131 戦いの準備
「――ただいまヤマト」
攫われたメルトとシロの居場所を把握したヤマト達。
二人の奪還と、聖域組の本来の目的を果たすための準備を進めていたところ、別行動をしていたアリアがヤマト達のもとへと帰還した。
「おかえりアリア。随分と早かったね?それにルトは」
「彼は更に別行動。ちなみにこっちは…早いのも当然。結局は無駄足に近い成果だったわ」
精霊アリアは精霊ルトと三人のエルフと共に、ある場所を襲撃していた。
それはこの塔の上層階。
変革派の研究拠点となっていた階層である。
つまるところ精霊の契約者として向こうに知られたヤマトとピピを囮にして、アリア達が本丸を不意打ちするという算段だったのだ。
その為にヤマトもわざわざ髪色を変えてまで「アリアはここにいる」という演技をしていたのだが……
「結論から言っちゃうと、確かに拠点としての設備と痕跡はあったけど、既に先客に襲撃された後だったわ」
だが実際に奇襲を仕掛けたアリア達が見たのは、破壊され尽くした施設設備に、あちこちに見える血痕などの争いの後。
死体こそは無かったが、そこは既に廃墟と化していたそうだ。
「……そういう偽装をして逃げた可能性は?」
「彼らが言うにはそれはないだろうって」
アリアの言う彼らとは、同行した三人のエルフの技術者たちだ。
彼らも今はこの部屋に降り、長老エルフに色々な報告をしているようだ。
「予算や時間や人材や技能やら…とにかく総合的に考えても、そんな偽装をする利点がないって話ね。一応ゼロではないだろうけど……」
「襲撃か…もしかしてこっちの誘拐犯と同じ勢力?」
「まぁタイミングを考えるとその可能性はね」
またしても面倒が重なった事に、ヤマトとしても溜息をつきたいが、今はそんな場合でも無い。
「ちなみに、押さえたかった情報は?」
「彼ら曰く、装置が全部完膚なきまでに壊されちゃってたから復元も引き出しも無理だって」
二人が気にする情報とは、変革派が研究していた精霊絡みの技術に関する情報である。
精霊を利用するための研究情報。
それを悪用されない為に、出来れば消してしまいたいというのも奇襲実行の一因なのだが、この状況は不安が残る。
「大元が消えても、壊す前に複製して持ち出された可能性は充分あるから不安は消えないままよ。全く、本当に余計な事を……」
結局のところ状況は悪くなる。
変革派だけが持っていた情報が、未知の第三者に奪われたとなると手の打ちようがなくなる可能性が高い。
「ヤマトさん!」
「ん?……あぁ技術屋さん。話は済んだんですか?」
そんなアリアとの会話の合間に割り込んできたのは、長老との話を終えた三人の技術者たちだった。
「はい今しがた。長老様の怒りも、少しばかりは落ち着いたようです。落ち込みも混じってるとは思いますが」
「そうですか…まぁ何とも言い難い情報ですからね」
元々長老を始めとした里の上役達は、同族内での武力衝突を避けようと自制を促していた。
そのせいで変革派の行動や研究が調子を乗った部分もあるのだが、同族争いを極力避けたいという考えにはヤマトも賛同できる。
だがそんな長老たちの想いとは裏腹に、変革派の面々は自重を忘れてゆくばかり。
ヤマト達、精霊術師の一行への拉致監禁に暴行。
里の防衛設備の私物化、 防衛戦力である《白騎士ゴーレム》の勝手な運用。
用途を偽っての資金運用。
この塔の管理権限への無断介入。
そして先の、巫女様ご一行への襲撃と同行者の拉致。
流石に長老の堪忍袋の緒も切れてしまったようだ。
むしろよくもここまで耐えていたものだとも思うが。
『あの奴らには然るべき制裁を下す』
そのように、長老はさっきまで明確な怒りをあらわにしていた。
恐らく放って置けば同族内の武力衝突は不可避であっただろう。
だが技術者たちのもたらした情報。
変革派が襲撃され、場合によっては壊滅した可能性を示唆され、幾分か冷静さを取り戻したようだ。
同時に失意と悲しみも露わになったようだが。
「ところでヤマトさん。一度《黒騎士》を預からせて頂けませんか?」
技術者たちの申し出。
何を隠そう彼らこそが《黒騎士ゴーレム》の開発チームである。
「実戦投入後の状態確認と調整を施したいのです」
「分かりました。ですが今は見張り役のレイシャさんと共に廊下で警戒に当たっていますので、一体ずつ順番にお願いできますか?」
「勿論です」
そうしてヤマトは《黒騎士》を一体ずつ部屋の中に呼び戻し、ローテーションで整備に預ける事にした。
大きな一撃は受けていないはずだが、万全を期すには越したことはない。
「ところでヤマト。彼らは…あっちの冒険者達は何をしてるの?」
「奪還の為の準備。正確に言うなら本気の装備に着替えてる最中」
アリアが示したのはロンダート・アイドム・シトラスの三人の冒険者。
彼らは現在装備の御着替え中である。
「本気…護衛なのに手加減してたって事?」
「いや、違うみたいだよ。さっきまでの装備も、アレはあれでちゃんと本気なんだよ。さっきまでは〔護衛の為の攻防バランスの取れた装備〕だったのを、今は〔本職の特化装備〕に切り替えてるだけって話」
護衛の役目を果たすのは、それぞれの本命装備では役目に対する噛み合いが悪かった。
だからこそ今まで攻防のバランスを意識した通常装備を纏っていたのだが、これから行うのは奪還のための行動。
その為の戦闘を考慮し、守る為では無く攻める為の装備に切り替えているのらしい。
「アイドムさんは装備を軽くして、拳闘士としての〔力と速度〕に重点を置いた〔攻撃特化〕の装備…まぁアリアの近接戦みたいなのがスタイルとして近いのかな?」
「同じねぇ…私って精霊だから、物理防御を軽視してる面があるんだけど…彼は人間よね?」
「そうだね。だから一発喰らえば大ダメージみたいな状況だろうけど、そもそも喰らわない自信があるのか、それともシトラスさん頼みにしているのかな?」
視線を隣に移す。
装備を軽くするアイドムに反して、シトラスはむしろ装備を更に重ねているように見える。
「シトラスさんはむしろ〔防御特化〕。お二人は同じパーティーに居たみたいだし、その古巣での役割分担みたいなものがあるんじゃない?」
「そうかも知れないわね。だけど……あっちは放って置いていいの?」
次いでアリアが示した存在。
それはロンダートであるのだが…その姿は二人にとっても見覚えのある鎧姿。
再び目にした〔某特撮ヒーローの量産型○イダー〕のような姿。
異様な鎧をピッシリと全身に纏った男。
〔神域宝具〕の鎧を纏った義賊そのものであった。
にも関わらず現在、兜は被らず素顔を晒していた。
「……いやまぁ確かに、いざという時はその力もアテにして選んだ相手だったんだけど、こうも簡単に自主的に晒してくれちゃうと確かに心配にはなるよな」
「君らは気にしなくていいよ。これは僕の判断だから」
そんな会話を聞いていたらしく、鎧姿のロンダートがこちらへと近づいて来た。
「自分の判断でこれが必要と考えた。だから君らが心配する必要はないよ」
「ですが、あちらの二人には――」
「当然話してなかったよ。けど大丈夫。彼らも公私は弁えてるから。僕の事は全部終わった後にきちんと話をしようって事で決めたから、この場でみんなに迷惑を掛ける事は無いよ」
「公私……何かさっき自己紹介をした時に、アイドムさんは『本職サボる前提でこの依頼を受けた』って言ってた気がするんですが?」
「あ、うん。ちょっと返事に困るところだからその辺はツッコまないでくれると嬉しいかな?この状況ではちゃんと信用できる人なのは保証するから」
苦笑いするしかないロンダート。
ヤマトも深く突っ込むつもりはないので、この話はここで締めだろう。
「それで、ちょっと相談したい事があるんだけどいいかな?」




