157 命の洗濯と躱したはずの騒動
「……」
「……」
里の浴場の湯に並んで浸かるヤマトとロンダートの二人。
最初は普通に挨拶をしたものの、思えばこうしたプライベートで二人きりになる機会も初めてで、お互いにどういう話をすべきか迷ってしまう。
その中で、先に口を開いたのはロンダートだった。
「……ヤマトくんは、今は魔力供給のお手伝いをして回ってるんだっけ?」
「……そうですね。今日の分が終わったのでここに来ました」
「その割にはあからさまには疲れた感じしないね。やっぱりそれだけ魔力が多いって事か、羨ましいな」
「まぁ、自分の場合はちょっと特殊なんですけど、人並み外れて多いのは確かですね」
ヤマトが受けた手伝いの内容を知っているロンダートはそこを切り口に話を切り出した。
ちょうど良いのでヤマトも、ロンダートの仕事について尋ねる。
「ちなみに、そちらも仕事終わりですか?」
「僕は逆だね。これからお仕事。今日は夜勤のシフトに組み込まれたから、さっきまで仮眠を取っててこれから出勤。今は眠気覚ましの代わりだね」
ロンダートと、ここに居ないピピ。
二人の上級冒険者はその実績を買われて里の警戒・警備に力を貸している。
先の騒動の影響で、純粋に戦える人材が減ったエルフの警備部隊。
里を抜けた男が去り際に門の警備を半壊させたのもかなり痛い追い打ちになっている。
その穴埋めというか間に合わせ、急ぎ進められる新しい警備体制が整うまで、実力と実績のある二人もこの里の守りに協力する事になったのだ。
「今はピピくんの組が頑張ってて、もうすぐ交代で僕の組の出番。今のところ大きな問題も起きてないし、このまま早めにお役御免になれると良いんだけどね」
里が安定してくれば二人の協力も必要なくなる。
御役御免になるその日が一日でも早く来ると良いのだが。
「ちなみに、応援のほうはあとどのくらいか聞いてます?」
「おそらく数日、到着まで五日も掛からないだろうって話だったかな」
減少したエルフ族の純粋戦力。
残った人材のフル稼働に上級冒険者二人の協力。
それに加えて里のお偉いさんは、交流のある他種族への協力要請も出していた。
小規模種族同士の助け合いの約束、一種の盟約のようなものがあるらしい。
勿論一時的な戦力であるが、今は出来るだけ備えねばならない理由もある。
もしかしたら来るかもしれない、森に棲む魔物以上の脅威にも、ちゃんと対応出来るように。
「……それにしても、こうしてエルフ族の里でお風呂に入る時が来るとは、少し前までは夢にも思わなかったよ」
「あーその、微妙に苦情も含まれてます?」
「まぁそう言うのも無くは無いかな?」
小さな笑みをこぼしながら言葉にするロンダート。
そもそもの話、ロンダートがここに居る理由を作ったのはヤマトだ。
ヤマトが思い付きで提案し、そこから脅しのような交渉材料、逃げ道を塞ぐような依頼提示。
後者に関してはフィル達の手だが、根に持っていてもおかしくは無い。
「一応言っておくと、恨みとかは特に持ってないからね?むしろ知ってて内緒にしてくれてる上に稼ぎの良い仕事を用意してくれてるんだから、どちらかと言えば感謝が大きいかな」
「そうなんですか?いやでも…あーいや、あまり深堀りしないでおきます。お互い言葉に困りそうなので」
「その方が良いかもね。それに僕も、おかげで当面はアレになる必要はないし」
それはある種の勝ち逃げ宣言。
目的を果たしつつ、最後まで捕まる事も無くそのまま人知れず消えてゆく。
そもそも狙い所がきわどく、一瞬の司法取引のように巫女や賢者が黙認した以上、次さえ起こさなければこのまま逃げ切りになるだろう。
「……おっと。そろそろ出ないと時間がギリギリかな」
「あ、ごめんなさいお邪魔して」
「気にする必要はないよ。まぁ、今度はもっと時間がある時にでもゆっくり話そう。その時には困る話もアリにしようかな?それじゃあお先に」
そう言い残して、ロンダートはそそくさと湯を出て行った。
せいぜい五分程度の時間。
「今まで話す機会も無かったから、まぁちょうど良い機会だったのかな」
そこからはヤマト一人の湯。
広い湯を一人で使える貸し切り状態の今を、ヤマトはゆっくりと堪能する。
……しかし少しすると、脱衣所側から人の気配がする。
(独り占め終了か。まぁそろそろ体を洗って上がるか)
直後に新たな来客。
この場に姿を現した人物。
聞き馴染んだその声がヤマトを後ろに振り向かせる。
「あれー、もしかして後輩くん?」
そこに居たのはピピその人。
ここは風呂場、当然その姿は全裸。
ヤマトは即座に余所を向く
「何で入って来てるんですか先輩!?ちゃんと男札出てましたよね?!」
「んー……ごめん見逃した。でもまぁいいや、一緒に入って良い?」
「全く良くないです!!」
せっかくヤマトがしっかりと回避したトラブルが、ざわざわ向こう側から転がり込んで来てしまったのだった。
――そして二人にはお説教が待っている。




