166 第七世界の危機
「……漣くん?」
「久しぶり、撫子姉ちゃん」
〔ナデシコ〕と〔レン〕。
異世界で果たされたイトコ同士の久々の再会。
だがそこには勿論疑問が過る。
「漣くん、何でここに!?」
「撫子姉ちゃんと同じだよ。俺も事故に巻き込まれたんだよ」
彼が語るのはナデシコが巻き込まれ異世界へ跳ばされた〔転移事件〕。
日本から異なる世界へと飛ばされてしまった人々。
その中の一人が、今この場にいるナデシコのイトコである【レン=ハスダ】だという。
ただし、彼が最初に飛ばされたのは、こことは異なるまた別の異世界である。
「使い魔君ならそれなりには知っているだろう?転移事件の被害者に関しては」
「まぁ多少は」
ナデシコ同様に異世界へと跳ばされた人間は七人。
その全員がそれぞれ別の異世界にて保護された。
そしてこれもナデシコ同様に、安全な帰還の術が組み上がるまではその世界で保護され続けるはずだった。
しかし、ナデシコのイトコであるレンは、こうしてまた別の世界へとやって来ている。
現地の勇者に伴なわれて、世界の壁を越えて来た。
「さて、それじゃあ二人は積もる話もあるでしょうから、お隣でゆっくりすると良いわ」
迷い人達の待機していた隣室へ、ナデシコとレンを導くシフル。
それは二人への配慮であり、同時に人払いでもあった。
「撫子姉ちゃん、行こう」
「…うん。それじゃあ失礼します」
ナデシコもその意図を読み取ったのか、レンに手を引かれながら隣室へと消えていく。
当然シロも一緒だ。
「……それで、確認してもいいですか?」
「何だい、使い魔君?」
「そちらの世界に何があったんですか?」
ヤマトが尋ねるのは直球の疑問。
何故異なる世界の存在がここへやって来たのか?
どんな手段を使って世界を越えて来たのか?
そんな細かな疑問を全て内包しての根本部分「向こうの世界で一体何が起きているのか?」と。
女神様のもとで他世界の異変を聞き及んだヤマトは、その答えを異世界の勇者アルバートへ求める。
そしてその答えは、ヤマトを通じて御役目中の女神様も聞き耳を立てている。
「何が…か。色々あっての事だけど、まず大雑把に言ってしまえばこの世界で起きた出来事よりもひどい状況になってる。俺達の世界、〔第七世界〕は文字通りの滅亡間際に追い込まれている」
第七世界。
それは女神様の提示したクリスタルが〔赤色〕、つまりは緊急の状態を示していた世界。
「俺らの世界に突如現れた異物。〔真っ黒な人間〕の軍団はあらゆるものを蹂躙し、更には世界を維持するに必要不可欠な〔龍脈〕までが奴らの持つ〔得体のしれない毒〕に侵された」
〔真っ黒な人間〕に〔毒〕。
ヤマトだけでなくアリアも、そしてヤマトを通してこの場を観察している女神様にも心当たりのあるそれらの異物。
第七世界のそれと同一の物かはまだ不明だが、懸念事項はこの世界にもあるようだ。
「龍脈を通して、世界の根幹そのものがその〔毒〕に侵食され…滅びは秒読みとなっていた」
「だけど、まだ滅んでない?」
「あぁ。こちらの世界の神様が、世界そのものを《凍結》させたからな」
繋がりから女神様自身の動揺を感じ取るヤマト。
感情の乱れが伝わるほどに、今はそれだけのリソースをこちらの話へと割いているという証明でもあるのだろうが、結果としてアルバートの語る《凍結》が、それだけ重いものである事をヤマトも理解出来た。
「世界の凍結。それは時間もという事ですか?」
「そうだよ巫女さん。転移の為に隔離された俺ら二人以外は全て…世界の滅びを食い止める為に、神様は世界のあらゆるものを凍らせてしまったんだ。その黒い人間や毒も纏めて世界にある全てを一緒くたにね。それ以上事態が悪くならないようにと」
それは女神ユースティリアが毒に蝕まれていた際に取った手段に似ている。
自らの肉体をコールドスリープのような状態に置く事で事態の悪化速度を最大限に停滞させた手段。
……だがこの話は規模が違い過ぎる。
「とは言え…世界そのものを何て事は、どうやら神様と言えども無茶が過ぎるみたいだ。結果としてコチラの神様…【男神ドルタ】の死は確定した」
「神様の…死ですか?」
「そう。例えこの先、第七世界がどんな道を行こうとそれは覆らない。第七世界が救われようと、そのまま策も無く滅びようとも、無茶をし過ぎたドルタ様は最早助からない。全ての力を世界の現状維持に注ぎ込んでしまったから。自らの命の力までも」
女神様の悲しみが伝わる。
同僚である神様の死。
それが確定的であるのは、どうやら女神様も理解しているようだ。
「そして…現状維持も長くとも一年、短ければもっと早く、世界は滅びへの道を再開する。――俺はそんな最悪を解決する手段を探す為に、異なるこの世界にやって来たんだ。レンの保護も合わせてな」
異世界の勇者アルバート。
彼の目的は世界の救済。
氷が溶けたその後の世界で、黒い人間や毒を打ち破る手段を探しての異世界転移。
「……ちなみに、こうして無事にここにいるって事は、異世界転移の術は組み上がっているんですか?」
彼らは世界を越えてここへ辿り着いた。
つまりそれは勇者召喚のような固定・限定的な転移ではない、汎用的な転移が実行されたのではないかという推測。
いやこの際、術式の内容はどちらでもいい。
七人の日本からの迷い人達。
その被害者の最終目標である日本への帰還。
それが果たせる手段が出来上がったのかどうかのお話だ。
「あー…悪いがそこはまだ期待しないでくれ」
しかしアルバートからは期待に沿えない暗い答えが返って来る。
「ウチの神様は確かにその為の術の研究で他の神様より一歩二歩進んでいると断言していた。少なくともこうして俺らをこっちの世界に送り出せるくらいのモノは出来上がっていた。ただ…これはスタート地点が滅びかけた世界という前提に、ゴール地点が安定した世界であり、勇者や迷い人だからこそ成功したものだと思ってくれ。研究データは預かって来たが、これをこのまま彼らの元の世界への帰還には使えない。まぁ進展にはなるだろうが」
「まぁ…そう簡単には行きませんか」
「第五世界周辺は異常な転移事件の反動もあってまだまだ乱れが強いらしくて、やはりまだギャンブルも同然らしい」
例えるならば大嵐に荒れる海原へ手漕ぎ舟で漕ぎ出すようなもの。
危険が大きく無茶無謀。
いつになるかは分からないが海が静まるのを待つか、もしくは船を強化する必要がある。
「一応、今回使った手段の設計図みたいなものは預かってる。使い魔君にコレを」
アルバートが差し出して来たのは一枚の紙きれ。
見た目には何も書かれていないが、それがただの紙でないのは使い魔のヤマトには感じ取れた。
「……うぉッ!?」
その紙に触れた瞬間、ヤマトの中に情報が流れ込む。
だがそれらはヤマトを通り抜け、向こう側にいる女神様に向かっていく。
「……うん、全部届いたみたいだ」
「なら良かった。まぁしばらくは後回しだろうな」
「ですね…」
アルバートは自分の世界を救う術を、助けを求める為にこの世界へとやって来た。
だが勇者パーティーと接触して、賢者シフルから情報を手にして、こちら側にも滅びの片鱗が現れている事を理解している。
この世界の未来が、滅びかけている自分達の世界の二の前になるかもしれない。
更に言えば、複数の世界の滅びは連鎖崩壊へのキッカケにもなる。
それらを把握し、今はもう自分らの世界の事だけを考えてはいられない。
「助けを求めにやって来たのに問題が更に重くなったよ。まぁそれでも――」
アルバートはそれでも、自らのやるべき事は変わらない。
「問題の規模はどうであれ、俺のやる事は変わらない。俺の世界を救う事…その為にこの世界を守る事も必要なら、迷うことなくそうするだけだ」
「私達勇者パーティーは異世界の勇者アルバートと協力関係を結んだわ。この世界を守るため、彼の世界を救うため、出来る協力は互いに惜しまないと」
「出来るならこの世界の使い魔である君にも、この手を握り返して欲しい」
そうして差し出されたアルバートの右手。
とは言え女神の使い魔であるヤマトには、この手を独断だけで握り返す事は出来ない。
流石に規模が使い魔の自己判断の域を越えている。
だがやはり……
(とは言えまぁ、女神様もこの申し出を断る理由はないよな)
伝わって来たのは正式な御達し。
雇い主の許可も出たので、気兼ねなくその手を握り返す。
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくヤマト君」
そうして結ばれた異世界の同盟。
とは言え、解決策はまだこれから模索するもの。
この世界に起きている異変。
向こうの世界に起きている危機。
解決策は一つもなく、協力関係により皆が向き合うべき問題が増えたに過ぎない。
だがこの手を振り払う者は、この場には誰も居ない。
「さてと、これでようやく次のお話に進めるわね」
こうして一つのお話が済むが、まだまだ面倒の種は残っていたのだった。




