132 世界樹に纏わりつくモノ
「これは――」
「なぁ、あれが本当に〔世界樹〕なのか?」
隊列の先頭を進む案内役、エルフの長老の側付き役であるシールの驚く声を遮ったのは冒険者のアイドム。
彼は自身の目にした光景に疑問を抱く。
「そのはずです……けど、あの〔繭〕は一体……」
シールはこの中で唯一、日常的に世界樹の姿を見て来た人物である。
だからこそ今の世界樹の異常に、動揺を隠せずにいる。
「〔白い繭〕に〔黒い繭〕。どう考えても世界樹の本来の付属品ではないよなぁ」
一同がやって来たのは〔エルフの塔〕の地下。
天然の地下空洞。
そこには地底湖があり、その中央に一本だけそびえる大樹こそが問題の〔世界樹〕である。
世界樹そのものがほんのりと輝きを放っているため、地下にも関わらず照明は一切なくとも明るさが確保されたこの場所。
だがその輝く世界樹は現在、〔白い繭〕と〔黒い繭〕という異変を携えている。
〔白い繭〕は世界樹の枝からミノムシのように複数ぶら下がる。
〔黒い繭〕は世界樹の幹を侵食するように憑りつく。
「絶対にロクなものじゃないな。特に黒い方」
「そうでしょうね。ですが直近は黒い繭よりも、あの白い繭を気にした方がいいかもしれません」
ティアのその言葉とほぼ同時に、いくつかの白い繭がもぞもぞと動き始めた。
それぞれに繭に穴が開き、ポチャンポチャンとその中身が次々湖に落下していく。
そして順々に湖岸に上がりその姿を露わにする。
「【キマイラ】…白もロクなものじゃなかった」
出現したのは【キマイラ】と呼ばれる魔物。
とは言えこの魔物は本来の、正規の系統樹には存在しない魔物である。
一種の突然変異などの何かしらの異常により生まれる奇形種、合体事故を起こしたかのような魔物。
現に今目の前に現れた数体も、どれもが違う形状・特徴を持っている。
唯一の共通点と言えば四足歩行をしている事くらいだろうか。
「ところでティア、先輩。結局あそこで間違いないの?」
「細かなズレはあるかもだけどー、大枠では間違いない」
「こちらもそうですね。示した地点は確かに〔世界樹〕でした」
攫われたメルトとシロの居場所。
判明した座標が示したのがこの場、世界樹のもとであった。
「要するに!嬢ちゃんらを探したいならあの世界樹に近づかないと駄目って事だな?」
「そうですね。後はあれらが大人しくしてくれれば楽なのですが……」
「無理みたいですよ。バッチリこちらを睨んで唸ってますから」
ロンダートの指摘の通り、現れたキマイラは既にこちらを細くしている。
そして一番の問題は……
「シールさん。〔聖域〕の入り口は向こうであってますよね?」
「はい。ですので向かう際に襲われる確率は非常に高いかと」
実を言うとこの先、世界樹のあるこの地下空洞にこそ更に奥の〔聖域〕への入り口が存在する場所である。
現在位置を時計の十二時に当てはめるなら、入り口は六時。
つまるところこの位置から一番遠い場所にある。
「真っ直ぐはキツイし、湖沿いに回ってくしかないかな」
「そうだな。予定通り俺らは世界樹に――」
そうして次の行動を話し合っている間に、状況はまた一つ面倒になる。
「――あれは」
湖の底からゆっくりと浮かび上がってくる複数の人型。
それはヤマト達〔精霊組〕には既知の存在であった。
「アンデットじゃないな……《死霊奴隷》か。見た目グロいのしか出て来ないな。ナデシコはあまり直視しない方がいいよ」
「いえ…まぁ確かに気持ち悪いですが、よそ見してる余裕は無さそうなので我慢します」
目の前のネクロマンスは精霊ネスの扱う死体とは質が違った。
修復されずに傷がそのまま。
ゆえに動きも何処かぎこちない。
そして一番気にすべきなのは……
「エルフの死体か」
「……変革派に属していた者達ですね」
同族であるシールの指摘。
目の前のネクロマンス達の正体。
それはアリア達が「襲撃されたようだ」と言っていたエルフ変革派の人々。
行方不明になっていた者達だった。
「ネクロマンスもキマイラも、ちょっとずつ数が増えてきましたね」
「そうですね。これ以上面倒になる前に動きましょう」
メルトとシロの奪還を優先するパーティーと、〔聖域〕への到達を優先するパーティー。
今いる一行はその二手に分かれて行動する。
「それじゃあまずは俺らだな!行くぞお前ら!!」
世界樹へ向けて、つまりは二人の奪還に向かったのはアイドム・シトラス・ロンダート・ピピ・トール。
全員が上級冒険者であるパーティー。
本来は元々の聖域組と精霊組のような分け方をするつもりであったが、ティアの提案で奪還組に多く戦力を分ける事になり、そこにロンダートの提案で合わせ慣れている冒険者で纏められた。
彼らは攫われた二人の奪還を目的としつつ、敵の大半を引きつける囮役としても動き出した。
「……行きます!走って!!」
奪還組が囮も兼ねた隙に、聖域組も目的の入り口に向けて走り出した。
残る面子の中でも一般人なナデシコであったが、《身体強化》のおかげできちんと足並みを揃えられているようだ。
「《黒騎士》!」
敵の多くは奪還組に狙いを定めている。
とは言え全てがそちらを向く程甘くもない。
一部は当然こちらへと向かってくるが、その露払いは黒騎士が行う。
そしてその隙に……
「ヤマトさん!」
ティア達は一足先に聖域へと繋がる最後の階段のある横穴へと辿り着いた。
次いで黒騎士の二機が滑り込む。
その直後――
「「――《氷の世界》」」
横穴の口を塞ぐ大きな氷塊。
ヤマトとアリアの魔法により、聖域への道は物理的に閉ざされた。
そして二機の黒騎士を聖域側に押し込んだが、ヤマトとアリアと一機の黒騎士は敵の相手をする為に世界樹側に残った。
「悪いアリア、予定変更。万が一で追われる可能性を潰したい」
「別にいいんだけど…あのゴーレムは向こうに送って動けるの?」
「念のために指揮の二次優先権は先輩に、第三優先権はレイシャさんに預けてたし、その時に最低限の扱い方も教えてあるから多分何とかなる」
「ならこっちはこっちに集中しましょう」
こうして足止めに残った二人。
そして先へと進んだ聖域組は、とうとうその扉へと辿り着いたのだった。




