174 迷い人の未来
「――あれ?シロ?」
「どうかしたの?撫子姉ちゃん」
「あ、ごめんね。ちょっとシロがソワソワしてるから」
王城内のとある廊下。
並んで歩く二人の迷い人。
転移事件の被害者である少女【ナデシコ】と、そのお隣はまた別の世界に飛ばされてしまったイトコの【レン】。
姉と弟のような二人は、歩みを止める。
「大丈夫?シロ」
ナデシコが心配するのは子供精霊の【シロ】。
ナデシコと共にあり、彼女の衣服のポケットの中で普段は静かに過ごしているシロ。
最近またちょっと大きくなって来たその子。
だが今は何故か、何か落ち着かない様子でソワソワして服を揺らしている。
「…あ、鎮まった」
「結局なんだったの?」
「分からない。シロとは言葉での意思疎通が出来ないから、結構何をしてるのか分からない事も多いの。ある程度の事なら分かるようにはなって来てるんだけど…」
「まぁ精霊相手じゃ仕方ない。本来なら人とは相容れない…あぁ、こっちはちょっと違うのか」
「それって、漣くんの居た異世界?」
「うん。向こうはこっちの世界よりちょっと科学技術が進んでて、そのせいか自然が減ってて精霊と人間は絶縁に近い状態だったから」
こことはまた異なる別の異世界。
レンが飛ばされたその世界では、人間と精霊の仲はあまり良くなったようだ。
「だからこっちに来て、まさか撫子姉ちゃんが精霊抱えてるなんて思いもしなかったからびっくりしたよ」
「ヤマトさん達みたいに契約?とかした訳じゃないんだけどね。でも何だか気に入られちゃったみたいで」
「うん、それぐらいの距離間で良いと思うよ。魔法的な契約ってどうしても無用に縛られることになるから、帰る時には明確な足枷になるし」
「帰る時…か」
レンの言葉の懸念は、二人が元の世界へ帰るその時のもの。
二人はこの世界の住人ではない。
故郷は同じでも契約によりこちらの世界に召喚された勇者タケルや、そもそも転生した使い魔ヤマトとは事情が異なる。
いつになるかはまだ未定だが、必ず元の世界に帰らねばならない時が来る。
その時に、こちらの世界に大切なモノ・大事なモノが多ければ多いほど当人が苦しむ事になる。
"迷い人"というのは縁に身軽であるほうが後々に楽なのだ。
「……撫子姉ちゃん。実は日本に帰りたくないとか思ってたりする?」
「え?ううんそれは……ないと思う。もちろんこっちでの縁とかお世話になった人たちを軽視するつもりはないけど、でも向こうにだって家族や友達が居るんだもん。だからその時が来たら…ね?」
シロも居るので明確なその言葉は避ける。
だが気持ちとしては、その時が来れば迷わず帰るつもりで居るナデシコ。
それはこちらでの人の縁を全て手放す形になり、シロとも永遠の別れになる。
当然それは寂しいが…しかしその選択肢に迷うつもりはない。
あくまでも今のところはであるが。
「なら良かった」
「…漣くんは、あっちの異世界からこっちに来る時…どうだった?」
恐る恐るのナデシコの問い。
レンは一足先に、飛ばされた世界を離れた先達。
向こうの世界の危機的状況に際して、半ば望まぬタイミングで離れざる得なかった。
今後問題が解決した際に、一度向こうに戻るのか、それともこちらから日本に戻るのかは分からないが、こちらへの渡航が可能性として今生の別れになった可能性も高い。
先んじて別れを経験したレンの話を来たかったナデシコだが…
「…特には何も」
答えは簡潔に、そして何も語らないレン。
彼と再会してすぐに、二人きりで話をする機会があったナデシコだが…向こうの世界での暮らしや出会いについては殆ど話してはくれなかった。
『あの世界の人々は些か他所者に厳しい。私は彼が過ごした日々を知っているし、保護が遅れたこちらに全ての責任がある。でもだからこそ…彼自身が伏せたいならその意志に合わせさせて貰おう』
少しだけ、レンと共に居た異世界の勇者アルバートと話す機会もあった。
だがその言葉だけで、自分以上の苦労があったことは理解できた。
何も知らない少年が自力で魔法を身に付けねばならなかった何かが。
(……私は、怖かったし危なかったけど…すぐにヤマトさん達が助けに来てくれた)
転移直後、ゴブリンとの遭遇。
命の危機や恐怖を感じたあの一件だが、しかしすぐに助けは来た。
その後も色々とあったがしかし、周りには守ってくれる人が居た。
「…漣くん。日本に戻ったら何処か遊びに行こうか?」
「遊びに?いいけど…何処に?」
「何処が良いだろう?連くんは何処か――」
漣は向こうでの出来事を語らない。
なら話は過去ではなく未来について交える。
別の異世界に居た時の事でなく、日本に戻った後のお話を。
(でもそれは…シロともお別れした後のことに…)
だがそれはシロを始め、この異世界で出会った人々との別れが前提。
いずれ必ず来るその日。
(でも、それまでは…)
シロの居るポケットを、上から軽く撫でる。
別れは必ず来るが、その日までは今まで通り、いつものように過ごしていく。
「――君らはそれでいい。ただの被害者。こちらの事情に巻き込まれる理由はない」
そんな二人の歩みを見守る影が一つ。
異世界の勇者アルバート。
「この先何があっても、君達二人だけは絶対に守り、そして必ず送り返そう。君達だけは必ず」




