16 精霊女王とちび女神
「準備出来たぞー!」
「それではヤマトさん。こちらの部屋へどうぞ」
ウーラの言う準備は、思っていたよりも待つ必要はなかった。
ヤマトはサイの案内で、別の部屋に通された。
その部屋には…特に何もなかった。
「よし来たね。早速扉を開く。準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
準備はここに来る前にすでに整っている。
「そうか。それじゃあサイ!ちょっと行ってくる!」
「いってらっしゃい。ヤマトさんもお気を付けて」
そして次の瞬間。
ヤマトは森の中に居た。
まさに一瞬の出来事だった。
特に何かがあったわけでもなく、気が付いたらここに居た。
(……また森かぁ)
思えばスタート地点も森。
ナデシコを保護したのも森。
そしてまた今も森。
短期間で森にばかり来ている気がしている。
「着いたぞ。ここが〔精霊界〕、僕ら精霊の住む〔異界〕だ!」
世界の中の異界。
〔異界〕は、精霊王によって生み出された世界だ。
とは言えど、法則が違うわけでもない。
女神様の管理するこの世界の中に、人界とは別に〔精霊界〕といういわば特区が存在する。
そしてここは普通の方法では行き来が出来ない。
――簡単に言ってしまえばただそれだけだ。
女神様の管理する世界の一部であることに代わりはない。
「ありがとうございます。それで、どちらに行けばいいのでしょうか?」
「まぁ焦るな。少し歩く。行ける所までは僕が案内するから付いて来い!」
前を歩き…というよりも浮いて、森の中を進むウーラ。
姿が人を模しているため、精霊よりも幽霊に見えなくもない。
ヤマトはその後について行く。
森の中には小さな動物の気配はあるが、魔物の気配は一切ない。
それ以外は人界にある森とほとんど差はないように見える。
そして…森の切れ目が見えてきた。
「僕はここまでだね。ここから先は女王様の領域…僕は入れないから一人で進んで。真っ直ぐ歩いて森をでればいいから。帰りは女王様が帰してくれると思うから僕はこれで帰る。今度はお客さんとしてもお店に来てくれると嬉しいな。それじゃね!」
精霊ウーラの姿が消えた。
薬屋に戻ったのだろう。
挨拶をする暇もなかった。
ヤマトは言われた道を一人で進む。
そして森を出た先には、木々に囲まれた湖があった。
「ようこそ、女神様の使い魔さん。そのままこちらへどうぞ。水の上は歩けるようにしてますから安心してください」
湖の中心。
その水上に、青と白のドレスを着た女性が立っていた。
ヤマトはその女性のもとへ近づく。
そして…一瞬躊躇したが、湖の水の上に一歩を踏み出す。
「……ちゃんと歩ける」
ヤマトは水の上を歩いていた。
こういう体験はどちらかと言えば楽しい。
そしてそのまま、女性のもとへとたどり着いた。
「ようこそ使い魔さん。私は水の精霊、そして精霊たちの長を担う〔精霊女王〕のアクエリアと申します」
「――女神様の使い魔のヤマトと言います。よろしくお願いします」
【アクエリア(水の精霊/精霊女王)】
目の前の女性が精霊女王。
同じ水の精霊であるウーラよりも強い存在感を感じる。
そしてその姿は、女神様と同様に長髪の美人なのだが、精霊女王様のほうが神々しさを感じる美しさだった。
『……何か失礼なこと考えてませんか?』
「(いえ何も)」
女神様には伝わらないようにした感想なのに…勘が鋭い。
バッチリ誤魔化していくヤマト。
『……まぁそれは良いです。それよりも、杖を出してください』
怒られるのかなとも思っていたが、何やら指示が飛んできたのでヤマトは迅速にセイブンを取り出す。
「――あ、すいません。ちょっと女神様からの指示が来てるので失礼しました」
いきなりの行動に精霊女王に警戒されても困るので、一言謝っておく。
初対面の相手の前で杖を取り出すなど警戒されて当然の行為だ。
『はい、じゃあそのまま両手で握って掲げておいてください』
言われるままに両手持ちした杖を、正面に掲げる。
『はいそのまま……それじゃあ行きますよ』
何をするのだろうか?
先に説明をして欲しかったのだが、その前にセイブンの杖が光を放ちだした。
その光の色は白。
ヤマトの持つ属性の放つ虹色の光とは違う色だった。
そしてその眩しい光から目を瞑った。
「……あのーヤマト君。もう光ってませんから目を開けてください。そして降ろして貰えませんか?」
女神様の声が聞こえる。
ただ違和感が……。
いつものように脳に直接伝わるのではなく、何かこう、音として伝わってくる声のような気がする。
そして何故か……若干声が幼い。
ヤマトはゆっくりと目を開く。
「降ろしてくださーい」
目の前にはおかしな光景があった。
先程までセイブンの杖を掴んでいた両手は、何故か十歳くらいの少女を抱え上げている。
杖の姿は何処にない。
そして女神様の声らしき声は、目の前の少女から聞こえてくる。
「えっと…だれ?」
「女神です。ヤマト君の上司の……女神ユースティリアです!」
女神様と同じ、白銀長髪で蒼い瞳。
明らかに大きさが違うのだが、顔立ちも含め目の前の少女は確かに女神様に似ていた。
「あの…そろそろ降ろしてくださ―い」
よく分からない事態に、ヤマトの思考はフリーズしていた。




