175 使い魔のアルバイト
「――はい、大丈夫ですね」
「通って良し!次の者!」
王城の検問。
城への入城を望む者の身分確認と許可証明を確認する門の兵たち。
そんな彼らの中に一人場違いな、ヤマトが紛れる姿で混じっていた。
「…この人も大丈夫です」
「通って良し!」
ヤマトは《鑑定眼》で相手を見定め、身分証と本人が同一人物であるかを確認する役目をアルバイト代わりに任されている。
ここ最近の騒動を機に強化された王城への入城検問。
勿論今までも魔法具による本人確認は行われてきたが、しかし先の一件は今までの警備体制に疑問を投げかける結果になった。
《鑑定眼》も万能ではないが、既存の魔法具による検査よりは上なのは確か。
その為に今は場繋ぎ的に鑑定眼持ちを配置して、賢者シフルにより予算度外視で準備されている強化版魔法具の配備待ち。
それまでは勇者パーティーの"召喚従魔士"ブルガーのように、希少な《鑑定眼》持ちにより入城者のチェックを行う。
「…この人、名前違ってます」
「捉えろ!」
「待ってくれ!これは間違っただけで――」
そんな中で一人、本名と身分証が乖離する人物が兵士によって拘束されていく。
別に彼が魔王軍の手先という訳でもないだろう。
周囲の人々曰く、王城へ不法侵入しようとする輩は少数だが毎月のように出て来るらしい。
基本的にはどこぞのスパイの類であったり、シンプルに盗賊であったり、情報屋の手先であったり、なんにせよ不法の犯罪者が犯罪目的でで忍び込もうとすることに変わりはなく、一番多い手が偽造した身分証を用いる場合が多いそうだ。
とは言えそんなあからさまな輩を通す程甘い警備ではなく、《鑑定眼》が無くとも既存の魔法具でも十分に洗い出せるいわば雑魚。
「…あ、この人、名前は一致するけど、称号に"黒影"って付いてます。要注意リストにありませんでしたっけ?」
「犯罪ギルドの凄腕スパイ!?捉えろー!!」
「な――まさか他にも鑑定眼持ちが!?」
だがこの"黒影"とやらは書類上は疑うべきところのない一般人に見えた。
しかし《鑑定眼》で暴いた情報が、ブラックリストと一致する。
犯罪がらみの二つ名持ちには致命的な邂逅となる。
「アイツ、出入りの業者として一年以上城に通ってるやつだぞ…?まさか気付かず通していたとは…」
従来の魔法具では称号・二つ名の類までは判別できない。
基礎情報に真偽判定。
ゆえに書類と情報に齟齬がなく、自分自身を騙せる輩にはすり抜けも起こる。
だが《鑑定眼》には称号・二つ名も写り、賢者シフルは世間の要注意人物に想定される二つ名候補をブラックリスト化し用意している。
二つ名は一定以上の周囲の認知によりシステム的に付与されるため、通り名の一つとして呼ばれる"黒影"が今の相手にはヒットしたようだ。
(そう言えば…ロンダートさんの、"義賊"の顔って複数人で認知しちゃってるけど称号二つ名化はしてなかったな。俺の"魔力馬鹿"はアッサリ付いてたのに…)
闘技場のチャンピオンであり、義賊の裏の顔も持つロンダート。
しかしその裏の顔に関する称号は付いていない。
今までは彼が義賊だと認識する者が居なかったゆえなのだろうが、最近はヤマトら含め知る者が数名現れている。
だが別れ際の彼にそれにまつわる称号・二つ名は無かった。
安心ではあるが…反面、自身のアッサリ付いた"魔力馬鹿"の称号が若干解せない。
「(ごめん逃げられた。あれ相当に厄介な逃げ上手だわ)」
「(お疲れ様。まぁ残念だけど仕方ない)」
そしてそんな黒影であるが、非実体のまま追いかけたはずの精霊アリアすら巻いた様子でかなりの逃げ上手。
凄腕スパイの名は伊達ではないようだ。
とは言え犯罪者の手を一つ潰せたのは確か。
正体不明だった犯罪者の名が分かり、ヤマトは書類に書き記していく。
その最中に…今朝のシフルの姿を思い出す。
『あ、ヤマト。お金ないならお仕事しない?』
こっちの懐事情を理解した上での依頼。
エルフの里で《黒騎士》に手持ちの金銭の殆どを費やし財布がもの凄く軽くなったヤマト。
そんなお財布事情を察して、いざ冒険者ギルドへと構えるその日にタイミング良く伝えて来る。
しかもキッチリ護衛警備の〔指名依頼〕の形で、冒険者ギルドへも提出して準備万端。
なので報酬だけでなく冒険者としての貢献度も付随する。
『ついでに、多分ブルガーが居ないの狙って来る犯罪者とか見つかると思うから』
勇者パーティーの一員にして世間的に希少な《鑑定眼》持ちのブルガー。
彼がここのところ城の検問に顔を出しているのは、熟練の犯罪者にもマークされている。
だからこそ、隙を見て入城を狙う輩はブルガーの留守を狙う可能性がある。
『というわけで…はい兵士の服』
賢者シフル曰く、そんな輩をこの機に罠に嵌めようとヤマトに検問兵士に紛れる服を着させ、『鑑定眼持ちが留守の今がチャンス!』を誘発する罠を仕掛けて置くようだ。
これでどのくらい引っ掛かるかは不明だが、せっかくなのでやらない理由もないのは理解できる。
(で…結果今日だけで二人も、ブラックリストが役立つと)
何というか、賢者シフルの思う壺である。
今日明日だけの、良からぬ者たちに情報が広まるまでの限定的な罠だが、きちんと成果は出ているので良しだろう。
「お疲れー後輩くん」
「ん?あぁ…お帰りなさい先輩」
そんなお仕事中のヤマトに声を掛けて来たのは、お城に戻って来たピピ。
「はいこれー。頼まれてたモノ」
「ありがとうございます」
するとピピはヤマトが頼んでいた荷物を渡してくる。
それは薬屋スピルのポーションの入った魔法袋。
消費した回復薬の補充をする必要のあったヤマトだが受けた仕事で今日は動けなくなったので、ちょうどスピルに出向くピピに買い出しを頼んでおいたのだ。
ちなみに代金はアルバイトの今日の分の報酬前借りから預けている。
明日なり明後日なり自分で出向けばいいだけの話でもあったのが、そうはいかない事情もあった。
「ちなみに予定通り、明日からスピルはお休みー」
というのも、薬屋スピルの店主であり精霊術師でもある【サイ】さんは、毎年この時期に個人的事情から一週間ほどお店を休むそうなのだ。
相棒の精霊【ウーラ】と共に、お店を締めて王都から離れるこの期間。
つまり明日出向いてもお店が開いておらず、ポーションの買い物すら出来ないのだ。
「あ、サイが後輩君によろしくってー」
なのでお休み前に顔を出しにいくピピに頼んで買い出しに行って貰った。
おかげ様でこうしてポーションの買いそびれを免れた。
「ピピ様。お話中のところ申し訳ありませんが…」
「あ、ごめんーはい後輩君、鑑定よろしく」
「はい」
そんな二人の会話に割り込む兵士。
勇者パーティーの一員であるピピであれど、完全顔パスとはいかない。
きちんと本人かどうかを《鑑定眼》で確認する。
「…問題ありません」
「通って良し!」
「ありがとー。それじゃ邪魔になるからお話はまた後でー」
そうして無事に通過したピピは、仕事の邪魔にならぬようにそそくさと城の中へと消えていった。
「ふぅ…」
「ヤマト殿?お疲れでしたら少し休みますか?」
「あ、いえ。どうせ…数人片付いたら一休み出来そうですし大丈夫です」
兵士の気遣い。
というのも《鑑定眼》は見る力、目を依り代にしたモノである以上、どうしても使い続けると目や頭に疲れが現れる。
仮にどれだけ体力があろうとも目や脳の耐久力は鍛えられない以上、短時間で連続行使は目に見えて疲れがたまっていく。
とは言えヤマトがここで休憩すると、審査待ちの列の人々を待たせることになるので、せめて列が途切れるまでは休めない。
「分かりました。ですがキツくなった時は遠慮せず言ってくださいね?」
「はい勿論」
その後も夜の当番であるブルガーと交代するまでの間、アルバイトに励むヤマト。
更に翌日も同じ時間帯に門に貼り付いて鑑定し続ける。
二日後、賢者シフルの手により性能重視予算度外視の、鑑定眼に匹敵する機能を備えた最新性能の魔法具が出来上がり即日配備されたことで、このアルバイトも終わりを迎えた。
(大事の前日にまでにちゃんと仕上げるのは流石というべきか…)
そして更にその翌日。
教会の召喚により開かれる審問会、王女リトラーシャにとっての正念場がやって来る。




