190 歴史の英雄
「――よし、それじゃあ解体開始ー」
「「「はい!」」」
青空の下で始まる再びの解体教室。
三人の冒険者は、ピピ先生の指導の下でまた別の魔物をバラしていく。
比較的安全な森の外で小休止をし、勇者たちの話に花を咲かせていたところにわざわざ森を出て襲ってきた新たな魔物……を、即討伐。
死骸はまたしてもピピ達の教材と化していた。
「……で、なんだったっけけ?勇者と賢者の決闘?」
「そうですね。賢者の申し出で少年カイトは〔木剣による決闘〕を受けることになりました」
「魔法使いが剣をね…でも賢者が、となるとまぁ何だか先が見えた気もするけど。ちなみに、決闘と言うからには何か賭けたの?」
「はい、勝者が敗者に〔一つ要求〕出来る権利ですね。ただまぁアリアさんの推測通り…」
そして再開される勇者語り。
場面は賢者と勇者の出会いの決闘。
『――ふぅ、腕痛い。でも…やっぱり戦い方ってのを全く分かってないわね。習ってないしきちんとした経験もしてないなら当然だけど』
剣の型で言うのなら、カイトの方がそれっぽい整い方をしていた。
だが不格好に、それでも適度に的確に剣を振り回すだけの賢者に、カイトはひたすらに翻弄され…破れる。
決闘の勝者は戦いそのものの経験値で勝る賢者の方だった。
『まだ子供の割にパワーはあるし、やっぱりセンスはありそうだったけど、まぁそれも使いこなせなければ意味はないし、ましてや考えなしじゃね?』
『はぁ…はぁ…』
『で、これでまだ貴方が誰かを守れるほど強い人間じゃないのは理解したわよね?』
『でも…魔人を…』
『弱った魔人を、ね。お腹を空かせて弱ってた魔人を不意打ちで一撃。もちろん普通はそれすら無理だと思うから、貴方の才は確かなものだけど…経験と考えが足りなければ折角のお宝も持ち腐れ。だから――』
そして賢者は〔勝者の権利〕を使用する。
『勇者の件は保留でいい。正直、こっちも見極めが必要だって言うのが今ので分かったから。だからまずは私と一緒に〈王都へ来て修行〉しなさい。貴方の今のその才能だけの剣を、実力を伴った力に…ちゃんと家族を守れる力にする努力をしなさい!場はきちんと用意してあげるから』
今のまま家族と共に居て守護者を気取っても、大事な時に最悪の形で力不足を痛感する羽目になる。
ゆえにまずは前提作り。
有言を実行できるだけの力を、実力を手にする為の準備が必要。
それを理解したカイトは、差し伸べられた手を握り返した。
そしてそれを村人は、家族たちは喜んで見送った。
彼が居なくなることで自分たちを守る力が減るとしても、村人たちはカイトの門出を阻む者は居なかった。
「――結局、村の人達はその町に残ったの?」
「いえ、その後も幾度か、魔王軍の動きに合わせて他の人々と一緒に町から町に移っていたようですね。明かしちゃうと、この人達は戦争の被害という意味では終戦まで無事だったようです。そもそも最初期に、連合結成前に襲撃された村や滅ぼされた町以外に、一般人にはあまり被害はなかったようですからこの戦争。最終的な犠牲者のほとんどは戦いに参加した人々のものです」
現代に続く歴史ゆえ、その戦争の結末は既に知る。
厄災戦争は魔王軍の敗北、多種族連合の勝利が結末。
だが…そこには多くの犠牲者が存在することも当然知らされている。
命を懸けた彼らが居たからこそ、一般人への被害がそれほどで済んでいたことも勿論。
「こうして少年カイトの物語は、家族と離れて賢者の下での修行編に入ります」
「修行と言えば、賢者って剣の指導もできるの?」
「修行編でカイトを鍛えるのは賢者だけでなく、王都に居る色んな分野の一流人達です。〔魔人を討伐した子供〕〔賢者が拾ってきた才能〕という期待もあるので基本的には皆さん協力を惜しまなかったみたいですね」
一流による短期集中鍛錬の日々。
人が年単位で積み重ねていくものを、倍速三倍速と可能な限りの速さでこなすことになる。
そしてそれがスパルタになるのも当然の流れ。
「なので色々ありつつも修行編は順調に、カイトの力を育てていったのですが…ここでの話で一番重要なのは、むしろヒロインの登場ですね」
「ヒロイン?」
「ええ、当時の"巫女"の少女です」
生活拠点を王都の、それも王城へと移した少年カイト。
賢者を始めとした多くの人々から学び続けたカイトは、スパルタの甲斐もあり一年足らずで頭角を現し始めていた。
そしてそんな修行編の中で…彼にとって大事な出会いがあった。
『――初めまして。"巫女"のカスミと申します』
出会った少女は、後に語られる三人目の英雄。
女神様の当時の依り代たる資質を持つ【"巫女"カスミ】。
現在のフィル同様に、女神の眷属で有事には《神降ろし》の責務を担う存在。
カイトの王都入りの時には、前線で負傷者の癒しに奔放していた彼女が一時的に王都へと戻って来て…そして勇者と出会った。
「ちなみにこの出会いの時点で少年カイトは一目惚れしました」
物語で言うなれば主人公のヒロイン。
勇者と言えども年頃の少年。
その手のお話もあって普通だろう。
「それに気づいた賢者は、むしろその恋心を利用し煽って、修行の効率を上げたみたいですね」
「割とえげつないわね、賢者」
こうして王都でラブコメ?が展開される中でも、前線での戦いは続いている。
とは言え最初期に比べて、この時期の戦線は安定していた。
愚直な侵攻を続ける魔王軍に、情報と経験を重ねて策を持って動く連合軍が侵攻を防ぎ、魔王軍の侵攻が一気に停滞を始めた。
「そしてその戦いの中で、後に語られる他の英雄達が名を上げ始めていました。その中でも分かりやすいのは"聖騎士"かな?」
四人目の英雄【"聖騎士"グロッグ】。
騎士団の一員だった彼は、それこそ当時は"守護者"と名付けられたほどに、彼の戦う戦地は他よりも死者の数が段違いに少なかった。
勿論それは彼だけの功績ではないが、しかし誰よりも大きな貢献があったことは明確な事実。
ゆえに彼もその積み重ねの末に後に英雄として国から"聖騎士"という称号を賜る事となり、今も騎士の中で継がれる名誉ある称号となった。
その継がれる名の始まりの人物。
「そして五人目は、連合に参加せずにいたエルフ族。その英雄となる"魔弾の射手"シルフィエット=ハウル。彼女の言葉で後にエルフ族も連合に参加することになる、エルフの実質的な鎖国を解いた人物ですね」
五人目の英雄【"魔弾の射手"シルフィエット=ハウル】。
ヤマト達も知る亡骸の、シルの大元の存在。
この当時のエルフ族は自里の防衛優先で多種族連合への参加は拒否していた。
だがその中でエルフ族最高の弓使いと呼ばれていたシルフィは、同じ意志を持つ者たちを取り纏め、連合への参加を掲げて活動した。
そしてとうとう保守的な里の長達を説き伏せ、エルフ族精鋭の連合参加を表明し、遅ればせながらに合流した。
「元々エルフは弓の腕と、魔法の適正に高い資質を持つ種族です。その中でも選りすぐりの使い手が戦地で味方の援護に回り…防衛戦線はより安定しました」
その中でも特に英雄シルフィは、自ら率先して近接職の戦いの場にまで足を運び敵を穿ち、近接職顔負けの討伐戦果を上げていく。
結果当時の人々の持つ固定概念を揺るがす〔近接弓戦〕を見せつけていった。
「ちなみに…近接弓戦と呼ばれるスタイルをものにした人物は後にも先にも英雄シルフィだけだと言われてます」
現代の一流の弓使いであるメルトも、近接職との連携や遠距離からの攻撃であってこその王道スタイル。
物語に触発され、その道に手を出してみた者は多けれど…弓での遠近問わずな戦い方には明確な成果を示した者はおらず。
それ程の力がありつつ、その上でシルフィは当然本来の弓の距離からの射撃技能も達者。
彼女には苦手距離といものがなかった。
「そして更にもう一人、六人目の英雄が当時の戦場で名を挙げていたんですけど…この人は七英雄の中で唯一、未だに正体不明の"冒険者"なんですよ」
六人目の英雄は"冒険者"。
国の出した冒険者への有事要請に従い、戦争へと参加していた上級冒険者。
ただ…その姿は全身鎧で、如何なる時にも兜を脱がずに正体を知る者は極一部。
その一部の人々も語る事を拒み、結局功績は語られていてはいるが、肝心の何処の誰かは明かされぬまま、謎の英雄というポジションで逆にある一定層のファンが付いている人物。
便宜上"ブランク"と呼ばれる誰か。
「――後輩君、これよろしくー」
「え、あぁ…」
そんなロンダートの語りを遮り、またしても解体した素材を持ってヤマトのもとを尋ねて来たピピ。
今回は生首ではなかったが、受け取ってしっかりと仕舞いこむ。
「ちなみに、ちょっと音消せるー?」
「え?あ、はい」
すると何故か音を遮断する魔法を要求する。
ピピのチラ見した先には、分け前の素材を荷物に詰め込む冒険者三人。
多分彼らに聞かれたくない話があるのだろう。
「…出来ました」
「ありがと。それで…この面子だから言うけど、その"ブランク"の正体は狐人族。私の種族の御先祖様」
「え…」
そこで明かされたのは、正体不明の英雄の正体。
同じ種族の末裔として、ピピが知るその名を語る。
「名前はダダ。狐人の英雄で、数少ない九尾への到達者だった人物」




