141 湖越えて
「……出て来なくなったな、ようやく打ち止めか?」
周囲を見渡すアイドム。
その視界に新たな敵の姿は見受けられない。
「鎧のゴーレムの方はどうだ?」
「核を潰したからあれが起き上がる事はないと思う。それにー、仮に復活なり増援なりで新しいのが来たとしても、あのゴーレム程度ならどうとでもなる。あれはそもそも大した事が無かった」
「いや、あれもそれなりの強さはあったと思う……少なくとも白い騎士よりは上だった。だけど……あの黒い騎士に比べれば粗が多すぎた感じはした」
人型スライムのニックが、失敗作と称しながら引っ張り出して来た灰色の騎士ゴーレム。
何処を差して失敗と結論付けたのかは分からないが、実際に相手取り仕留めたシトラスとピピはそれぞれにそう評価した。
確かに《白騎士》以上の強さはあったが、ヤマトが連れていた《黒騎士》には及ばないだろうと判断したシトラス。
実際に《黒騎士》の調整にも付き合い、その基本性能を知るピピは対峙した《灰騎士》を比べるまでも無く大したことは無いと評価した。
どちらも舐めてる訳ではないが、結局のところ『その程度』という評価には変わらなかった。
「とは言え、あれらのゴーレム群が量産可能だという話は些か困る事になりそうな話題ではありますよね」
「まぁな。他はともかく白い奴とかはエルフの里の防衛戦力として量産運用を前提に用意されたものだって話だが……となれば機体を用意すること自体は容易いって事だろう。後は魔力の問題を解決しちまえば遠征や他国での運用も可能だ。そうなれば簡単に〔戦争の道具〕に成り下がる」
現状《白騎士ゴーレム》は〔世界樹〕や〔聖域〕同様に、この土地の〔龍脈〕由来の魔力を軸に無補給・無接続の半自動稼働を保証されている。
逆に言えばそれはつまりこの土地でしか運用できない道具であるらしい。
その仕様のままであれば、他種族他国は何も言わないだろうが、もしもその燃料の縛りの問題が解決し、〔何処でも運用できる大規模ゴーレム軍団〕が出来上がればそれはそのまま戦争の戦力増強と同義になる。
元々エルフは少数精鋭の種族。
個人単位の戦力差はあれど、種族や国としては数の差を賄いきれない。
だがそのエルフ族が、数の差を埋める事が出来たなら、他国他種族の評価は変わるだろう。
とは言え、それはあくまでも未来にそうなればの話であるのだが。
「……だがまぁ、そんな話はお国のお偉いさん達が考えるべき案件だ。幸い向こうには巫女様、ここにも勇者パーティーの面子の嬢ちゃんが居る。その手の話題はこいつらに持ち帰って貰って、然るべき面々で検討して貰えば良い。いち冒険者の俺らは、目の前の仕事に注力するだけだ」
そもそもここに居る四人の今の仕事は護衛と救出。
それ以外を深堀りしている余裕などない。
「……さて、本当に打ち止めみたいだな。それなら今の内に湖を渡っちまおう」
言葉を交わしながら待てども、新たな敵は現れない。
それならば次の行動に移るべきだろう。
目指すは湖を越えた先にある世界樹の立つ小島。
冒険者組は前へと歩み、そして湖岸に辿り着こう。
「……それで、一応確認するが、上級冒険者にもなって湖を越える手段が無いとか言う奴はこの中には居ないよな?居たらすぐに手を上げろ」
数秒待てども手を上げる者は居ない。
つまりは四人全員が何かしらの手段を用いて、湖を泳ぐ以外の方法で迅速に渡り切る事が出来るという。
「なら良いが、ちなみに二人はどうやって進むつもりだ?」
「僕はこの鎧があるので大丈夫です。この鎧、水の上でも普通に歩けるので」
神域宝具の鎧を纏ったロンダートは、そう言いながら湖へと一歩を踏み出す。
すると体は沈むことなく、そのまま湖の水の上に立った。
「便利な鎧してんなぁ。その様子だと他にも仕込みがありそうだが…兵士共が全く捕まえられないのも無理はないな。――それで、嬢ちゃんのほうは?」
「私はこれー……【精霊融合】」
ピピは精霊トールと一体化する。
「この姿なら水の上も問題ない」
「流石は精霊って感じだな。どこぞの馬鹿どもが馬鹿してでも欲しがるわけだ」
「便利道具扱いする前提で仲良くなろうとしても、精霊は絶対に寄ってこないし懐かない。精霊はその手の思惑に敏感。真性の詐欺師でも無ければ、精霊の眼を誤魔化せない」
「だろうな。チョロかったなら馬鹿共も馬鹿はしてないだろうさ……シトラス!準備は出来たのか?」
「もう少し……出来た」
言葉と共にシトラスの両足が光に包まれる。
シトラスの使う手段は一番真っ当な水の上を歩くための魔法の使用だ。
魔法の本職ではないため少しばかり手間が掛かりはしたが、これでシトラスも一定時間の間は水の上を歩く事が出来る。
「ところで、おじさんはどうやって渡るのー?」
「あ?俺はただ単純に走るだけだぞ」
「……それは《水走》ってやつー?」
「あぁそうだ。……そういや勇者パーティーには"金剛拳"の王子が居たな」
「うん、ラウルも使ってた。――やっぱり体術使いは脳筋……」
ひっそりとそう呟くピピ。
ラウルも使っていた《水走》という歩行技法。
その内容は至極単純。
魔力の一点集中で脚力を強化して、そのまま水の上を走るだけ。
『沈む前に次の一歩を踏み出し続ければ事実上沈まず水の上を歩ける』という脳筋理論を再現した馬鹿げた技だが、現実に体術使いのトップクラスはそれを容易く実現する。
どうやらアイドムもその脳筋たちの一人であったようだ。
「さて、全員準備は出来たようだな。――ちなみに念押しで嬢ちゃんに聞いておくが、この湖の水は落ちても大丈夫なものか?」
「絶対にやめた方が良いと思う。見た目は普通の綺麗な水だけど、気持ちの悪い気配しか感じない。ロクでもないものが溶け込んでるみたいだから直接は触れないほうが良い」
元々《死霊奴隷》の死体が湖底に沈んでいた水だ。
その上で不完全なキマイラ達も触れた水だ。
触れずにいれるならそれに越したことはないはずだ。
「だそうだ。てなわけで、移動中どんな妨害があっても、絶対に水の中に落ちんじゃねぇぞ?」
「一番落ちる可能性が高いのはおじさん。《水走》は結局、足を止めたらそのままドボン」
「止めなきゃ大丈夫だから大丈夫だ。そんな訳で、警戒しながらも最大速度で一気に渡るぞ、いいな?」
「はい」「分かった」「おー」
「よし!それじゃあ――行くぞ!」
そして四人はそれぞれの手段で、湖水の上に足を踏み出し、そしてそのまま駆けだしていった。
移動に集中する彼らは、敵にとっては攻撃の絶好の機会だとは思うのだが、結局は最後まで何も起きなかった。
「――よし、全員渡り切ったな?」
そうして四人全員が湖を渡り切り、世界樹の成る小島へと辿り着いた。
そして目指すは世界樹……その分かりやすい異変である〔黒い繭〕のもと。
四人はそこで、思わぬ光景を目撃する事になる。




