154 聖域跡地
「――おはよう、そしておかえりヤマト」
「……ただいまアリア。どのくらい経ってる?」
「ヤマトが意識を失くしてから、大体で一時間ぐらいかしらね」
目覚めたヤマトはエルフの里の地下空間、そこにある聖域の扉の前に居た。
他の人々の姿は無く、ヤマトは地面に敷かれた布の上でアリアに膝枕された状態で横たわっていた。
「なぁ問題も無く向こうと同じくらいってところかな。皆は?」
「先に上に戻ったわ。ただ眠ってるあの子達と違って、ヤマトの場合はあまりここから離さないほうが良いかと思ってそのままここで待ってたわ」
「そうだね。そっちのほうが多分安全だったから良かった…よっと」
立ち上がるヤマト。
体の調子も確認し、問題無く帰ってきた事を確かめた。
そして…視線を扉へと向ける。
「……うん、話の通りだな」
そこにある聖域への扉は光を失っていた。
ただただ白くて大きいだけの石扉に成り下がっている。
「上に戻る前にちょっと寄り道」
ヤマトはそう言って、目の前の扉に手を掛ける。
若干重く感じはするが、その扉は素直に開いていく。
そしてその向こう側が、遮るものなく目視で来た。
「あれ?これって」
アリアがその光景に不思議がる。
そのまま二人は扉の向こう側、聖域だったその場所に足を踏み入れる。
だがそこにあったのは、力を失くしたただの廃墟。
文字通りの遺跡であった。
「聖域…じゃなくなってる?」
「聖域の土台になってた土地だね。こう、現世の大地に重なる異空間って感じだったらしいから」
本来はアリアには立ち入る資格の無かったその場所。
だが今はもう、聖域は聖域としての空間と力を失くし、それこそ誰もが当然のように立ち入れるようなただ普通の場所となっている。
この場所に重なっていた聖域という異空間は、既にここから消え去っている。
「何があったの?」
「元々聖域には〔魔王ダンジョン〕の活性化を抑え込む枷としての役割もあったらしいんだけど、これはその枷が壊された結果、聖域そのものが消失したって話らしい」
〔魔王ダンジョン〕とは魔王の生み出す、本来のダンジョンの仕様を逸した不正規ダンジョンの事を指す。
毎代魔王の拠点である〔魔王城〕として機能していると共に、魔王軍の通常戦力の何割かはその魔王ダンジョンによって生み出されていると言う。
そんな不正規なダンジョンの力を抑え込む為の役割の一つを聖域が担っていたらしいのだが、大元である魔王ダンジョンそのものに何かしらの変化があったようで、その影響か枷が無理矢理に破壊され、同時に聖域にも致命的なダメージを与えた。
結果この聖域そのものが機能を停止して、今のこの状況光景に至る。
「それまずくないの?」
「まあね。単純に魔王軍の戦力生産能力が上がるって事でもあるし、魔王城自体も魔王がそこに引き籠っている限りは勇者たちの最終目的地になる場所だし、まぁ百害あって一利なしだね」
「ならすぐに向こうに連絡した方がいいんじゃない?」
「そこは女神様の方から《神託》が下りるから、情報に関しては大丈夫」
女神様から直接この件に関しての《神託》が勇者タケルには下りる事になっている。
そして《神託》が下りることで、それ自体が聖域組の目的の達成、儀式の成功を知らせる事にもなる。
なので情報伝達に関しては無理に急ぐ必要はないが……
「それでもやっぱり、こっちの勇者パーティーの面子は早めに王都に戻ったほうがいいかな。勿論判断は彼女ら次第だけど……ただなぁ」
その面々の今の状況。
三人全員が現状、あまり芳しくはないだろう。
フィルは放っておいても少しすれば起きるだろうが、先の《神降ろし》の反動を鑑みれば目覚めた後も少し静養が必要なはずだ。
ピピは肉体的には問題ないだろうが…先程言葉を交わした時に若干感じた雰囲気の固さが少し気になる。
そしてメルトは、恐らく彼女が一番状況的には厳しいかも知れない。
(無理矢理操られて戦って、肉体面と精神面の両方で一番ダメージが大きそうだからなぁ)
いずれにせよ眠ったままの今はそれらを図れる状況でも無い。
まずは皆が目覚めるのを待つ。
これからの事はそれから話し合う。
「他にも…ここの事もエルフ達に伝えないといけないか」
「そうね。世界樹に続いて聖域もってなると、ちょっと追い打ちキツそうな気もするけど伝えない訳にはいかないし」
エルフの里を特別たらしめる要素の内の二つが失われた。
ただでさえ人的な被害も大きい彼らに、更なる追撃を与える報告になるだろう。
とは言え放っておいてもすぐに気付く事ではあるので、早めに対応を始められた方が良いだろう。
「……さて、そろそろ戻ろうか」
そうしてヤマト達は廃墟と化した聖域跡地を離れ、再び地上へと戻っていった。




