145 猛攻と限界
「――貫通はしてない。だけど何度もは保たない」
アリアからの報告に一安心はしつつも気を緩める余裕は全く存在しない。
聖域へと続く道を塞いだ氷壁氷塊。
そこに叩き付けられた一撃。
二つの守りで軽減された為に氷壁の全壊こそ回避する事が出来たが、軽減したにも関わらずかなりの損傷を負う事になった。
更に……
「熱…じわじわ溶かされてる?」
「アリアはひとまず補強を――」
「ヤマト、次が来る!」
迫るのは第二射。
先程と同規模の攻撃。
ヤマトは更に一歩前へ出て、先程よりも強力な魔法防御を展開する。
すると今度は抜かれる事無くしっかりと受け止め消し飛ばした。
しかし……
「なッ!?」
二射目の着弾で弱った部分に、寸分違わず三射目が撃ち抜き後方の氷壁に二度目のダメージが加わる。
初弾とは箇所が異なる為貫通こそしなかったが、更なる熱で氷壁の融解は加速する。
(これ以上は駄目だ。アリアの処置が間に合わない。とにかくこれ以上は……強度が甘かったか?これでもさっきよりも硬めにしてたんだけど――)
検討の最中に更なる四射目。
一撃の威力に連射速度は、先のメルトよりも上だろう。
(この威力の《魔法矢》なら多少の溜めが必要なはずなんだけどな。あの速さは……)
弓で放つ一撃。
《魔法の矢》とはまた別の技法である《魔法矢》。
ヤマトとしては呼び名が紛らわしいと前から思っていた代物。
《魔法の矢》が魔法使いの扱う攻撃魔法であるのに対し、《魔法矢》は弓使いの疑似魔法にあたる代物だ。
武人も扱う《身体強化》のような〔魔力操作〕の延長線上にあり、《魔法》の一歩手前の技法とでも言うべきもの。
モノとしてはシンプルな、物理の矢の代わりに魔力で形作った矢をつがえて放つ、それが弓使いの《魔法矢》。
魔法程の自由な応用は効かないが、使用する魔力量の調整で威力などの調整が容易い上に、物理矢と違い魔力さえあれば持ち運ぶ必要も無く弾数無制限になるのが強みだ。
実際は魔力にも限りがある為無制限とは行かないが、練度によっては弓使いの切り札にもなり得る代物であるのは確かだ。
――対峙する新手が放つ弓矢の攻撃は、全てが確かに《魔法矢》であった。
だがその一撃一撃がやたらと重い割に、《魔法矢》を形成する・力を溜める間が殆ど見受けられない一瞬にも近い早業。
相手の準備時間と、放たれる攻撃の質が釣り合わない。
(なら、見える情報に惑わされずに、全てが高威力の攻撃だと構えて守れば良い。威力に合わせて節約なんて余裕は――)
その時、魔法防御の硬度を高めたヤマトに気付いたのか、敵の攻めが変化する。
今まで通りに、まずは高威力の《魔力矢》を一本つがえたのは変わらない。
だがその一本に限らず、敵を中心に計二十四本の《魔法の矢》が等間隔半円形に展開された。
それも無詠唱・無動作でだ。
(まずい――)
《魔力矢》の一射に合わせ、周囲の《魔法の矢》二十四本も同時に放たれた。
そして計二十五の矢の全てが、ほぼ同時にヤマトの魔法防御に接触する。
……魔法は込める魔力量によって強化出来る。
下級の魔法も、最大限に魔力を使えば上級相当の威力を発揮する事も出来る。
だが、当然上限と言うものが存在する。
そして今展開している最大強化済みの魔法防御は、これだけの威力の矢を二十五本全て防ぎきる代物では無かった。
「がぁッ!?」
二十五の矢の内、打ち消しきれ無かった数本が越えて来る。
軌道が変化したせいか氷壁にぶつかったものは無かったが、代わりに二本の矢がヤマトの腕を貫き腹部も掠めた。
(痛ッ…もうッ!?流石に早過ぎる!!)
ヤマトの視線の先には、間髪入れずに再装填された《魔法矢》と《魔法の矢》が再び見えている。
しかもその数は先程の倍近く。
四十九の矢が発射間近に迫っている。
(反動が……早過ぎて…間に合わな――)
「ヤマト!」
その時、ヤマトの中に慣れた存在が入り込んで来る。
《精霊融合》。
精霊アリアがヤマトの存在と半ば強制的に重なった。
「やらせない!!」
ヤマトに代わりアリアが展開する新たな魔法防御に、敵の矢が突き刺さる。
先程までよりも更に多い矢の数だが、《精霊融合》の恩恵と、ヤマトよりは消耗の少ないアリアの制御で今回はきちんと受け止めきった。
(助かったアリア。氷壁のほうは?)
(とりあえず大丈夫。勿論これ以上喰らわないようにって話には変わらないけど。ところで《盾》は使えない?)
(《女神の盾》も使えなくはない。だけど今の消耗具合だと長持ちはしない。一度二度防いで保てなくなる)
あの〔針〕の一撃が効きすぎた。
今のヤマトの消耗した力では、守りの切り札である《女神の盾》も長くは維持出来ない。
言葉の通り数撃防いだ所で解けて、使い切ったヤマトはしばらく見守る事しか出来なくなる。
それと同時に相手も魔力切れを起こしてくれるならやりようはあるだろうが、先程からの攻撃を鑑みるに、相手の魔力量の底が見えない。
"魔力馬鹿"と付けられたヤマトと同等、もしくはそれ以上の魔力を秘めている可能性がある。
そんな相手に消耗戦を強いれば、空になるのはそもそも消耗の多いこちらが先なのは当然。
だが現状が再び守り一辺倒で、攻勢に移れない状況なのも事実。
ただし今回は相手との利害の一致による防戦ではなく、純粋に相手の攻撃速度・魔法展開速度が早過ぎるせいで後手に回らざる得ない状況だ。
(構わないわ。どんどん威力の増すあの攻撃にはそれが一番確実。一度二度だけでも良いから今は確実に防いで。もう少しだからとにかく耐えて)
何かを把握している様子のアリア。
ヤマトはアリアの指示に従い、虎の子の《盾》を展開する。
「《女神の盾》!」
直後、展開された女神の盾に敵の更なる矢の雨が降り注ぐ。
だが今までと異なり、女神の盾は更に増した攻撃にもビクともしない。
そして一度、二度、三度と、回を増すごとに協力になっていく敵の攻撃も女神の盾はしっかりと受け止めた。
しかし…ここらで術者に限界が来た。
(ごめん、ほど…ける……)
(大丈夫、間に合った。アレの相手はしばらく向こうに任せましょう)
新たに展開される《魔法の矢》。
そして《魔力矢》を目の前に、ヤマトの《女神の盾》が限界を迎えて消滅した。
だがアリアは間に合ったと言った。
その言葉を証明するように、何処からか現れた《雷の剣》が、放たれた全ての矢を残らず切り落とした。
「二人とも、ちゃんと生きてたみたいだね。用事も済んだから助けに来たよ」
言葉と共にヤマト達の視界に映し出された二人の姿。
別行動を取っていた雷の上位精霊【ルト】。
そしてこちらも別行動だった、冒険者組の上級冒険者。
〔神域宝具の鎧〕を纏った【ロンダート】。
面識の無かったはずの二人が並び立つ。
「鎧の人。今ので使い方は解ったかい?」
「ああ…でも俺には」
「状況が状況だからあまり精度は求めなくていいよ。今はとにかく大きな力を振り回すだけでも良い。後の事は考えず、この場の事だけに集中しなよ」
「……分かりました。力を貸してください、精霊様」
「勿論、そもそもこっちの申し出だからね。ちなみに様は要らないかな?――それじゃあ改めていくよ?」
ルトとロンダートの手が重なる。
「《精霊憑依》」
そしてルトの姿が消え、ロンダートの鎧が雷を纏ったのだった。




