138 一つの決着と不穏な存在
「――やっぱり生きてたね。相変わらずしぶといものだよ」
「……守護者気取りの上位精霊か。まさかここまで追ってくるとはな」
ヤマト達が地下の、世界樹の場にて戦っているその頃。
地上の塔、ある階層では【雷の上位精霊ルト】と【人神教の神官フール】が対峙していた。
しかしフールは血を流しながらその場に座り込み、壁に寄りかかり体を預ける。
どうやら致命傷こそは避けているようだが、自由に動く為には血を流し過ぎてしまっているようだ。
ルトはその姿を見降ろす。
「追うに決まってるじゃないか。お前はそれだけの事をしてきたんだから。とは言え……よくあの惨状で生きてたね?誰が何をやったのかは分からないけど、痕跡だけ見れば皆殺しも良い所、それでこうして逃げおおせてるんだから一周回って飽きれるところだよ」
エルフ変革派の拠点が、何者かに襲撃され惨劇の場と化した。
変革派を率いていたフールは、当然あの場に居たはずであるし、あの惨状では生存者が居るとも思えない。
だがルトはこの男ならば逃げ生き延びていてもおかしくはないと直感し、いくつもある塔の隠し通路の中から、今まで逃して来たパターンを思い返してフールが使いそうな道を辿った。
そしてその結果、こうして標的との再会を果たせた。
「まぁこうして生きていてくれるおかげで、僕も〔協力者〕との約束を果たせるんだけどね」
「……〔教会〕か?」
「そうだよ。ことお前の一件に関してだけ、彼らとは協力関係にあるからね。お前は生きたまま引き渡して、人の世の法の罰を受けて貰う事になる」
「なんだ、私刑にはしないのか?」
「どちらにしろお前の死刑は確定してるからね。それにこの手の手法の多彩さに関していえば、僕ら精霊は足元にも及ばぬ程に人間の罰刑は効果的に仕上がっているからね。原始的な手法も極めればあれだけ効果を発揮するんだもの。尊敬はしないおけど関心するよ」
ルトはフールを人の手に引き渡す。
自身で手を下すよりも、人の手に預けた方がより苦痛を与えられると認識しているからだ。
勿論、自分の手でと言う気持ちも無い訳ではない。
彼らのせいで小さな精霊達が犠牲になっているのだから、上位精霊として直接ケジメをと言う気持ちは常に存在している。
それでも、いやだからこそ、上位精霊としてただの復讐鬼に堕ちる訳には行かない。
教会との約束は、フールを捕える過程での支援を受ける目的と同時に、自身に対するストッパーの役割も担っていた。
「だからまだ死なせない。まずはお前を連れて――」
「申し訳ありませんが、まだその方を連れて行かせる訳には行かないのですよ」
二人しかいないはずのこの場に、第三者の声が響く。
ルトが振り返るとそこには、見知らぬ男が立っていた。
「……誰ですか?」
「私はしがない商人にございます。そのお方の取引相手ですよ」
その男はフールの、エルフ変革派の取り引き相手である商人。
彼らの扱っていた施設設備や、《騎士ゴーレム》の製造に必要なあれこれを融通していた張本人であった。
「お……おい精霊!今すぐ俺を連れていけ!!」
「おや、いけませんよフール様。まだ残りの代金をお支払い頂かねばなりませんから」
「ちゃ、ちゃんと払うと言っただろ!?なのに何であんな……どうして!?」
狼狽するフール。
ルトの目に商人はただの人間にしか見えない。
ヤマトのように特大の魔力を秘めてる訳では無い。
ピピのように優れた戦闘力を持っているようにも見えない。
この里のエルフ達のように、人種の中の特別な種族でも無い。
ただの人間にしか見えない相手に、散々自分達精霊を害し振り回して来たフールが、恥も外聞も無く見苦しい姿を見せている。
敵対者であるはずのルトにすら縋る程に。
それが異様な光景に見えた。
「……商人だと言ったね?君があの惨状を作ったのかい?」
「正確には私の部下が。理由としましては、お取引きの不履行による残額の取り立てと契約違反の罰則と言ったところでしょうか?」
「だから代金はちゃんと払うと言っただろ!?」
「今の貴方には無理ですよ。そもそも変革派の皆さんは、お甘い族長様が日和見を続けていたからこそ、好き勝手に望む活動を出来ていたのです。ですがその族長様も貴方達を既に見限りました。その時点で私としては支払い能力も喪失したものと判断させていただきました。ゆえに……後は貴方からも残りを回収させていただきます」
どうやらルト達が乗り込んだ変革派本拠地の地獄絵図の痕跡は、この男の指示で生み出されたものだったようだ。
「嫌だ……死にたくない!」
「悪いけど商人さん、僕としてもこの男を殺されるのは困る。もしやる気なら不本意だけど強引に排除させて貰うよ」
フールと商人の間に割り込み、フールを庇うルト。
ルトにはルトの目的があり、今ここで殺させる訳には行かない。
「ご安心ください、精霊様。彼からは命以外の物を対価として頂きますので、精霊様の目的と相反する事はありません。――契約に基づき、フールより対価を《徴収》する」
その言葉と共に商人の男の両目がキラっと光った。
するとフールの様子が変質する。
「あ……が……」
呻きと共に目は虚ろに、開いた大口からは泡が漏れ出す。
そして一気に脱力し、床に伏せたまま気を失った。
「何をした?」
「言葉の通りに対価を頂いただけですよ。ご安心ください。命はそのままでちゃんと生きてますから」
確かに呼吸はあり、少なくとも生きてるのは確かのようだ。
「私の用件は済みました。後はどうぞご自由に。それでは早々に失礼します」
「待て――」
ルトは手を伸ばそうとするが、気が付けば既に商人の姿が無く、この場には元の二人のみとなった。
思考を巡らすが答えは出ず、仕方なく本来の目的である気を失ったフールを連れて、ルトは移動を始めるのであった。
「――さて、後は地下の一つだけ。そろそろ結界の妨害も解かれる頃合いでしょうし、道の整備、大掃除のほうも指示を出しましょうかね。これでようやく不便な田舎の里からもおさらば出来ますね」




