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異世界で女神様の使い魔になりました。   作者: 東 純司
王都混乱/魔女と聖女
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169 王城の朝と鍛錬の音



 「――そっか。帰って来たんだっけ」


 まだ日が昇りきらない早朝。

 エルフの里から帰還した一人である【メルト】は、久々に王城の自室で目を覚ました。

 帰還したばかりの昨日は体の検査を、他者に操られていた事象の精密検査を行った。

 まだ正式な結果は出てないが、即席の判断では特に問題は見受けられない。

 ゆえに数日中には医師のお墨付きが出て復帰の流れになるだろうと言われた。


 「……いっそ何か問題があったらいいのに」


 ベットの上で膝を抱えてそんな言葉を吐き出すメルト。

 思考がずる休みしたい人間のものになっている今の彼女。

 駄目な考えなのは理解しているが、今は責任だの役目などを背負いたくない。

 今の自分には"勇者パーティーの弓使い"の役目を果たせるとは思えない。


 「……散歩でもしようかな」


 部屋で一人で居ると気が滅入る一方。

 なのでせめて余計なことを考えないで済むようにと、足を動かすことにした。

 顔を洗って寝間着から普段着へと着替え、特に持つものもなく扉へと向かう。

 その際に一瞬、部屋に置かれた自分の弓が視界に入る。

 

 「……」


 だが触れることなく扉に手を伸ばし、そのまま開いて廊下へと出て行った。




 (…やっぱり朝だと空気の感じが分かりやすい)


 廊下を歩き、外の空気に直接触れられる場所にまで来た。

 そこで感じるのは馴染みの王都の朝の空気。

 自然の中にあり、澄んだ空気のエルフの里とはまた違う感覚。

 多くの人が住み暮らす街の、生活感の混じる空気の匂い。


 「……この音は」


 そこに、聞き馴染んだ音が微かに届く。 

 音の方角へとゆっくりと歩む。

 

 (訓練場…朝から熱心な人が居る)


 王城の敷地内にある訓練場。

 そこから弓矢の音が聞こえる。


 (……良い音。しっかりと基礎を大事にしてる、心も真っすぐな良い弓の音。まだ技術は足りなそうだけど)


 実物を見ずに音だけでも、そんな判別が出来るメルト。

 未熟だが芯のしっかりした良い弓使いの心地の良い音。

 

 (朝練か…もう何日もしてない。そもそも弓を握ってすら…)


 自らの手を見つめるメルト。

 あの一件から目覚めて以降、一度も弓を握ってはいない。

 触れはしたが強く握ることは無く、当然矢を射る事もしていない。

 毎日の日課を手放してしばらく経つ。


 (まぁ、今握っても思い出すのはあの感覚(・・・・)だろうけど)


 利用されていた時の記憶は、靄が掛かってハッキリとは思い出せない。

 大雑把な流れが残り、味方に弓を向けたことは理解しているがその認識は頭としてはぼやけている。

 だが…手には確かに歪な感覚が残っている。

 毎日弓を手にして握って来たその手に、味方に殺意を持って放った弓矢の歪な感触がハッキリと残ってしまっている。

 

 (……やっぱり良い音。多分、今の私じゃ出せない音。今のこの手じゃ歪んだ矢しか放てない。的にはしっかりと当たるだろうけど)


 面倒なのは、技術的には全く衰えている感じがしないことだ。

 しばらくのお休みを挟んだ今でも、以前と同じ精度で放てる自信がある。

 ただしその中身は完全に別物。

 朝練をしている誰かさんのような気の良い矢とは正反対な、見た目だけしっかりとして内側が黒い気持ちの悪い矢になるはずだ。

 味方に向けたあの酷い矢の。


 弓矢は…いや、弓矢に限らず武人の扱う武器には、その人の性根が現れる。

 勿論今のこの感覚がメルト自身の本心・性根という訳ではないだろう。

 だがこのまま染み付いたこの感覚で歪んだ矢を放ち続ければ…逆に自分が歪み始める気がしていた。


 他者に迷惑を掛けたからとかは二の次だ。

 ただでさえ弱い自分の心が歪められるのが怖い。

 そしてまた味方に矛先が向くのが嫌だ。

 そのつもりが無くとも、歪んだ矢で味方を巻き込むのが不安だ。

 だから…消えるか分からないこの感覚が無くなるまでは、このまま弓には触れたくない。

 それが伝説級の弓ともなればなおの事。

 歪んだまま強い力を扱いたくない。

 ゆえに、当面弓には触りたくないし関わりたくない。 


 (……でも、来ちゃうんだなぁ)


 そんなメルトが辿り着いたのは訓練場。

 良い音の発生源。

 的に向けて矢を放つ誰かのもと。

 訓練場の入り口に立ち、少し遠巻きにその姿を見学する。


 (お城の兵士じゃないんだ。女の子?やっぱり真面目で良い音。足りない技術は単純に時間、経験が足りてないからかな…だいぶ若い子みたいだし)


 後ろ向きなので顔は見えない。

 だがその体格などの見た目は、鍛えた目でハッキリと見ることが出来る。

 

 (本数…セットが打ち終わるかな)


 訓練場に用意されている練習用の矢が入った矢筒。

 その一セット分が空になる。

 

 「…よし!朝練終わり」


 どうやらここで打ち止めのようで、その少女は後片付けを始める。

 すると…入り口で見学するメルトの存在に気付いたようだ。


 「あ、おはようございま……メルトお姉ちゃん?」

 「え?えぇ…確かに私はメルトだけど…」


 挨拶を打ち切りその名を呼ぶ少女。

 どうやら彼女はメルトを知る者であるようだ。

 仮にも王城に拠点を置く勇者パーティーの一員。

 知られていても不思議はないが、彼女はお姉ちゃんと呼んだ。

 親しい相手への呼び名。

 

 「メルトお姉ちゃん!!」

 「え…きゃあ!」


 すると少女は片付けも放置してこちらへと駆け寄って来た。

 そして思いっ切り抱き着く。

 メルトは…何か懐かしい感じがした。 


 「……もしかして、ラックバードの時の…ヒスイ?」

 「そうだよ!」


 かつて独り立ちの為の、弓使いの試練の一つとして狩りに行ったラックバード。

 その際に出会った村の子供達。

 中でも、直接弓の基礎を教えた女の子。

 月日を経て成長して気付けなかったが、あの時の少女ヒスイが、あの音の持ち主であったようだ。


 「メルトお姉ちゃん!やっと会えた―!!」


 こうしてちょっとした師弟が再会を果たす。

 気の良い弓を放つようになったヒスイと、歪んだ感覚が滲んだメルト。

 この再会が双方にどんな影響を及ぼすかは、まだ分からない。




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