168 談話室
「――お疲れさま、フィル」
「シフル様こそ、本当にご苦労様です」
一同との話し合いの後。
未だ談話室に残ってた賢者シフルと巫女のフィル。
二人はそのまま少し言葉を交わす。
「それにしても…少々働き過ぎじゃないですか?いえまぁこちらはお世話になっている立場なんですが」
「こんなものよ?賢者って。人の知らないアレコレを知るから、事あるごとに頼られ動いて、そういうのを込みで色々と強い立場と権限を貰ってるんだもの」
「それはそうなんですけど…大丈夫ですか?倒れたりしません?」
「ふふ、それは勿論気を使ってるわよ。自己管理も含めての責任なのだし」
現状、様々な問題への対処を並行して行っている賢者シフル。
その体調を心配しつつも、そこも流石に賢者と言うべきか、無理して倒れるようなことは無いようにきちんと配慮していると言う。
実際その顔や動きからも、不調は全く感じない。
「まぁあちこち兼業するのは正直効率良いとは言えないんだけど、状況が状況だし仕方ないわね。とは言え…流石にあの子はちょっと、私の手にも負えるかわからないのだけれどね」
そんな賢者のシフルが現時点ではお手上げに近い状況になる問題。
エルフの里から連れ帰ったあの人物。
かつての英雄の亡骸であるシルの存在であった。
「ざっと簡易検査の報告書読んだけど…なんで動いてるのかもわからないのよねぇ。生命体である確証は無いし、人工物としても製法が全くの不明。本格的に手を掛ければ分かることも出て来るとは思うけど…今はその余裕もないものね。必然後回しにして、とりあえず保護と監視を続けるしかないというのがあの子の扱い」
「あの、危険はないんですかね?お城に連れ込んでおいてなんですが」
「未知が多いから確証はゼロだけど、見えてる情報だけなら何の脅威もないはずね。ただそこに在るだけの存在だし、あのままであれば一般人よりも脅威度は低い。もちろん警戒監視はしっかりと手を抜かさないけど」
いずれにせよ、当面シルは城の預かりで監視下に置かれる。
エルフの里から半ば押し付けられた未知の存在。
「里も…あんまり変わってはいなそうね。話を聞いた限りだと」
「そう言えば、こちら、長老様からシルフ様へ手紙を預かってます」
フィルはそう言って取り出した一通の手紙を、目の前のシフルに手渡した。
その場でシフルは開き読み確認する。
「……まぁ、ここ十数年分の近況報告みたいなものね。私の知り合いの動向やら何かも含め、ちょっとした私信のお手紙ね」
「知り合い…そういえば、シフル様の――」
「シラハでしょ?あの子はまぁ…そうなるだなと、まぁちょっと予想外だったわね」
シフルが語るのは家族の話。
実の弟のシラハ。
エルフの里に残して来た家族で、里の警備隊長で…そして今回、魔人の手の者らしき人物と共に里を去って行った男。
「まぁ、そうやって予想外って言っちゃってる時点で、ちゃんと理解は出来てなかったって話なんでしょうけどね」
少し、悲しそうな表情を見せつつ、それ以上は語らない。
実際長く離れていた為に、今語れる事もあまりないというのもある。
最後に会ったのは里を離れる時。
幾度か簡単な手紙のやり取りはあったが、向き合い語ることは無く長い時が過ぎた。
長命のエルフゆえの時間感覚の違う事もあるだろうが、それでも相手の内心を見失うには十分過ぎる時間が過ぎていた。
「もしも本当に魔人側に付いているのなら、再会は戦場で敵としてになるかも知れないわね」
「そうならないと良いんですが」
「そうねぇ。折角だからナデシコとレンのように感動の再会になればいいのだけど…まぁあの子らは姉弟でなくイトコらしいけど」
「そう言えば、お二人は?」
「話も落ち着いて、今はもう部屋に戻ってるわね。あの子らはまた難儀な被害者よね」
「世界を越えて別々の、ですからね」
異なる世界に飛ばされたナデシコとレン。
その再会がこの度、故郷とは異なるこの世界で果たされた。
しかしまだそれで終わりではなく、肝心の故郷へと帰る術がまだ遠い。
「まぁ…二人のおかげで、昔からの謎が一つだけ解けたかもしれないのだけど」
「えっと、それは?」
「まぁそれはまた機会があればかしらね。それよりもフィル。貴方もそろそろ戻って休んだ方がいいわ」
時計を見れば、確かに程よい時間帯。
一応は病み上がりのフィル。
あまり夜更かしはしないほうがいいだろう。
「明日は朝から精密検査。それに…貴方に関しては、多分教会が騒がしくなる」
「…ですね」
「だからしっかり休める時に休んで、どんな面倒にもちゃんと対応できるように備えておきなさい」
「はい。それでは失礼します」
「おやすみー」
そしてフィルは談話室を去る。
残されたのはシフルただ一人。
「――まぁ私も居るのだけれどね」
だがその内側には、魔人のアデモス。
今のシフルは彼女が居る限り、本当に一人きりの時間は生まれない。
「あの子が今の巫女。しかも、五体満足で《神降ろし》を成し遂げた巫女ね」
「ええ、そうよ」
「何というか、ご愁傷様ね」
今後の展開に予想が付いたのか、アデモスはフィルを哀れんだ。
無事に役目を果たした巫女。
その行く末を二人は既に見当をつけている。
――そして翌朝、早速事態は動き出す。




