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149 撤収




 「あぁ…少しゆっくりし過ぎましたね。――シラハ君!」

 「どうした!?見ての通りまだ戦いの最中なんだが」

 「向こう(・・・)が終わってしまったようです。しかも負けて、回収対象も失われました」


 別の戦いの結末を認識し、戦闘中のシラハに声を掛ける。

 相手は六尾(・・)の、《精霊融合》で一体化しているピピとトール。

 シラハは剣を強く握り、全力の力任せで振り払う。

  

 「くぅ!?」

 「ちょうど良い。《金剛結界》」


 弾かれたピピと距離が空いた瞬間、両者の間に壁が割り込む。

 ピピは見えない壁に斬りかかるが、内側の二人に手出しができない。


 「何だあんた、結界魔法なんて使えたのか?」

 「所詮は借り物(・・・)。本職に比べれば劣るものですが、強度だけは折り紙付きです」

 「その強度が充分なら文句無しだろ?」

 「本来なら他にも付随する効果があるのです。ですが私のこれはただ硬いだけです」

 「だからそれが充分だと…それで、これからどうするんだ?」

 「帰りましょう」


 商人のあっさりとした発言に、シラハは少し困惑する。


 「……あれはいいのか?必要なものだったんだろ?負けたって言うなら亡骸だけでも拾ったりしなくて大丈夫なのか?」

 「大丈夫かどうかで言えば微妙なところですね。アレを失くしたのは手痛い損失です。せっかく大儲けした状態で引き上げられるはずでしたのに、最後の最後で失態を侵してしまいました。ですから(・・・・)早々に帰るのです」


 必要なものではあったが、失われた以上はもう戻らない。

 中身に可能性(・・・)があったのであって、残された亡骸には大した価値は無い。


 「アレの実戦試験がここでの最後の仕事でした。ですがそれも失敗し回収どころか失われ、もはやこの里に用は残っていません。……今回は派手に動いてしまいましたし、長居すればするほど損害を被る可能性が高いですから、これ以上面倒が起こる前に引き上げましょう」

 「それが上司の判断なら従おう。だが帰り道、あいつを振り払うのはかなり面倒だぞ?」

 「ちなみにですが、シラハ君はあの子らを倒せます?」

 「正直、五分五分じゃないか?全く…天才だの特別な力だの、そんなの持つ奴らは本当に面倒だ。十年二十年しか生きてない子供が、人様が数十年掛けて地道に培ってきた力と張り合うんだから不公平が過ぎるだろう」

 「世の中公平な事なんてそう多くはありませんですけどね。……さて、となれば予定通りコレを使いましょう」


 商人が取り出したのはくすんだ色合いの石。

 右手で握って起動のキッカケとなる魔力を込める。


 「余裕があるならあの子狐も持って帰れば良かったんですがね。自力での覚醒(・・)が出来ぬ未熟者(・・・)でも、九尾の末裔となれば損害の穴埋めには充分でしたから。ですが無理をしてシラハ君まで失う訳には行きませんからね。今回は遊びが過ぎたと教訓とします」


 そう言葉を紡ぐうちに、石を握った拳から赤紫の光が溢れる。


 「これは?」

 「〔転移結晶〕と呼ばれるものです。まぁこれも粗悪品(・・・)ですから本来のような自由な転移など出来ませんが」

 「なんだかそんなのばっかりだな。大丈夫なのか?」

 「発動時間が長い、転移距離が短い、結界を越えられない、人数が二人まで。問題点はこのくらいなので、下から上(・・・・)に逃げるぐらいは出来ますよ。少なくとも目の前のアレの噛みつきからは逃れられます。その後は自力ですが」

 「結界を抜けられないなら今のこの結界(コレ)も邪魔になるんじゃないか?」

 「硬いだけの結界です。本来の転移阻害の類も付随してませんので、これに関しては劣化版に利点があったというところですね。――さてそろそろ、この手に触れてください」


 促されたシラハは、指示通りに光の溢れる商人の拳に手を重ねる。

 そして……


 「では行きましょう。――またどこかでお会いした時は、どうぞよろしくお願いしますね?子狐さん。《転移》!」


 二人が消える。

 この地下空洞の何処からも、商人とシラハの姿は無くなった。

 結界を破る事が出来なかったピピはただそれを見送るのみ。

 結界も、敵も、何もいなくなったその場所で、逃した敵の厄介さを感じていた。


  




 「――ここは?」

 「地下空洞の上、つまりは地上ですよ。ここはまだエルフの里の中です」

 

 転移で地層を越えて地上へと出現した二人。

 商人は直ぐに歩き出し、シラハはそれに付いていく。


 「どこへ行く?」

 「里の外、森の中に迎えを待たせているので、それに乗って帰ります」

 「そうか…いよいよか」

 「緊張してます?無許可で里を出るのは初めてでしょう?」

 「緊張はない。今の感想は『やっとか』ってところだな」

 「そう思うくらいならご自身で出て行ってしまえば良かったですのに」

 「凡人って言うのは、こういう誰かの手なりキッカケなりが無いと檻から出られないもんなんだよ。心が自由な奴らや勇気のある奴らはそもそも自分で檻をぶっ壊せる。それが出来ないのも凡人の要素だよ。……だからそのキッカケになってくれたアンタには結構感謝してるんだぞ?」

 「導く先は地獄みたいなものですけどね。世間的には悪の道ですし」

 「俺にとってはここも地獄みたいなものだ。――ところでアレはどうするんだ?」


 二人の歩む先は門。

 里の中と外を区切る壁の出入り口。

 そこにはエルフの門番が常駐している。


 「この有事、恐らく今は誰も出入りできないように人員増やして見張っているはずだが?」

 「もちろん強引突破です。シラハ君の出番です」

 「さらっと同胞殺し促しやがるなこの上司」

 「別に殺さずとも構いませんよ?無事に突破出来ればいんですから」

 「俺自身がアイツらの上司としてそれなりに鍛えちまったから、アイツら相手に手加減して勝てる程の技量差は無いんだよ。流石に負ける気はしないが」


 歩む速度を速めて、商人の前に先行する。

 そして駆け出す。


 「そのまま歩け。着く頃には終わらせておく」


 シラハが対するは同胞たるエルフ。

 同じエルフ族の剣士シラハにとって、ここは最後の一線(・・・・・)を越える戦いとなるだろう。 

 

 「……やはり悪くない掘り出し物ですね。彼ならばきっと空席(・・)を埋めてくれる事でしょう」

 


 


遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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