
『俺…この前の戦いとか思いっ切り怯えてたんですけど…それで"勇者"なんて名乗って良いんですか?むしろ皆の方が合う気が…』
『そうね。どんな敵にも恐れないと言うなら私達の方が合ってるかもね。でも…今の私は、恐れぐらいはあってもいいと思ってるのよ』
自らが授かった…厳密には割と無理矢理に押し付けられた"勇者"の称号に疑問を持つカイト。
先の大罪戦においても、戦い勝ちはしたもののカイト自身は常に〔死の恐怖〕を感じながらの戦いとなった。
かつての自分、夢中で行った初めての魔人殺しの時には全く感じなかったその恐怖。
だが今回は自身が自分の強さをきちんと実感し、その上で理性的に敵に向き合ってしまった。
夢中で一方的なものでなく、お互いが相手を殺す為に向き合う本物の〔殺し合い〕。
相手が自分を殺すための力と意志を持つことをハッキリと認識し、〔死の恐怖〕に終始怯えながらも剣を振るい続け戦ったカイト。
そこに勇猛・勇敢・勇気と称せるものがあったか疑問を持つ。
だが…賢者の求める勇者は、最初の頃と少しばかり変化していた。
『えっと…よく分からないんですけど?』
『物怖じしない、恐れない。私もまぁ最初はそうなってくれればと思ってたけど…別にそこに拘る必要もないと思ったのよ。うーん、説明難しいわね。でもまぁ…ある意味で未完成の方が良いと、逃げずにきちんと立ち向かえるなら、恐れたままでも構わないと思ったのよ、"勇者"って存在は』
勇猛であろうと、勇敢であろうと、勇気を持とうとする者。
恐れ、物怖じしても立ち止まりはせず、怯えながらでも前へと進めるなら。
『でもそうなると…そもそも勇者って言葉が不適切だったかもしれないわね。だけど人の希望に据える称号ならこれが良いと思ったのも確かだし…だけど矛盾と言うか…うーん?』
『あの、賢者様の方が悩みだしているのですが…?』
『まぁどっちだろうと、四の五の言っても決まったことだから覆せないけどなもう。親父にもカイトの二つ名・称号としてもう伝えたし』
『いつのまに!?』
レイ王子の言う親父とはつまり国王様。
既にそこまで話が言ってるなら、今更撤回のできない名。
『…でも、特に複雑に考える必要はないんじゃないですか?』
『カスミ?』
『例えどんな名を授かったとしても、皆さんの…私達のやるべきことは変わらないと、思います』
"勇者"の名で色々と言葉を交わす中で、深く考える必要はないという巫女カスミ。
例えどんな二つ名でも、カイトはカイトのやるべきこと、やりたいことをやり抜けばいいだけのお話。
『…そうね、ちょっと形を求め過ぎたかしらね?結局これからやる事をやり通して行けば、勇者の名の中身なんて周りの人達が勝手に作ってくれるわよ。今はとにかく深く考えずに「自分は勇者!」って名乗ってればいいわ』
『それがまず単純に恥ずかしいんですけど…はぁ、仕方ないか』
『そーそー。ま、という訳で次も頑張れ勇者!』
『え?次って何をするんですか?』
『あ、言ってなかったわね。しばらくは幹部狩りを続けるから』
ここで告げられた次のスケジュール。
大罪の幹部の一人目を倒した勇者一行。
ならば二人目、三人目と、残りの幹部も討伐を目指す。
そしてそれに伴う増員。
『このパーティーの人数も増やすわよ。少数精鋭は変わらずに、だけどより確実に、より手早く敵を討てるように正式に〔勇者パーティー〕を発足するわよ』




