161 それぞれの選択
「悪いが、アイツを残しては帰れないな」
エルフの里の治癒院。
その一室、退院の許可が出て身支度をしているアイドムが答えた。
「俺はまぁ、こうして退院し、後は自主的なリハビリに移れたが…シトラスは未だ目途も経たない。動かせないアイツはまだここに残していくんだろ?」
「……そうですね。シトラスさんの今の状態だと馬車の長旅には連れていけないので」
ヤマト達がここへ訪れたのは、一行が王都への帰路に付く為のお話。
それに伴う彼らの意志を確認する為。
先の騒動の負傷もひとまず癒え、無事退院へと漕ぎつけた冒険者アイドム。
しかし冒険者シトラスの方は、未だに退院の目途どころか治療室から動かす事も、面会の目途すら立っていない。
そんな状態で数日単位での馬車の旅路に連れていくのは無茶な話。
ゆえにシトラスに関しては、エルフの里にその後を任せ置いて行くのが既に決定事項であった。
「てな訳だからな。俺はシトラスが復活してから一緒に帰る。アイツが動けるようになるまではこのままここに居させて貰う。ここにいる間のあれこれは、全部そっちで用意してくれるんだろ?」
「はい。フィル達が里側に必要なお願いはしています。滞在中に掛かるだろう諸々は全部。その後王都に帰る際の手筈も全部。……ちなみにロンダートさんからの申し出で、実はアイドムさんの事も既に残り組の頭数に入れてあります」
同じ冒険者組であるロンダートには一足先に確認を取った。
するとその時にロンダートは、アイドムのその判断を先読みし伝えて来た。
彼曰く『あの人は絶対に残りますよ。傷を負った相方を一人残して帰れる人じゃありませんし』との事。
ちなみにロンダート自身は、本人の大事な用事と、残り組からの手紙配達役としての役割も重ねて、帰還組と共に王都へと戻る判断をした。
「まぁロンダートなら、俺が残るって言いだすのも簡単に予想できただろうな……とまぁそんなわけで、俺はシトラスを待ちながらのんびりまったり秘境での休暇を楽しむ事にするさ」
こうしてアイドム・シトラスはしばらくエルフの里に残る事になった。
「あ、それとロンダートには色々預けるから後始末任せたと言っておいてくれ」
「それも聞いてた通りですね。伝えておきます」
そうして一つ目の要件を終えたヤマトは、もう一つの病室へと足を運んだ。
「――皆さんと共に王都へ帰ります。私がここに残っても、ただお邪魔になりますから」
同じく近日中の退院許可の出た弓使いのメルト。
一応彼女も療養を理由に、この里に残る選択を選べなくは無かったのだが…メルトは一同と共に王都へ帰還する選択をした。
……正直フィル達としては、メルトは里に残した方が良いのではないかと思う部分が少しばかりあった。
お家の問題、その責務に勇者パーティーとしての気負い。
そこから重なった今回の騒動。
精神的な負荷が度重なったメルトには、一度しっかりと休んで欲しいとも思っていた。
その為にこの里に残す事もアリかもしれないとも考えはしたのだが…ただ、勇者パーティーの一員として、そしてメルトの今の立場的にも、そうも言ってられない時でもありフィル達からしてもどちらが良いのか判断に迷うところであった。
しかしこうして本人がハッキリと帰る意志を見せた以上は、迷っているフィル達もその選択を受け入れるしかない。
「わかりました、そう伝えます。……そう言えば、メルトさんの弓は今は俺が預かっているので、ここを退院する時にお返ししますね」
「あ、いえ。その弓はそのままヤマトさんが持っていてください。今の私には必要ありませんので」
神域宝具の弓〔サントラ〕。
敵に奪われ、取り戻し、今はヤマトの《次元収納》で眠る。
その弓を持ち主であるメルトへ返却しようと提示するヤマトであったのだが、メルトの意志で断られてしまった。
(……この感じ、思い詰めてる感じではないな。むしろ吹っ切れてる感じか?良い意味か悪い意味かは…後者の気配がするなぁ)
メルトに明るい表情は無いが、反面暗い表情も険しい表情も見られない。
言うなれば自然体。
力が抜けて、彼女自身の素の表情が今のその姿に見えた
(落ち着いてくれてるのは悪くないんだけど、フィルとしてはちょっと苦労しそうだな)
そうして治癒院での用事を済ませたヤマトは、また別の場所へと向かう。
次に向かったその場所。
そこには一足先に訪れたアリアが待っていた。
「――来たわね、ヤマト」
「お待たせアリア。それで、この子らは…って、数足りなくない?」
「その足りない一人はもうこの里を去って行ったわ。行き先は不明だけど、今はまだ精霊界には入れないし、当分は放浪一人旅になるわね」
「行かせて良かったの?」
「結局本人次第だし、精霊界に害を及ぼす行為でない限りは上位精霊だろうとあの子の選択を止める権限はないわよ。まぁ心配なのは確かだし、何処かいいとこ見つけて落ち着いて欲しいとは願っているけど」
ヤマトが訪れたのは、保護した子供精霊たちのもと。
療養を終え自由を取り戻したばかりの子達。
ルトが一足先に里を去って行った為、今はアリアが保護者代表のような立場になっているのだが…そのアリアも、もうすぐヤマト達と共にこの里を去る。
となればやはりこの子らの扱いも決めなければならない。
その為、一足先に精霊達だけで話をしていたはずだったのだが…ヤマトが来た時には既に子供精霊の一体がこの里を去った後だった。
「あの子、人間に騙されて捕まった事もあって人間不信気味になってるみたいで、私達についてくるのもこの里に残るのも拒否するのはまぁ仕方はないかなって感じではあるのだけどれどね。まぁ本人の選択だから見送ってあげて」
「そうか…それで、他の子は?」
「残りはこの里に残りたいって。色々弄って住みやすくしちゃった場所だし、その場所を離れるのはまだちょっと怖いのと、どうやら波長が合いそうなエルフをそれぞれに見つけたみたいなのよね」
子供精霊たちの療養所。
その場所の本来の管理者であるエルフ達がちょいちょいこの場所に様子を見に来ていたようで、どうやらその中にこの子らが気になるお相手がいたようだ。
精霊契約の話をするにはまだまだ早計過ぎるだろうが、ナデシコやシロのように友達になれるかどうかのお相手を見つけた残りの子らは、このまま里に残る事にした。
「と言う訳で精霊全員に振られたわ。私に付いてくる子は誰も無し。後はエルフ達にお任せ」
精霊に関してはアリアがそれを認めたのなら、ヤマトに言える事は何もない。
何にせよ、ひとまずはこれでそれぞれの選択を確認する事が出来た。
「――そうか。それじゃあ早速、フィルに報告に行くか」
121話の一部描写を変更いたしました。
本筋に影響はありません。




