146 鎧の真価
「――どう?メルトさんの様子は」
「意識は無いけど呼吸はちゃんとしてるし生きてるわ。これは前の…そよ風の三人の時と似たような状態かしらね。操られて、本来の無意識での体の制限を外した動きの代償はあるけど、元の鍛え方の差か彼らの時よりはだいぶマシな感じ。しっかり治療すれば問題も残らないでしょう」
敵の標的がヤマト達や氷壁からロンダート・ルトのコンビに移ったその間に、アリアは弓を奪われ倒れたメルトの保護を行った。
連れ帰ったメルトに対し、ヤマトの手持ちアイテムでの応急処置をしつつ特段危険な状態でない事を確認する事が出来た。
これでようやく一人目が保護出来た。
「……後はあの中ね」
アリアとヤマトの目には、攫われた残る一人である精霊シロの存在が既に確認されている。
――神域宝具の弓を携える敵。
ハイエルフだというその存在の内側。
先の《青騎士》同様、あの存在の身の内に組み込まれ利用されているのだろうシロの姿を、二人はしっかりと認識していた。
「厄介だけど…まぁだからこそ、あのルトも戦えるのでしょうね」
今はロンダートと共に戦う、雷の上位精霊ルト。
彼の行動指針には明確な誓約がある事を二人は知る。
それはシンプルに『精霊の為に』。
彼は精霊の為には持ちうる力を存分に振るう。
精霊を救うために必要なら利害の一致する相手、他種族の…人やその他の協力者とも喜んで手を取り合う。
……ただ、それは精霊以外の為には動かないと言う事でもある。
今この場でのロンダートへの直接的な助力も、精霊の力を預けた振る舞いも、相手の身の内に精霊が囚われているからこそのものだろう。
「だけど……それはそれでいいんだけど、今の《精霊憑依》ってどういう事?そんな手法あるの?」
ロンダートとルトのコンビに感じる違和感。
精霊術師ではないロンダートが精霊の力は勿論、《精霊憑依》という聞き覚えのない手段を使用した事だ。
「……手段はともかく、もたらす効果は《精霊融合》と同じようなものみたいね。多分手段が違うから別呼びにしただけで、やってる事の結果は同じで大差ない…微かに、本物よりも本当に微妙に劣る代用手段なんだと思うわ。まぁ本当に小さな差で、殆ど同質と言っても良いみたいだけど」
アリア曰く、《精霊憑依》と呼ばれる術は存在しない。
ルトのそれはあくまでも便宜上、そう呼んでいるに過ぎないのだろう。
それのもたらす結果自体は《精霊融合》と殆ど同様のものであると言う。
手段の違い…そもそもルトが一体になったのはロンダートの肉体では無く、あくまでもロンダートの纏う〔神域宝具の鎧〕であった。
「……あれって精霊側の力?それとも鎧?」
「十中八九鎧のほうね。契約していない、ましてや器の才も無い相手と融合モドキをする手段なんて私達には無いし、そうなると特別なのはあの鎧以外には考えられないもの」
敵の波状攻撃を一手に捌き切り込むロンダート。
彼の纏う神域宝具の鎧は今、格部位が稲妻のように鋭利な形状へと変化している。
彩色にも黄色のラインが複数加わっている。
そして彼が振るう剣技や機動には、彼が本来持ちえない《雷の精霊の力》が付与され振るわれる。
「彼自身に精霊と契約して、その存在を受け止めるだけの〔魂の器〕は存在しない。だけど…あの〔鎧〕が代わりの受け皿になって、疑似的ではあるけど《精霊融合》のような結果を生み出してる。――女神様に確認しないと確証は得られないけど、多分あの宝具の鎧には元々そう言う〔受け手〕としての機能が備わっていたんでしょう。女神様が生み出したものなら、そういう事も可能だろうし」
【醒鎧 ファイズ】には、元々精霊と同化する機能が備わっていたと言う事だ。
恐らく所有者も初めて使用する機能。
そもそもの話、そんな機能がある事すら知らなかった可能性も高い。
(これも神域宝具の隠し機能か?聖剣の《二刀流》みたいな……紛いなりにも"女神の使い魔"なんだから、宝具の隠し機能とかそういうのも教えてくれても良いと本気で思うんだけど、やっぱこの辺りは基本的に禁則事項なのか?一応宝具探しも本来の仕事の一環だったんだし、知ってた方が少なからず利点はあると思うんだけど……)
最近はごたごたし過ぎてそれどころで無かったが、ヤマトの本来のお仕事には〔神域宝具探し〕も一応含まれていた。
物がモノだけにそこまで進展は期待していなかったようだが、初日の杖を始め、既に多くの神域宝具と出会う機会を得ているヤマト。
更に言えば、他所の世界の神域宝具まで目の当たりにする始末。
ならば今後の為にも、もう少し情報を明かしてくれても良いと思うのだが、ヤマトは各宝具の基本情報しか知らない。
先の聖剣の《二刀流》は勿論、今回の《精霊の器》も当然知らない。
そこに部下として若干ではあるが不満があったりもしていた。
(――今はそんな場合じゃないな)
そんな今は不要な思考を打ち切り、ヤマトの意識は現実の光景に移る。
(にしても、元々凄い人が精霊と手を組むとあそこまで凄くなるのか)
ヤマト達の視界で輝く閃光。
敵の《魔法矢》や《魔法の矢》の光。
味方の振るう稲妻の雷光。
互いの光の標的はただ一点、一人の相手を穿つ為にのみ放たれ続けている。
あのハイエルフも目の前の脅威に対応する為に、既にこちらを放置している。
既に最低限の警戒で済む程度の脅威対象としてしか見ていないようだ。
それだけロンダート達が苛烈な存在であるのも確かだが……
休息を取れる絶好の機ではあるが、ハッキリ言って今のヤマト達は蚊帳の外だ。
(前にもあったなぁ…この傍観者視点。あの時は所属不明と敵対者の戦いだったから無理に介入する必要も無かったし、味方の身を守れればそれで良かったんだけど……今直接戦ってるのがその味方なんだよな。なのに…手助けする力すら足りてない)
休息で幾分かマシにはなったものの、未だ目の前の激戦に加わるだけの力は戻っていない。
アリアだけならまだしも、今のヤマトが手を出せば確実に足を引っ張る。
そのアリアも氷壁の守りとヤマト・メルトのお守を考えると、本格的な参戦は現状厳しい。
(魔力回復薬の使用限度はあと一本。プラスで自然回復が少々。魔力は何とかならなくはない…それなら)
目の前の光景は激戦と呼べるものではあれど、ロドムダーナの一件の時のように全く手出しが出来ないような戦いではない。
とは言え、今のままではヤマトは役には立たないだろう。
だからこそ焦らず回復に専念する。
もしかすれば来るかも知れない機会を逃さず絶対にものにする為に、体は勿論、心も少しでも多く休ませる。
ヤマトはそっと目を閉じて、そのまま瞑想を始めた。




