151 聖域の扉
「――なるほど、ここは片付けの最中なのか。まぁこのまま放置すると病気の一つや二つ、発生してもおかしくない量だからなぁ」
ヤマトがやって来たのはエルフの里の地下空洞。
昨日の戦いの跡地。
〔世界樹〕は跡形も無く燃え去り、ヤマト達が仕留めた死霊奴隷などの死骸が放置されていたその場所。
だが今は多くのエルフが行き交い、残骸撤去と洗浄の最中であった。
世界樹の跡地には何やら色々な器具も置かれ、そちらは何かしらの調査の最中だろうか?
「邪魔しないようにっと……」
掃除の邪魔にならぬよう、静かにさっさと進んで行くヤマト。
そしてあの場所に到達する。
「氷壁は無し。アリア達はこの向こうか」
昨日守った聖域への道を塞ぐ氷壁。
今はその姿は無く、聖域への道を阻む障害物は無い。
開放された道をヤマトはゆっくり歩んで行く。
――そしてアリアの待つその場所に辿り着く。
「来たわね、ヤマト」
「後輩君おはよう。ちゃんと元気?」
「二人ともおはよう。元気かは…まぁまぁ?」
待ち構えていたアリアとピピと挨拶を交わす。
二人ともあまりゆっくり休んではいないはずだが、特に疲れも見せずに振る舞う。
「レイシャさんもお疲れさまです。黒騎士は問題ありませんでしたか?」
「二体とも問題ありませんでしたよ。と言っても…こちらは特に戦いが起きた訳ではないので当然と言えば当然なのですが」
レイシャに預けていた二機の黒騎士ゴーレム。
とは言えこちらは戦闘らしい戦闘も起こらず、扉の前でひたすら待つのみだったようで特に問題になるような出来事は起きなかったようだが。
「……あれ?エルフの案内人さんは何処に?」
「彼なら私達と入れ替わりで戻ったわよ。向こうの有様を伝えたら大慌てで。当然と言えば当然よね」
結果としてこの場にはヤマト、アリア、ピピ、レイシャのみのいつもの知る面子が残る状況。
これはこれで都合がいい状況な気もする。
「それで、俺が呼ばれたのってこの光が原因?」
「そうなのよ。私達が何をしても変わらずこの状態で」
一同の視線は目の前の扉に注がれる。
聖域への扉。
岩壁に囲まれる中で、不自然な程に真っ白な扉。
しかもそれは本来、常に一定の光量で白く輝き続ける為にこの場の小空間を灯り要らずで照らしているはずだった。
だがその光は今、一定の間隔で明滅を繰り返していた。
暗く、明るく、暗く、明るく。
その為周囲には、本来は必要なかったはずの光源が改めて設置されていた。
「ちなみに…この様子だとフィルとナデシコはまだ出てきてないですよね?」
「はい。一睡もせず待ち続けていましたが未だ」
張り付いていたレイシャが言うのだから、間違いなく今なお二人は聖域の中に居るのだろう。
予定では遅くなれども数時間程度。
だが現状は一日経過。
成功にせよ失敗にせよ、ここまで時間が掛かるとは聞いていない。
となると必然的に、不測の事態が起きていると推測できるだろう。
「なんによせ、試してみるしかないか」
扉に歩みを寄せる。
女神様の使い魔であるヤマトも、目の前の聖域へと立ち入り資格を持つ。
ゆえにこの扉も開く事も出来る。
この異変が何を目的としているのかは分からないが、ヤマトが触れれば何かしらの状況変化が起こる可能性が高いと、そう判断して呼ばれたのだろう。
「それじゃあ触れるよ」
一同が警戒の意志を強める。
ヤマトはゆっくりと手を伸ばし…扉に触れる。
「ヤマト、光が」
すると目論見通り、扉に変化が起き始めた。
先程までの扉の光の明滅が収まり、元の一定量の光に戻っていた。
その直後――
「え、ちょっと!?」
その光の扉を何かがすり抜けて来た。
その何かが人の頭であるのは、すぐに誰もが気が付いた。
一瞬最悪の展開も脳裏を過るが、直ぐにちゃんと繋がったままの体も姿を現した為、心の中で安堵する。
「て…フィル?」
「ヤマト!受け止めて」
「分かってる。よっと」
扉をすり抜け現れたのは、礼装を纏った"巫女"の【フィル】であった。
どうも意識は無いようで、全身がこちら側に出切るとそのまま前のめりに倒れ込む。
そんなフィルをヤマトは受け止めた。
「……ちゃんと生きてる、意識がないだけか。――レイシャさん」
「お任せください」
レイシャにフィルを預ける。
この場において人のお世話に関して、彼女の右に出る者はいない。
フィルの身柄を預かるといつの間にやら敷設していたふかふかのシートの上にフィルを寝かせ、あまり人目に晒すには不適切な巫女の礼装も考慮してすぐさま毛布を被せて体を隠した。
「次はナデシコか」
次いでフィルと同様に、ナデシコが扉からすり抜けだした。
先と同様にヤマトが受け止め、安否確認をした後にレイシャに預ける。
レイシャはフィル同様の手順でナデシコもシートの上に寝かせ、二人の怪我の有無なども調べ始める。
そして見た目上の問題が見当たらない事を伝える。
「二人とも無事みたいで良かった。後は目覚めてから話を――」
「ヤマト、まだ続いてる」
扉を見れば第三の何かが扉をすり抜け始めていた。
但し今度は人では無い何か。
ヤマトは警戒しながら、今度は受け止める事無く見守る。
するとそれは……
「剣と杖。宝具か」
地面に転がるそれの正体に気付いて手に取る。
それは儀式にも使用された二つの〔神域宝具〕。
女神の分体ティアの依代になっていたヤマトの杖、【神杖 セイブン】。
〔四つの鍵〕として使われた勇者の剣の片割れ、【聖剣 ツゥヴァイ・レフト】。
その二つの宝具が、二人に次いでヤマト達の前に舞い戻って来た。
「あれ?何かが…指輪と繋がった?」
再び手にした〔神杖セイブン〕。
ヤマト用に調整されたものだけに手に馴染む。
だがだからこそ、その変化にもすぐに気が付く。
戻った【神杖セイブン】と、ヤマトが装備している【心意の指輪】に見えない繋がりが生まれている。
そして改めて杖を《鑑定》してみると、明らかな変化が見て取れた。
【神杖 セイブン ver.YAMATO-2.0/神域宝具(七番)改二】
(取り込んでる間に何をしたんだ?)
バージョンアップが施されたらしい杖を見て一抹の不安を覚える。
どうやら後程、女神様に確認しなければならない事が増えたようだ。
「ヤマト、まだ終わりじゃないみたいよ?」
アリアに指摘され扉を今一度確認すると、今までと異なる変化が起きていた。
白の光の明滅が、赤の光の明滅に変化した。
不安を感じずにはいられない色。
既に二人は戻り、宝具も戻った。
にも関わらずまだ何かがあるのだろうか。
「……二人をお願い」
ヤマトは再び扉へ手を伸ばす。
そして触れた瞬間……景色が一変する。




