180 拳の人
「――自由だぁああああああ!!!」
その日の朝。
王城内に響く一人の男の雄たけび。
声の主はこの国の王子の一人であり、勇者パーティーの"拳闘士"【ラウル・ユスティファーナ】。
「と言う訳で…タケル!模擬戦しようぜ!!」
「あのさ、そんな野球に誘うような軽さでこっちのテンションが低い寝起きに来られるのキツイんだけど」
「ヤキュウ?」
そんな彼はその足で、寝起きで朝の支度中のタケルの部屋に乱入した。
「まぁ仕事から解放されたのが嬉しいんだって言うのは分かるけど」
「おう!今日から自由だ!」
ラウルがはしゃぐのは、ひとえに酷務からの解放ゆえ。
同じ王族である王子・王女たちがそれぞれの事情で動けなくなり、一番の論外であったはずのラウルに政務が回って来てから始まった地獄。
運動全振りには、ただのお飾りですら苦痛なお仕事。
しかし状況的に嫌だからと逃げられる事でもなく、日々ぐったりし続けたラウル。
それがようやく終わりを迎えた。
『本日よりラファル王子が復帰成されます。それに伴いラウル王子のお勤めも解かれました。お疲れ様でしたラウル王子』
兄の復帰により代役が終わり、解放されて自由になった。
そしてラウルはその自由を手に、タケルのもとへとやって来て、朝一番に殴り合いを求めた。
だがタケルは…
「でも俺、今はまだ反省中だから無理」
「反省?…あぁ、リトラのやつか」
だがこの日もタケルはまだ新兵に交じっての基礎訓練の期間中。
なのでラウルの殴り合いには付き合えない。
「むしろ体を動かしたいなら、こっち一緒に参加すれば?」
「あー…いやそれはいい」
その基礎訓練も運動には変わりないので、タケルはラウルも自主的に参加してはどうかと誘ってみる。
しかし彼は断った。
ラウルが今求めるのは運動。
拳闘士としての本質であり生き様、そのリハビリ。
「なら他を当たってください」
「いやまぁ、それこそ拳同士で語りあえる相手がいれば本当はいいんだがな」
「拳…あぁ、それなら――」
ラウルがより求めるは拳同士のぶつかり合い。
そこである相手を思い浮かんだタケルは、ラウルの相手を押し付けることにした。
「――と言う訳で、アリア殿!一戦お相手願いたい!!」
「……私?」
それから少しして、場所は王城内の食堂。
兵士や文官を始め、城で働く者たちが集い食事をしている朝の時間。
その場を訪れたラウルは、山盛りの朝食を口にしていた女性…正確には精霊のアリアに申し出た。
「あむ……ゴク。あむあむ……」
いきなりラウルに声を掛けられ食事の手が止まるアリアに対し、対面に座る相方のヤマトは我関せずと食事を続ける。
「いやそこは何か反応してよ、相方さん?」
「ゴクリ…だって挑まれてるのってアリアだけだし」
「そうだ!タイマンだ!」
「アリア次第だから俺の出番ないし。もぐもぐ」
ラウルが求めるのはアリアとの拳のぶつけ合い。
相方であるヤマトの魔法使いスタイルに合わせ、自身の主体を格闘戦に定めたアリアは確かに、精霊ではあるが武人の枠。
同じ拳で語る者同士であり、ラウルがアリアとの一戦に興味を持つのも理解できる。
そしてそんな武人同士の戦いは、ヤマトが割り込むことではない。
「(私、別に武人として拳にプライド持ってる訳じゃないのだけれど?そんなのにタイマン申し込んでいいの)」
契約の繋がりに切り替えて話す二人。
「(いいんじゃない?そういう細かい部分は気にせず、普通にアリアがどうしたいかで答えればいいんじゃない?嫌なら断っても良いし)」
「(断っていいの?仮にも王子様のお誘いよね?しかもここ公衆の面前で)」
「(本人がそもそもそういう立場を気にしてない人だから大丈夫。というか城の人達もあんな感じだし)」
ここは一般向けの食堂。
平民と貴族が入り混じる事はあれど、王族が足を踏み入れる事はめったにない場所。
そんな場に王子が来れば普通は注目を浴びるはずなのだが…誰も彼もがやって来た王子がラウルだと知ると、何事もなかったようにいつも通りの朝食に戻る。
別に誰もラウルの顔を知らないのではない。
王子で勇者パーティーなど、城に出入りする者で知らぬ者が居ない有名顔。
だがだからこそ、プライベートのラウルに対しては王子である事を気にせずに、普通に接するのが正解なのだと認識しているだけのお話。
「……分かったわ。じゃあ少しだけやりましょうか」
「助かる!」
だから答えはお好きにとお膳立てはされたが、結局アリアは断らず受ける事にしたラウルとの模擬戦。
一度分かれて約束した時間に例の訓練場に集合した三人。
「俺必要?」
「見届け人、よろしく頼む!」
そのままヤマトも立ち合い人にされ、そして早速始まる模擬戦。
武器無し、魔法無し、拳+魔力強化のみの純然たる肉弾戦。
アリアはあくまでも精霊なのでちょっと言葉が違うかもしれないが、完全実体化状態であるので特に問題もないだろう。
「――ハハハ!今のを避けるか!!」
「良い拳ね、でもッ―!」
「させるかぁッ!!」
そうして繰り広げられる格闘戦。
割とノリノリで本気のアリアに、鬱憤晴れて楽しいラウル。
結局アリアも拳の人。
その気質には、人間だろうと精霊だろうと関係ないようだ。
「ハァアアア!!」
「ふァ!」
こうして二人の拳の振るい合いは、時間無制限で満足するまで続く。
(…これやっぱり俺必要?)
その二人の戦いを、本当に必要だったのか分からない見届け役のヤマトは淡々と眺め続けるのであった。




