167 命の洗濯と魔女という存在
(――ちょっと一度に詰め込みすぎたな。疲れた)
会議を終えて湯につかるヤマト。
勇者パーティーとの会議会談。
新たな迷い人達の話の後も、あれやこれやとドンドン議題が沸く。
正直ってキリがなかった。
とは言え無視して良い議題は一つもなく、気付けばとっくに夜である。
「――お、ヤマトか」
「ん?あぁタケルか」
そうして大浴場でのんびりしていると、そこへ勇者タケルがやってくる。
二人は並んで湯に浸かる。
「……なんか、王都出る前にもこうやって並んで入った気がするな」
「あったな」
「対してあれから経ってないはずなのに、一年ぶりぐらいの感じがする」
「精霊界とエルフの里か。それだけ大変だったって話なんだろ」
「まぁ確かにそうなんだけど…そのどっちも俺より大変だった人たちが居たから俺の位置はまだマシだったんだけどな」
精霊界での出来事も、エルフの里での出来事も。
どちらも当事者としてヤマト自身も大変だったのは確かだ。
しかしどちらもヤマト以上の苦労や苦悩を抱えた人たちが居る。
「――そう言えば、そっちはそっちで大変だけど…大丈夫なのか?」
「あぁーまぁ、全体としてはシフルさん達に任せきりだから俺はさほど」
「個人、というか嫁さんの方は?」
「…なぁ、良いわけではないけど、こればかりは〔守る〕ぐらいしか出来ないからな」
天を見上げて黄昏るタケル。
話の嫁さんとは、彼の婚約者となった【"王女"リトラーシャ】。
二度目の王城襲撃、王子に擬態した魔人に攫われかけた少女。
("魔女"か…話としては女神様に聞いてたけど、まさか身内の傍にいるとはなぁ)
この世界にも"魔女"という言葉が存在する。
だがその意味は、元の日本のものとは異なる。
日本では主に創作物の影響で〔魔術や魔法を扱う女性〕〔禁忌に触れた女性〕などを指すのが一般的だろう。
基本的に普通でない力を得た女性を呼ぶ言葉と言ったところか。
しかしこの世界の魔女にあえて対称を示すならば、フィルの持つ"巫女"という役割が当たる。
"巫女"は正神または善神とも呼ばれる、この世界を管理する女神様の地上での依代としての資質を認められて与えられた役職。
対して"魔女"は邪神または魔神と呼ばれる存在の依代の資質を持つ女性を示す言葉。
雑多に言えば、ロクでもないモノをその身に降ろすことが出来る存在だ。
「ちなみに…邪神とかって言うのはもう存在しないんだよな?こっちの常識ではキチンと滅されたって話になってるが、こう…女神様たちの認識だと実はちょっと残ってるとか封印されているとかって話にはならないよな?」
「ならない。まぁある種ファンタジーの定番みたいなものだから、最初に俺も気になって尋ねた。そしたらその可能性は本当にゼロ。周辺世界の神様や、その上の上位神なんかも含めて可能性はないって宣言してるらしいからそこは大丈夫」
そもそも〔邪神〕というのは、この世界を含め複数の世界に悪影響を及ぼした闇堕ちした元神様の果て。
初代勇者を含む、かつての〔七英雄〕が立ち向かった〔厄災〕も、その馬鹿神の影響で生じたもの。
とは言えとっくに滅ぼされた存在。
しかしそれぞれの世界には今もその爪痕を残し続ける。
その爪痕が【魔王】と呼ばれる仕様外存在。
「邪神は確かに完全に滅んでる。だから魔女が邪神の巫女として《邪神降ろし》の類に使われることは絶対にない。そこは女神様のお墨付き。復活もあり得ない。ただ……」
「魔王かぁ…勇者ってとことん魔王に縁があるんだなぁ…ロクでもない縁が」
魔王は言ってしまえば邪神の落とし子。
ゆえに"魔女"という存在は、魔王に対して大きな利を授ける存在であると言われている。
地上の魔王研究者はあくまでもその推論のみで実際に何が起きるか、何を出来るかまでは判明していない。
ただ、人間よりも上の情報を持つ女神様はより詳しくその実を把握しているはずだが…使い魔のヤマトにも内容は語らない。
だから"魔女"が魔王の手に渡ることで何が起こるのかを知る人間はいない。
しかし何かが起こるのは女神様も認めているところなので、魔王と戦う人類にとっては"魔女"の存在は些か重い。
そんな存在が…よりにもよって国の王女・お姫様で勇者の婚約者である女性に当てはまってしまった。
「そういえば、その王女様は今は?」
「怪我のリハビリ中。本当はもう殆ど問題ないから退院して良いんだけど、まぁそんな事情もあるから人目に付きにくいところでって話だな」
魔人による誘拐未遂の際に負傷した怪我は既に治っており、今は経過観察の最中。
しかし念の為と理由を付けて、人の出入りが限られる医療区画に囲っているらしい。
「一応、〔噂〕の本人特定はされてないんだよな?」
「あぁ。そもそも魔女の知識自体が一般ではあやふやなのもあるし、世間の噂は〔魔王軍に利をなす存在が王城に紛れ込んでいる〕って認識の話みたいだ」
最近の王都民のざわめきはこの噂によるものだ。
魔王軍による王都襲撃。
魔人による王城襲撃。
その大事の後に流れた噂。
『王城に住む誰かが魔女と呼ばれる存在らしい』。
そこから派生して
『魔女は魔王軍に与する者=裏切り者やスパイの類=昨今の王都襲撃は魔女の手引き』
『魔女は魔王軍に利を為す存在=昨今の王都襲撃は魔女を確保するためのもの』
『魔女は世界を滅ぼす者=魔王軍は魔女を殺す為に探している=襲撃は炙り出しで国民は巻き添え』
などなど、若干真実の情報も混ざりつつ、王都には魔女に関する憶測や噂が流れていて、いずれにせよ害しかない内容に不安が広がっているというところだ。
「特定されたらどうなるか…」
「絶対ロクでもないことになるから頑張って特定させるなよ?」
「だろうけどな。これもまたシフルさん任せなのがまた…」
困った時の賢者シフル。
現状起きているほぼ全ての問題への対応に深く関わっているエルフの女性。
その技量は疑う余地もないのだが、ちょっと真面目に過労死しないか不安になってくる。
「勇者って大したことないよなぁ…」
そんな自虐を口にするタケル。
浴場には数瞬、静寂が訪れる。
するとその直後。
「――あれ?あぁ、勇者と使い魔か」
お風呂場へやって来た新たな人物。
新たなる迷い人。
ナデシコの身内のレン君であった。
「日本男子揃ったな」
「俺は転生だから元だけどな」




