171 教会の呼び出し
「――朝からごめんね。ちょっと共有しておきたい話が来たので早速集まって貰いました」
場を仕切るのはいつも通り賢者シフル。
場にはタケル、フィル、ピピ、ブルガーに、訓練所から戻って来たヤマト、寝起きのアリアも合流している。
勇者パーティーの半分ほどと、迷い人組は呼ばれていなかった。
「なんか少なくない?」
「ウチの面子はちょっと色々とお仕事あったり頼んだりもしてるから気にしなくていいわ」
「それで、シフルさん。話って?」
「じゃあ早速本題に…教会から〔魔女への審問に伴う召喚状〕が来ました」
シフルの手にした書状。
その文言だけでシフルが面倒臭そうな理由が理解出来てしまう。
女神崇拝を掲げる宗教組織である教会。
彼らは言わずもがな、勇者を異世界から召喚してまで魔王討伐を促す女神に則り、魔王と言う存在を〔神敵〕として特に強く意識している。
そして…先日"魔女"である事が判明した王女リトラーシャ。
この国の王族であり、勇者タケルの婚約者。
魔女とは魔王に利をもたらすだろう存在であり、その魔王を神敵として認識する教会組織にとって魔女は忌むべき存在だと言えるだろう。
そんな教会が魔女を呼びつけた。
「シフルさ――」
「はい待って。とりあえず話の続きさせて」
この件で一番不安になるのは当然婚約者でもある勇者タケル。
シフルに問いかけようと声を上げたが、途中でシフルに制止される。
「はいまず前提。審問とは言え異端審問とは違って普通のやつだから、魔女だからって問答無用でいきなり極端な事にはなりません」
教会の異端審問は、呼んだ時点でほぼ有罪前提の、最悪即日その場で処刑もあり得る。
だが通常の審問ならば一種の裁判。
いや、シフルの物言いとしては、事情聴取の方が近いだろうか?
キチンと見極め対応を定める、魔女であっても悪意や罪さえ無ければ悪い事にはならないはずの話の場。
「まぁだからと言って安心しきれる訳じゃないけど、神敵絡みの教会には過激な人たちも居る訳だし」
「そもそも、行かないのは無理ー?」
「無理。教会の審問は法で認められた強制権だから出向かないと問答無用で×が付く。まぁあの子の体調がまだ万全ではないから可能な限り引き延ばしはするつもりだけど」
傷は治ったが経過観察という名の匿い中のリトラーシャ。
先の誘拐未遂に関しては教会も把握しているので、それを理由に先延ばしには出来る。
「いっそ替え玉でも送ったらどうなの?名指しじゃないなら向こうは魔女の特定はできてないんじゃない?それなら誤魔化しようはあるんじゃないの?」
「あぁ無理無理。書状に名前を書いてなくともこんなの送って来る時点で特定済みだから教会は。事が王族の大事なだけに秘匿性優先で、このお手紙もこっそりと送って来てくれる、色々と配慮して貰ってのあえての無記名だから。穏便に済めば公的な記録にも残らないだろうし…むしろここで余計な事すると色々拗れるわ」
「そもそも何でばれてるの?魔女が誰って話は城の中で秘密にしてたんじゃないの?」
「人の口を完全に塞ぐのは無理な話よ。勿論配慮はバッチリしたけど、諜報員は流石に全ては掴みきれないし」
「スパイってやつ?居るのこのお城に?」
「大きな組織には必ず居るわよ?中には本人の自覚無しに利用されている場合もあるし…そもそも王様も教会に誰か潜ませてるだろうし、お互いの利の為にあえて無理には狩り尽しはしないようなところもあるわけだし。まぁ完封する手段もあるけど…ちょっと問題のある手段だしね」
少なくとも王様と教会の間では、ある程度はその手の存在が黙認されている。
勿論度が過ぎれば排除の対象になるだろうが、ギブアントテイク、互いの関係を整え合うためにも、一種の必要悪とも取れなくはない。
「と言う訳で、近いうちにリトラーシャを教会に連れて行くことになるわ。やるべき事は潔白の証明。魔女ではあるけど悪意も敵意もない事を示す。その為に勇者タケルの名前も使うことになると思うから」
「あ、はい。いくらでもどうぞ」
「ところでー…前から気になってたんだけど、魔女ってどうやって見つけたの?」
そこで出るのはピピの素朴な疑問。
そもそもの話、どうやってその魔女を見分けたのか。
"魔女"は隠し称号とも言える、《鑑定眼》での項目表示には載らない資質。
だからこそ拉致未遂が起るまで誰も気づけなかった。
しかし…こうして魔女を断定して話が進む。
となればその判別方法は存在する。
「うーん、まぁ折角だし勉強もしときましょうか。ブルガー、ちょっとだけ石貸して」
「石…あぁこれですか」
シフルの要請に思い当たり、取り出したのはヤマトも知る石。
そのままシフルの手に渡される。
「あの、それって」
「〔古代龍の魔石〕。今はブルガーに預けてるのよ」
それはかつてヤマトが持っていた〔古代龍の魔石〕。
転生時に引き継いだ先人たちの遺産である〔三つの切り札〕の一つだったもの。
早々に魔力を空にして譲り渡したものが、再びヤマトの前に魔力が溜め込まれた状態で姿を現した。
「で、まぁちょっと見てて欲しいのだけど…フィル、手を出して」
「はい」
「でこうっと…」
促られ右手を差し出した巫女のフィル。
その上にシフルは借り受けた魔石をポンと置く。
すると…石が白く光る。
「古代種の残す魔石は普通の魔石と違って、こういう風に巫女や魔女の簡易判別が出来るのよ。巫女の資質があれば内包する魔力が白く、魔女なら黒く光る」
「なんで?」
「正確には分かってないけど古代種の特性とかそういうのもあるんでしょう。古代種は無意識に白と黒を見極められる感覚を持って、その特性が魔石にも残ってるんじゃないかしら?とは言え魔石のそれは残滓みたいなものだから、こういう事も出来ちゃうけど――」
そしてシフルはフィルの手から魔石を回収する。
巫女でないシフルが手にした事で白い光が収まるが…
「あら、光ったわね」
巫女ではないはずのシフルの手の中で、魔石はまた白い光を放っている。
更に少しすると、今度は光が黒くなる。
「魔石で直接だとこうやって、やり方さえ知ってれば偽れちゃうのよ。だから魔石の直置きではちょっと信憑性に疑念が湧くんだけど…これみたいな古代種の魔石を核にした〔特別な魔法具〕を国も教会も保有してるの。素の魔石と違ってキチンと精度も信憑性も高めたものをね。――もしかしての可能性を考えた時点で使用申請出してその道具を借りて調べて…バッチリ魔女の反応が出ちゃったわけ、残念なことに」
そうして国が保有する魔法具により魔女の疑いが確定になってしまった。
更に言えばその道具を教会側も所有している時点で、仮に魔女の特定が出来ていなくとも、来た者を計れば正否は簡単についてしまう。
だからこそなお、替え玉などは悪手の悪手である。
「とまぁ、そんな訳で魔女としてリトラーシャが教会から呼び出しを受けました。とはいえ基本は私が動くからみんなは待機で、場合によっては手を借りることもあるからそれはちょっと意識しておいて欲しいわ」
「あ、はい」
「もちろんです」
「よろしく。で――実は教会絡みのお話はもう一つあるんだけど…フィル、貴方に"聖女"の打診が来てるんだけど…正直どうする?」




