137 人型のスライム
(――おかしい)
剣を通して伝わる感触。
ロンダートは明確な不審感を覚える。
アイドムと、案内人だったニックと名乗った男の会話の合間に機を狙い、そして放った確実な一斬。
零から百への急激な歩行加速、敵が身構える間もなく気が付いた時には眼前そして斬る。
瞬く間の斬撃は、間違いなくニックの体を一刀に両断してみせた。
だがその際に感じるはずの、剣を伝わる肉や骨を断つ感触が想定と大きく異なる。
まるで人ではない、全く別の存在を――
「ロンダート!下がれ!!」
アイドムの声に考えるよりも先に体が応える。
後方へと飛び退くロンダート。
その直後、彼がつい先ほどまで立っていた場所に液体の波が襲い掛かる。
両断されたニックの体が、両側共に突如液状化したのだった。
「あーもう、こんなに早く駄目になるとは思わなかったよ」
そして新たに現れた男。
見た目はニックと全く違いは無い、だけど何かが異なる人物。
「……すいませんアイドムさん。仕留め損なったみたいです」
手ごたえを合わせて仕損じたのだと考えたロンダート。
だがそれをニック自身が否定する。
「いやしっかりやられたよ?やられて次が出ただけだ」
そう語る新たなニック。
だがそこにアイドムは違和感を感じる。
「お前……さっきまでと雰囲気が違うんじゃないか?」
「だから別体だって言ってるだろ?一人目が死んだから三人目を出した。さっきまでのが一番大元に近いが、基本人格が同じでも分裂ごとにズレるんだよ。だが間違いなく俺も【ニック】だよ」
「……人ではないのか」
「俺は【スライム】だよ。かなーり特殊で特別製、だけどまぁ俺も結局は成功の中の失敗作ではあるけどな。灰色人形よりは格段にマシではあるけど」
自らを【スライム】、魔物の一種だと語るニック。
ロンダートにとっては、それは先程の感触の違和感を晴らす解答であった。
通常のスライムは死骸に群がる便利な掃除屋。
だが個体数が増加するとエサ不足で手当たり次第に周囲を食おうとする。
だからこそ魔物の生息域では、定期的にスライムの駆除依頼が冒険者ギルドから発令される。
間引きの時点でのスライムはまだ最弱であるため、駆け出し冒険者の定番依頼でもある。
当然真っ当に冒険者として昇って来たロンダートにも経験のある依頼だ。
だが……
「人型の、知能のあるスライムって存在するんですか?通常種のスライムしか相手にした事ないから分からないんですが」
「俺は何度か上位種を相手にした事はあるが……人型も知能持ちも見た事も聞いたことも無い」
「だから言ってんだろ?特殊で特別な個体だって」
ニックの言葉を全て鵜呑みにするなら、その特異性は特殊個体どころの話では無い。
脅威度不明の未知のスライム。
当然冒険者としては、より一層の警戒を示す。
「お前、確か三体目って言ってたな?二体目はどうした?」
「さあどこだろうな?もしかしたらどっかに潜んでるのかも知れないな」
「……分裂って言ったな?別に本体が居るのか?」
「それは居るよ。俺らは替えの効く使い捨て前提の端末だ」
「……それは喋るんだな?」
「どうせ知ってもどうにもならないだろうからな。さて…そろそろ会話だけじゃなく行ってみようか――ねッ!」
一体目とは異なり、自ら積極的に飛びかかって来る三体目。
六体の灰騎士は今のままシトラスとピピに任せ、アイドムとロンダートは二人でニックを相手する。
「両腕が剣に?」
ニックの両腕に刃が生まれ剣と化す。
確かにスライムは柔軟で、形状変化も得意とするものではあるが実際に剣としての扱える程の硬度と鋭さを得る事が出来るのは、ニックが特殊なスライムだからなのだろう。
「……チッ。案外やるじゃねぇか」
「そりゃお前らに合わせて来たからな」
二人としっかりと打ちあえるニック。
先程の瞬殺が嘘のようだ。
「もしかして、一体目は囮だったのか?」
「三体目より弱かったのは事実だな。だけどあの斬撃は普通に対処出来ずに食らったよ。まあ二度目はないけどな!」
「――じゃあこっちはどう?」
次の瞬間、いつの間にやら背後をとったピピが、そのままニックの首を切り落とした。
「お待たせー」
「嬢ちゃん?ゴーレムはどうした?」
「終わったー」
「こっちも終わったぞ」
ニックの首を落としたピピに次いで、シトラスも合流する。
二人が相手にしていた灰騎士六体は既に残骸と化している。
そしてニックの体も液状化し地に還っていく。
普通であればこれで終わりなのだろうが……
「――もう四体目か。てめーらもう少し人を斬る事に躊躇しやがれってんだよ!?」
四体目のニックが出現し、敵対者に対して理不尽な文句を言う。
「人でも敵に躊躇するつもりはない。盗賊討伐は生死問わずが基本。そもそも上級まで上がって、今更人斬りに躊躇する人は居ない。もちろん敵や犯罪者に限るけど……だけどあれ、もしかして人じゃなかったー?」
「特異個体のスライムらしいぜ、嬢ちゃん」
「スライム……人型は初めて見た」
「俺はスライム相手に不覚を取ったのか……」
「それは俺も何だが、まぁスライムって言っても特殊なやつだからな。落ち込むのは後にして今は前を向けよシトラス」
「……あぁそうだな」
合流した二人も、相手が人でなしだと理解した。
そして改めて向き合う。
「さてそんじゃ、今度は四人揃って相手をさせて貰うとするか」




