159 英雄の抜け殻
「――お待ちしておりました。巫女様、御使い様」
出掛けたヤマトとフィルの二人が、やって来たのはエルフの里の〔塔〕。
その中のとある一室。
静かで薄暗く、他の階や部屋とは雰囲気が異なる。
ちなみにヤマトが"女神の使い魔"である事を知った長老は、ヤマトを御使いと呼ぶようになった。
正直、そんな大層な呼び名は慣れない。
「ここは一時的に死者を預かる為の場所。感じる空気の違いはその影響です」
声には出さなかったが、ヤマトのその疑問を察したようで解答が帰って来る。
エルフの長老とその側近が待っていたのは、いわゆる〔霊安室〕のような役割の場所。
フィルが呼び出されたのはそんな場所だ。
「早速ですが、巫女様方に見て頂きたいものがございます」
「こちらへどうぞ」
呼び出しの本題。
そのまま案内されたのは隣室への扉の前。
側近が扉を開き中へと踏み込む。
二人もそれに続いて部屋の中に入る。
するとそこには――
「――フィル!下がって!!」
慌ててヤマトがフィルの前に出て杖を構える。
そこに待ち構えていた存在に対し警戒するヤマトであるが…エルフ達はそれを制止して伝える。
「御使い様。この者には敵対の意志も無ければ戦う力も思考もありません。どうぞこの場は杖を降ろしてくださいませ」
長老の言葉と、その存在の無警戒が過ぎる姿に、ヤマトはなお警戒をしつつも構えた杖を降ろす。
「ありがとうございますヤマトさん。ですが、本当に彼女には敵意はないようですね」
守護の壁になったヤマトの前に出て、フィルはその存在に一歩二歩と近づく。
そして尋ねる。
「ヤマトさんは、この方をご存じなのですね?」
「知ってるも何も、こいつがこの前話した人型スライムの器。ロンダートとルトが殺したはずの敵だ」
まっすぐその存在を見据えるヤマト。
その女性は、本来ならば遺体が横たわるべきであろう台の縁に腰かけ座り、これだけ騒いでいるにも関わらず全くこちらを気にする素振りも無く、ただただ視線は明後日を向き続ける。
敵として、ロンダート達の《紫雷》に破られたはずの存在。
死んだはずのスライムの肉体が、確かにそこには存在していた。
「……ん?【シルフィエット=ハウル】?」
ヤマトの《鑑定眼》に映し出される情報。
それによって生気のない存在が【シルフィエット=ハウル】という名である事が暴かれる。
しかし《鑑定眼》で視えたのはただそれだけ。
普通の生物であれば称号などのようにいくつか付随するはずの情報は全く映らず、かと言って魔物の種族名や道具のような名でも無い。
確かな個人名でありながら、それ以外の基本情報が一切欠けた存在。
しかも【ハウル】と言うその名は――
「まさか…この方はあのシルフィエット=ハウル様なのですか?」
「その通りです巫女様」
名だけで答えに至った様子のフィル。
ヤマトも自身の持つ知識に探りを入れるが、自力で辿り着くには知識が欠けているようだ。
「フィルは誰だか知っているのか?」
「賢者であるシフル様も持つ〔ハウル〕という名は、所謂一般的な〔家名〕では無く、エルフ種族の中でも特に大きな功績を残した者に国王様が直々に与える〔名誉称号〕としての名なのです。そして…そのハウルの名を賜った歴代エルフの中に、シルフィエットという名の女性が一人だけ存在します」
「じゃあ、この人がその人?」
「名から察するには……ですがヤマトさん、シルフィエット=ハウルと言うお方は、最初にハウルの名を賜った、この名の流れの始まりに位置するお方なのです」
「……ん?制度の最初って、それいつの話?」
「〔厄災戦争〕の終結直後の話です。――大昔に実在した、今でもお伽噺の"七英雄"として知られる、世界を救った〔七人の英雄〕。その中で"魔弾の射手"とも呼ばれたエルフ族の弓使い…それが【シルフィエット=ハウル】様です」
かつての英雄その本人。
フィルの言葉に長老も同意する。
「こちらでの《鑑定》、文献の姿絵や特徴、その他秘文など多くを調べて確認し、このお体は英雄様本人と一致したものであると、エルフ族の長老として断言致します」
つまり目の前にあるのは七英雄の亡骸。
エルフの英雄、世界を救った一人。
弓使いの英雄【シルフィエット=ハウル】の本物の肉体が、今この場に存在した。
問題・疑問は山積みだが、まずはその事実をを受け止めよう。
「此度の要件はこの亡骸、その処遇に関して巫女様方にご相談出来ればと思ったのです。正直私共だけで抱えるには些か重い現象ですので」




