156 魔力馬鹿の使い方 2
エルフの里で起きた騒動。
その後の〔聖域〕の停止から三日が経過した。
「――ヤマトさん、次はこちらをお願いします」
「わかりました」
ヤマトは一人のエルフの指示に従いながら、次々と用意された道具に触れて行く。
「終わりました」
「……はい確かに。では次に向かいましょう」
その建物での仕事を終えると、二人はそのまま別の場所へ向かおう。
触れた物、これから触れる物。
それらは全て〔魔法具〕である。
以前にも行った〔魔力供給・充填の依頼〕。
ヤマトはここ数日、エルフの案内と指示に従い色々な魔法具に魔力を込め続けている。
「……ところで〔結界装置〕の方は順調なんですか?」
「順調かどうかと聞かれたらものすごく順調だと言える状況ですね。技術者達の調子がとても良いようで、早ければ明日には試運転を行えるかと」
エルフの里を守っていた《聖域結界》。
その消失に伴う代替守護として引っ張り出された〔古い結界装置〕が展開する《結界》が、今この里を覆い守っている。
ただこの装置、古い上に性能もあまり良くはないようで、率直に言えば燃費が悪いそうなのだ。
元の聖域結界が特別なものであったのを考慮したとしても、強度は弱く燃費は悪く、完全な劣化結界であるがそれでも周囲を魔物の生息する森に囲まれたエルフの里にはあるだけマシのもの。
現在里の非戦闘職の人々をかき集め毎日魔力をギリギリまで徴収し、それで何とか維持しているところである。
――とは言え、やはりそんな無理をこれからずっと続ける訳にも行かず、今は里の技術者たちが急ピッチで〔新たな結界装置〕を開発中である。
結界強度は限度があれど、燃費や効率は現状よりも圧倒的に改良の余地がある部分。
とは言えそれは一日二日で完成するものでも無い。
最低でも数日以上は続くこの状況の中で、エルフ達が日常的に使う魔法具の一部が魔力を補給できずに停止するのは目に見えていた。
そこで白羽の矢が立った魔力馬鹿。
魔法具の中でも重要度の高い物に対して、エルフ達の代わりにヤマトが魔力を補充して回る事になった。
人数倍の魔力を持つヤマトの、言いたくはないが"魔力馬鹿"の称号を持つ者に合った役割でもあるだろう。
……本当はその結界装置に直接ヤマトの魔力を込めた方が単純化出来るところなのだが、その古い結界装置には〔魔力紋〕の認証機能が付いており、紋の中の種族特徴を読み取る為にエルフ族以外の魔力は受け付けない仕様らしい。
「……あの、流石に早くないですか?最初に聞いたのだと十日は掛かるって話だったですけど、このまま順調なら明後日ぐらいには完成しません?早いに越したことはないでしょうけど……」
「こちらでも驚きですが、そこは技術者たちのやる気と調子の良さ。後は新たなノウハウを得た事が大きいかと。例の《白騎士ゴーレム》や《黒騎士ゴーレム》の影響ですね」
量産された《白騎士ゴーレム》。
その改良型とも言える《黒騎士ゴーレム》。
それらから得られた技術的ノウハウが、今回の結界装置の製作工程でかなり役立っているらしい。
黒騎士に関しては魔力効率や燃費もだいぶ突き詰めていったので、その面で得られたものが大きいのかもしれない。
……ちなみにその黒騎士ゴーレムは、開発者たちのもとに預けている。
実戦データを反映して再度の調整が施される予定だが、今は結界優先の為に後回しになっている。
「――と、これが今日の最後の分ですね」
そんな感じに魔力を注ぎ続けるうちに、気付けば今日のお仕事は終了となった。
ここ数日同じ作業をひたすら続けて来た事で、普通の魔法具にそそぐ程度であればだいぶ手軽に素早く済ませられるぐらいに慣れた。
「お疲れさまでした。あと少しの間ですが、明日もよろしくお願いします」
「はい勿論です」
そして担当のエルフと別れ、ヤマトは一人帰路へと着いた。
(折角だからこのままお風呂に寄っていくか)
エルフの里にも入浴の文化はあったが、個々の家には浴室は存在せず一ヵ所ある温泉の大衆浴場が唯一のお風呂場となっている。
先日まで隠れ潜む身であったヤマト達は、流石にその浴場を使う訳にも行かず、今までは魔法で用意した簡易的な小さなお風呂にしか入れなかった。
だがこうして大手を振って歩けるようになってからのこの数日は、毎日この浴場に通っている。
(やっぱ風呂はのんびり入りたいからなぁ……良し、男札確認)
浴場に辿り着いたヤマト。
脱衣所の入り口に掛けられた〔札〕をしっかりと確認する。
この里の大衆浴場の問題点を挙げるなら、男女に分かれていない事だろう。
とは言え流石に混浴という訳でもない。
混み合う時間帯には時間毎に男湯・女湯と分けられており、それ以外の人の少ない時間帯はこの男女札の表示で切り替わる。
何も掛かっていなければ誰も居ない証で、自分が入る際に男女札のどちらかを掛ける。
そして男札が掛かっている間は男性しか入れない、女札が掛かっている間は女性しか入れない。
(これ間違えるのは一大事だからもう一度確認して…良し。それじゃあ入ろう)
問題ない事を確認し、脱衣所で服を脱いだヤマトはそのまま浴場に踏み込んだ。
すると札が掛かっていた事から分かるように、そこには先約が居た。
「……あぁヤマトくんか。こんばんは…いやまだこんにちはの時間かな?」
「微妙な時間帯ですね。とりあえずこんばんはで、ロンダートさん」
そこに居た先約は、聖鎧の担い手であるチャンピオン兼冒険者。
ロンダートが湯船に浸かっていた。




