189 七英雄の始まり
――七英雄の物語。
この世界で最も有名な物語作品群。
その最初の作品は、勇者の物語を簡潔に記した子供向け絵本。
子供向けなのもありストーリーは簡素に、一人の少年が"勇者"として覚醒し、戦い…女神から聖剣を授かり、最後には魔王を打ち滅ぼす物語として描かれている。
正直、ヤマト達の元居た世界の人間からすればありふれた典型的なお伽噺。
しかし、この世界では本当にあったお話。
この最初の勇者の物語を皮切りに当時の英雄達の物語が複数描かれ…"七英雄の物語"として一つのジャンルが成立する。
そして…そのどれもが実話ありきの物語だった。
――そのそもそものキッカケは〔神々の世界〕で起きた騒動から。
〈とある神が邪なる願いを叶える為に、"邪神"となりて神々と敵対した〉
神々の世界での〔邪神誕生〕。
とは言えそれは七英雄の物語においては、数行のあらすじで語られるしかない人々が詳細を知らぬお話。
神々の世界で争いはあったらしいが、邪神はその後に神々の手によりしっかりと滅せられた。
むしろその後が物語の始まり。
邪神は既に滅んでいる…のだが、その邪神の置き土産が世界にとっての〔厄災〕となった。
〈滅びた邪神の力の僅かな残滓が、この世界に"魔王"を生み出した〉
邪神の死の間際の嫌がらせとも言うべき世界干渉により、この世界に最初の魔王が生まれた。
この世界に現代も残り続ける、世界のシステムの根幹に染みついた呪いの始源は今よりも濃厚に。
〈魔王は生まれてすぐに配下を生み出し、世界に住まう魔物も支配下に取り込みつつ、瞬く間に強大な〔魔王軍〕を作り上げた〉
魔王を頂点にこの世界に生まれた新勢力。
その目的は〔世界の滅亡〕。
邪神の歪んだ思念により生まれた初代の魔王には、文字通り滅ぼす以外の目的がなかった。
世界征服などと生ぬるいものでなく、邪神の恨みを引き継いでの世界滅亡。
〈魔王誕生とほぼ同時期に、女神様による"神託"は降ろされた。だが唐突な出来事に人々の足は鈍く…本腰を入れ始めたのは、既に人族の町が二つ壊滅した後であった〉
当時の世界は、今のように他種族が行き交うことも珍しい世界。
人族は人族の国に、エルフ族はエルフ族の国に。
多種存在する大小の種族・国家たちは、基本的に互いに不干渉のもと戦争は勿論交流そのものが乏しかった。
干渉しないからこそ、大枠では平和だった世界。
だからこそ唐突な新興勢力への対応に、戦いへの機微に疎かったとも言える。
〈特に大きな被害が生まれた人族、その王は、この危機的状況に対して全ての種族に〔対魔王軍・多種族連合〕の発足を打診した〉
種族間の交流は乏しかったとはいえ、国同士の揉め事を避けるための最低限の外交ルートは存在した。
その道を通して、打診できる全ての種族に対魔王における協力や同盟を持ちかけた人族の王。
結果として、女神様直々の神託もあってか一部を除き多くの種族が手を取りあうことに賛同した。
〈"龍族"は連合打診に返答すらせず沈黙を貫き、他種族に懐疑的な"エルフ族"は明確に拒否して単独での戦いを選んだ〉
そうして一部を除き集ったのが〔多種族連合〕。
今まで交流すら乏しかった種族同士が、いきなり手を取り戦う事には難も多いが…魔王軍の脅威に立ち向かうには必要な事であった。
――そして始まるのが、多種族連合VS魔王軍の、世界の命運を掛けた戦争。
これが物語の…この世界の過去に実際に起きた〔厄災戦争〕の世界観。
それを前提として…当時活躍した人々を描く〔七英雄の物語〕は紡がれる。
「――まず、一番有名な"七英雄"、その基軸になる物語の主人公が"最初の勇者"カイトだね」
七英雄の一人目。
最も有名な英雄であり、形は変わったが現代にまでその称号が継がれる【"勇者"カイト】の物語。
絵本でも描かれた通り、一平民の…辺境の小さな村の出の普通の少年。
「元々はただの子供だった彼が暮らすその村が…魔王軍のはぐれ部隊に襲われました」
戦争の開幕直後。
まだ地方の小さな村々の避難も進まぬうちに…カイトの暮らす村に、本隊からはぐれた魔人や魔物が流れ着いた。
本隊からはぐれたそれらは空腹で、村の備蓄は魔人の、村の人々は魔物の食料にするつもりであったようだ。
だが…その村には魔人にとっては不運となる、後の勇者となる少年が住んでいた。
「ただの少年だったカイトは村人の、そして家族の危機にその秘めた力を覚醒させた」
元々護身術程度には剣の心得のあったカイトだが…危機的状況で覚醒した彼のそれは、もはや子供にはあり得ぬほどの力。
たった一人で襲撃して来たはぐれ魔人や魔物を全て切り伏せ、絶望的状況で一人の犠牲も許さず、村を…家族を守り抜いた。
「それが勇者の最初のエピソード。その後村人共々町へと避難し、事情を聴いたお偉いさんから上へ上へと話が昇って…早々に王都の、"賢者"の下にまで彼の存在は届いた」
そして二人目の七英雄の登場。
凄腕少年の噂を聞きつけ、見定める為にカイトの避難先の町を訪れたのは当時の"賢者"様。
その時代の最高の魔法使いの称号を持つ、人族の女性【"賢者"サラン】。
賢者に関して言えば戦争以前から、多くの功績で英雄視されていた存在。
七英雄の中で最も古く、多くの功績を遺す者。
『なるほど…確かに…』
そんな賢者ゆえに、人には見えぬものも見えるサラン。
そして彼女が実際に対面した少年は…言ってしまえば異質なモノだった。
ゆえに彼女はその少年に尋ねてみる。
『…君、"勇者"になってみない?』
「――勇者って、そもそも当時の賢者が誘ってなったものだったの?」
「みたいです。とはいえその当時にはまだ"勇者"という役目も称号もないので、少年カイトも困惑したみたいですが」
〔勇敢なる者〕〔勇猛なる者〕〔勇気ある者〕。
そして〔人々の希望の象徴〕として、心と実力を伴った強い存在。
"勇者"という言葉がこの世界の歴史に初めて顔を出したのがこの瞬間。
ただ、その根幹は賢者サランの思い付き。
ゆえにまだその言葉には何の力も存在しない。
当然そんなものに誘われた少年カイトも困惑するのみ。
『うーん…まぁそりゃそっか。でも、折角だしとりあえずは私のもとで学んでみない?』
そんな彼に勇者の代わりに提示したのが〔賢者への弟子入り〕。
賢者の庇護下で、少年カイトの示した突出した才を伸ばす、その為の学びと鍛錬の提示。
『でも、皆を守らないと…』
しかしそれすらも、カイトは家族と離れ離れになるのを躊躇し難色を示す。
今後もまた家族に危機が訪れるかもしれない。
いざそうなった時に自分が側にいて守らなければと。
『……そう、まずは立ち位置を理解させる必要があるかしらね?』
『え?』
そんなカイトに対して、賢者はある提案をする。
《次元収納》から取り出したのは二振りの木剣。
『一騎打ちの決闘をしましょう。種目は剣で、私と、君で戦いましょう』




