143 失敗作の完成
『――問題ありませんね。それでは出荷のほうをよろしくお願いします』
白衣の研究員たちが頷き、その男の指示に従い動き出す。
〔僕〕はただそれを、自分の納められたカプセルのガラス越しに見つめる。
『……完成品が三体。程度の差はあれ上々と考えるべきなのですかね?欲を言えばもう少し数が欲しいのですが……難しいですねぇ』
その男は小さく呟く。
どうやら今の結果を受け入れつつも、多少の不満があるようだ。
当事者の、それも失敗作側の〔僕〕からすれば、あの雑な実験・研究で三体も生まれたのだから充分に良い結果だと思う。
それでも〔これ以上の成果〕を求めるこの男は、些か無謀とでも言うべきか、もしくは欲が深いのではないだろうか。
……そんな見えない視線を男に送っていると、男が何かに気付いたように振り向く。
『……おや?今のは』
男が周囲を見回す。
そして、視線は〔僕〕の箱に固定される。
『誰か、この実験体の資料をください』
男の指示で一人の研究員が、〔僕〕に関する資料を手渡す。
男はゆっくりと読み込んで行く。
『……多いですね。節操無しに混ぜ過ぎでしょう?そういう実験個体としてみれば良い数値取りにはなりますけど…それで形状崩壊してスライム化、あれですかね?絵具で多色を混ぜれば黒になる感覚なんですかね?色んな生物を混ぜに混ぜて行き着く先がスライムなら、それは確かに資料としては面白いですが』
少し楽しそうに資料に目を通し続ける男。
そしてその項目に行き着く。
『……魔法適性を始めとした魔法絡みの性能数値が軒並み高いですね。その点の総合で言えば先の完成品よりも上でしょう。ですが……なるほど、これが失敗作である理由ですか』
〔僕〕が失敗作とされた理由。
男はそれを口にする。
『魔力精製が皆無。魔物として最低限生きる為に必要な魔力すらも全く生成出来ない。折角最高クラスの魔法適性や魔力の器を持ちながら、肝心の魔力が作れないとは……これでは失敗作とされるのも無理はないですね。この中でしか体を維持する事も叶わず、何かしらの魔力生成器を生命維持装置として備えなければここから出る事すら叶わない。それを準備したとしても、また別個に魔石や魔力の供給役が必要。確かに失敗作と言っていい出来ですね』
男も〔僕〕を失敗作と評する。
絶望、怒り、嫉妬。
色んな感情が静かに沸き上がる。
『ですが……これは面白い』
だがそんな〔僕〕を尻目に、男は一番の笑顔を見せた。
『つまるところその欠点を拭い去れば、普通の生き物同様に魔力を自力で生み出せるようになれば、この子は最高傑作にだってなれるということでしょう?とても素晴らしい原石では無いですか!宝石になるか、クズ石になるかは私達次第。失敗作として切り捨てるにはまだまだ勿体ない!!』
叫ぶ男は、〔僕〕の住まうガラスの箱に手を振れる。
当然手が直接〔僕〕に触れる事はない。
ただ、その手が〔僕〕に差し伸べられた最後の可能性である事は直感出来た。
『今はまだ言葉は語れずとも、既に自我はあるのでしょう?それならば……私と契約しましょう!貴方は私のモノとなり、そして私の為に全てを尽くす。代わりに私は貴方に正しい力を与えましょう。失敗作である貴方を、私が完成させて見せますよ』
目の色が変わった男。
その言葉、提案、誘惑。
〔僕〕は悩む……必要も無かった。
『……契約成立です。となればすぐに準備を。最終的には完成体とするにしても、その手前までを考えればやはり維持装置は必要ですか?それとスライムである利点も使えるようにしましょう。供給された魔力をもとに分身体を作れるようになれば本体は動かずともやれることは――』
〔僕〕の意志に応じたように、ガラスに触れた男の手から靄のようなものがガラスを突き抜け〔僕〕のゲル状の体に溶け込んで行った。
それを確認した男は、そのまま思考を巡らせ、そして研究員たちに指示を出して動き出す。
この時〔僕〕は〔俺〕になった。
男は俺の主となり、契約を果たすために俺は主に仕え、主は俺を完成させる為に尽力してくれた。
……そして時は来た。
「――ようやく完成した。完全な〔私〕になれた!……魔力を感じる!内側からどんどん力が沸いてくる!これが生き物の形なのか!!」
そして今、ニックと呼ばれた人型スライムは望む力を持つ肉体を得て、己が失敗作であった理由を克服して見せた。
生物として正しく魔力を生み出し蓄える肉体。
〔世界樹〕を犠牲に、【ハイエルフ】の亡骸を材料に、純粋なる【精霊】を核として組み上がった完成した最高の体。
ニックの理想がここに成り立った。
「――うぉおおりゃあッ!!」
そんな体に無粋な拳が振り下ろされる。
「……チッ、防御魔法の壁か」
「下がって!」
アイドムは体を退き、その直後に剣筋が通る。
だがロンダートの斬撃も見えない壁に阻まれる。
「《百雷千破》!!」
直後、融合体のピピが放った魔法が轟き襲い掛かる。
合図の無い一撃を、アイドム達は紙一重で躱しニックへと通す。
「……五月蠅いな。余韻にぐらい浸らせろよ?」
その瞬間に、膨れ上がる殺気と魔力。
そこに誰よりも早く反応する男が居た。
仲間を守るのが至上命題の盾役が、三人とニックの間に割り込み、放たれる魔法未満の攻撃に立ち塞がる。
「はぁあああああああああああああッ!!!」
放たれる魔力の濁流を、己が盾で受け止める。
盾に裂かれて左右上にと流れて行く波は、次第に薄れ霧散する。
そして彼らは再び立ち向かう。
「――《六尾・天雷破岩》!」
「《一刀破断》」
「《烈覇》ァッ!!!」
各々がそれぞれに格を上げ挑む。
魔法が、斬撃が、拳が振るわれ襲い掛かる中、ニックは片腕を天へとかざし……
「《地獄炎》」
敵も、自身も、世界樹も。
全てを諸共に飲み込む炎が、言葉の通りにこの戦場を漏らさず飲み込んだのだった。




