139 砕かれた鎧
「――なるほど。この黒いのは、やっぱりこっちの人形とは比べ物にならない出来みたいだな」
ヤマト達の前に現れた、人型スライムの男。
その手はまず、真っ先に黒騎士のもとへ向かった。
「……うん、やっぱこの辺りの差は商品ゆえの限界だな。費用対効果に縛らない…採算度外視の完全な性能重視ならこれだけ作り込めるか……しかも破損しててもこれだけに動けると。羨ましいなぁ……こっちの青いのはたかだか頭を吹き飛ばされた程度で脱落してるって言うのに」
スライムが示すのは先の青騎士ゴーレムの事だろう。
守りの破壊の反動と、その後の頭部破壊。
ゴーレムはあくまでも非生命である為、頭が吹き飛ばされようとも根幹部分が無事なら行動そのものは可能なはずだ。
しかしあの三体の青騎士は現状、頭部を破壊された地点から殆どまともな動きを見せていない。
それが精霊を内蔵しているから起きた不具合である可能性も無くはないが、少なくともゴーレムの持ち主側のスライムにとっては期待外れも良い所のようだ。
何にせよ、アレでしっかりと仕留められたならヤマト達には良い報せなのだが。
「おっと!……拳主体の精霊って言うのも微妙に面白いな」
「微妙ってところが引っ掛かるけど、面白いと思うなら一発食らってみるのも良い経験になるんじゃないの?」
「その一発が致命傷になりかねないんだよ。たかだかスライム如きにぶつける威力じゃないだろ?」
「たかだかって……あんたをそこらの普通のスライムと同格に扱う訳が無いじゃない?人型で喋るし動きも…っと!」
横槍を入れるアリアの拳も、さらっと受け流す人型スライム。
そして構図として二対一となったその場の裏で、ヤマトはひっそりと別の目標を見据える。
(この位置なら)
今の戦場は世界樹が根を張る小島の大地。
既に両者の間にあった湖を越えて同じ大地の上。
減衰しているとはいえ、この距離は既に《短距離転移》の独壇場だ。
先程のような無理をせずとも、一跳びですぐにメルトに届く。
「《短距――!?」
今のメルトに青騎士の守りは無い。
そのメルトも、先程から手が完全に止まっている。
そしてスライムはアリア達が相手をしている。
単騎で無防備なメルトを、現状フリーなヤマトが抑えてしまえばと跳ぼうとした。
……だが、そうして跳ぼうとしていたヤマトの足に、一本の〔針〕が突き刺さる。
「ぐ…ああああああああああ」
「うん、やっぱりそこが良い隙だね。直前の、本当に一瞬の硬直。まぁそこを狙ってしっかりと仕込んでおけるのは俺の腕前ゆえだろうけどね」
自慢げに語るスライムだが、当のヤマトはそれどころではない。
傷は殆どないと言っていいほどに小さい。
だが、ただ一本の針に刺されただけとは思えない程の激痛が全身を走り巡り続ける。
その痛みは今までにない、散々無茶して大怪我を負って来たヤマト自身が今まで感じたどの痛みよりも上の激痛に……言い方はアレではあるが、自らの体の酷使に慣れているはずのヤマトも耐えるのに…意識を保つのに精いっぱいで、そのまま身動きが取れなくなってしまった。
「……うん、それでも死なないんだな?普通なら痛みが酷すぎて即死する代物のはずなんだけど」
「何をしたの!?」
「失敗作の拷問道具を使っただけだよ。使い捨ての最後の一本……拷問道具だっていうのに相手を即死させるものだから役に立たなかった失敗作。でもそれって暗殺用の道具として考えれば非常に有益じゃない?って判断されて、主が抱えていた在庫の最後の一本だったんだけど……あれに耐えてるって、君の相棒は本当に人間なの?」
ここで仕留めるつもりだったスライムは、堪らずアリアに愚痴を零す。
だがその解説も愚痴も、今のヤマトの耳にまでは届かない。
ヤマトは今も巡る痛みに、ただただ堪え続けている。
「……うん、まぁ行動不能に落としただけでも及第点か。さて…そろそろ動けよ弓使い。休憩はもう済んだだろ?」
スライムのその言葉の直後、動かずじっと佇んでいた後方のメルトが再び動き出す。
弓を構えた状態で魔力を高め続けるメルト。
弓を扱う肉体の強化、弓そのものの強度強化、矢が纏う魔力の凝縮精練。
しっかりと溜め、今までで最大の弓矢の一撃が、身動きの取れなくなったヤマトに狙いを定めている。
「射て」
そしてスライムの合図で、その矢は真っ直ぐに放たれた。
「させない!!」
その直前、アリアは咄嗟に持ち場を放棄し、すぐさまヤマトの側に立った。
そして出来る限り頑丈な氷の壁を守りとして出現させ、それと同時に次の行動をとる。
「すぐに離れるわよ!」
ヤマトを抱きかかえすぐに駆け出し、想定される射線から急ぎ離れるアリア。
その直後、間に合わせの壁が崩壊し、矢の一撃が先程までヤマト達の居た場所を通り過ぎていった。
そしてその余波。
強風が二人の背を押し、二人はそのまま湖に落とされた。
直後の破壊音。
矢がこの空洞の壁に到達し、轟音と共にその痕跡を刻み付けたのだった。
「ヤマト、無事?」
「……何とか。ひとまず水被ったせいか、痛みもちょっとだけマシになった気がする」
「気がするだけね……けどまぁ話が出来るようになっただけ確かにマシかしらね?」
湖の対岸に上がった二人。
どうやら二人とも無事だったようだ。
だがしかし……
「うん、まぁこっちは仕留めたからいいか」
アリアが離れた事でスライムと一機で対峙していた黒騎士が、その基部となる胴体を完全に手刀に貫かれていた。
「とりあえず一体。悪いけど、向こうと違ってこっちの俺は加減せずに出来るとこまでとことんやるつもりだからな。コレとかはキミとか勿体ないとは思うけど、相手が上位精霊だろうと気にせず行くから覚悟はしておいたほうがいいぞ?」




