170 杖と指輪
「――あの二人って知り合いだったんだな」
王都・王城での朝。
目覚めたヤマトは部屋を出て敷地内を歩き、目的地に向かう途中にメルトとヒスイの姿を見つけた。
楽しそうに何かを話すヒスイに、ちょっと気圧されているメルト。
勇者パーティーの弓使いと、冒険者パーティーの弓使いの邂逅。
「…通りづらい」
二人が話すのは訓練場の入口。
ヤマトの目指すその場所に立ち塞がる。
このまま訓練場に向かい、渡り廊下を歩いて行くと絶対に二人の再会の雰囲気の邪魔になる。
なのでヤマトは少し離れたその場所で足踏みする。
「…回り道して外の出入り口から入るか」
そうしてヤマトはルート変更。
目の前の最短ルートの渡り廊下を諦めて、訓練場のもう一つの出入り口に向かった。
「――人は無しと」
二人の団欒を邪魔せぬように、別口から訓練所へと入ったヤマト。
やって来たのはその中の一区画。
以前に模擬戦をした場所とは違い、閉鎖的で強固な壁の部屋。
昨日の内に賢者シフルにも使用許可を貰っておいた、秘匿性が強化された訓練場。
主に勇者パーティーや各役職の上位者が、特別な訓練の内容を人目に付けないようにするために使う特殊な訓練区画だ。
「それじゃあまずは…コイツらの試運転」
そこへ来てヤマトはまず初めに、《次元収納》から二機のゴーレムを取り出す。
修復と調整が済んで戻された二機の《黒騎士ゴーレム》。
まずはその動作チェックを始める。
一応はエルフの里で受け渡しの際にチェックは済ませてあるが、調整により僅かだが向上したらしい性能を、きちんと動かして認識として馴染ませておく。
「圧倒的にとは言えないけど、反応は確かに良くなってる感じがするな」
見た目はほぼ変わらぬ二機。
だが内側、その性能は確かに向上している。
一度の実戦からキチンと経験や実績を反映する、流石は本職の技術者達だ。
「黒騎士は問題なしと。なら…次はこっちだな」
改めて手にしたのは神杖セイブン。
神域宝具の一つであり、最近までは女神の分体の依代となっていた魔法の杖。
その依代の間に、バージョンアップされていたらしいこの杖の性能を再確認する。
「見た目はそのまま、だけど…本当にちょっとだけ、魔力の通りが良くなってるくらいか?」
軽めに振るってみても、バージョンアップというほどの性能強化は確認出来ない。
確かにちょっとだけ良くなっているような気もするがハッキリと断言できない。
「あの女神様だし、もっと分かりやすく何かしてると思うんだけどなぁ…」
トンデモ自転車を作る女神だ。
この杖も改良したのなら何かしら分かりやすい変化があるはず。
そうして杖とにらめっこしていると…その張本人から天啓が届く。
「…指輪?」
ヤマトは〔心意の指輪〕を取り出す。
神杖の不在時に使っていた、現状この世で唯一らしい指輪型の魔法補助媒体。
神杖の帰還によりメイン杖の役目から降ろされたアイテム。
複数の媒体…例えば杖の二本持ちなどは、互いの杖が反発する影響もあって無しとされているのがこの世界の魔法の常識。
あの賢者シフルでさえ杖は一本のみ。
二本持ってもマイナスしか起こさないのが普通。
そして形こそ違えど、この指輪も杖代わりである以上はそのセオリーに合致する。
だからこそ神杖が戻って来た時点で外してしまっていたこの指輪。
ヤマトは天啓に従い、杖を持ちながら指輪も嵌める。
「……これは」
すると杖と指輪が呼応する。
反発ではなく同調。
ヤマトは試しに魔法を使う。
「……《水弾》――うぉ?!」
的を目掛けて放った水の弾。
ヤマトはあくまでもいつも通りの魔力量で、いつも通りの威力で放った。
だがその弾はよりも強く、早く、的に着弾した。
「反応も早いし…そういう事なのか?」
バージョンアップした神杖は、本来反発するはずの指輪と完全に同調し力を増す。
現状不要な指輪の処理能力を、神杖が取り込み自らの強化に充てた。
結果、発動する魔法がこれまでよりも早く組み、大きく生まれ、強く放たれ、速く届く。
同一の魔力量でも生まれる結果は今までよりも強化されている。
「これって…あぁ、完全に取り込まれたわけじゃないのか」
指輪を付けたまま杖を仕舞う。
すると指輪は指輪で今まで通り使える。
あくまで同調させるだけで、完全に同化する訳ではないようだ。
「まぁ確かにその方が便利なんだけど……でも感覚が慣れるまで頑張んないと駄目だな」
現状三つの選択肢。
指輪で放つか、杖で放つか、二つの同調状態で放つか。
そのそれぞれで若干ズレる魔法の結果を、自分に馴染ませる必要がある。
「まぁ指輪は散々使ってたし、杖も前の感覚で使えるから問題ないけど…とにかく同調状態の性能に慣れないと。この魔力消費でこの威力なら消費を抑えていつもの威力に――」
同じ魔力量でも生まれる結果が少し異なる三つの形態。
戦いの中での無駄をなくすためにも、どの形態でもしっかりと望んだ魔法を望む消費量と威力で発揮できるようにする。
その感覚を無意識でも扱えるようにする為には鍛錬、とにかく魔法の数を撃つのみ。
イメージと結果の完全合致を目指して。
(朝練にしてはハードになるなぁ…)
幸いここは勇者パーティーを想定した訓練場。
場は丈夫だし人目も付かない。
遠慮なくあれこれ放ちまくる。
普通よりも頑丈な的も、数に押されて壊れては新たなものが出現してくる。
(……後で請求されないよな?)
ちょっと壊した的代に恐怖しながら、その後呼び出しが掛かるまでひたすらに魔法を放ち続けるヤマトであった。




