128 出会う者たち/囚われた者たち
(――あの子ら、もうリハビリを始めてるのか)
勇者タケルの視線の先。
王城内にある訓練場の一つ。
その中には例の冒険者パーティー〔そよ風団〕の三人が居た。
(……まぁ傷そのものは寝てる間に全快してる訳だし、後遺症も無いなら軽く運動するぐらいは問題ないのか?)
そもそも彼らの主治医が許可を出さなければこの訓練場は使えない。
専門家が良しとしたのであれば、タケルが口を出す状況でもないだろう。
(……と、俺も寄り道してる場合じゃなかったな。第一王子ももうすぐ帰還する。俺らもようやくお役御免。そしたら次は勇者としての本業を……ん?連絡、何処からだ?)
その時、タケルの身分証が着信の通知で光る。
メッセージの送り主は城の敷地内。
城内伝信での呼び出しであった。
「……城門の警備詰所?ひとまず行ってみるか」
タケルは再び歩み出し詰所を目指した。
「――おはようございます勇者様!お忙し中御足労頂きありがとうございます」
「おはようございます。早速ですが用件をお願いします」
警備兵たちの拠点とも言える詰所へとやって来たタケル。
勇者タケルのその姿を見つけ、早々に頭を下げる兵士長。
年上で本来は目上の立場にある人々の、勇者ゆえの自分に対する反応・対応にも、最初は戸惑うしかなかったが、流石にずっと続けば慣れて来るものだ。
「畏まりました。――実は先刻、勇者様にお会いしたいと言う者が城門に現れまして……」
「来客?今日は誰とも約束は無かったはずだけど」
「本人たちも約束は取り付けていないとの事でした。ひとまず身分を確認したのですが、身分証に類するものは所有しておらず、全て口頭での確認になりました。こちらにまとめてありますのでご覧ください」
そうして手渡された二枚の紙には、来訪者である二人の情報がそれぞれに書かれていた。
〔白髪の青年剣士〕と〔黒髪の少年魔法使い〕。
用件は『勇者、もしくは使い魔に会わせて欲しい』と言うもの。
(俺はともかく……使い魔?)
一般的に使い魔と言えば、契約魔法などによる従魔の事を指すだろう。
だが勇者タケルには従魔は居ない。
そして勇者と並べて語る使い魔という単語は、タケルには従魔よりも友人のほうを彷彿とさせる。
(二人が会いたいのは勇者と使い魔なのか?)
勇者はともかく、女神の使い魔であるヤマトの身分は身内のみが知る事実だ。
見知らぬ一般人が知る情報では無い。
ないのだが……
(魔法使いの少年のほうは、もしかしてこの苗字は?)
この世界では聞き慣れぬ家名であり、尚且つタケルには覚えのある家名。
本来はこの世界に居るはずの無かった迷い人と同じ家名の持ち主。
それが勇者や使い魔を訪ねて来るのは偶然にしては出来過ぎている。
「……この人達は今は?」
「まだ城門の前に居るはずです」
「この人達に会います。ですが流石にすぐ城に入れる訳にも行かないので……そうですね、待機所の一室をお借り出来ませんか?」
「すぐに用意いたします」
そうして勇者タケルは、謎の来訪者達との面会に向かうのであった。
「――あれ?ここは……」
「おや、目を覚ましましたか?まぁ目は開いてもこちらの事は見えていないでしょうが」
目覚めたメルト。
だがその視界は目覚めてなお暗い闇。
何らかの目隠し道具か魔法が使われているようだ。
「……動けない」
「当然、拘束させて頂いておりますので無理をしない方がよろしいかと思います。死なれては困るのは確かですが、死なない程度の多少の怪我は放置で行かせて貰いますので」
メルトは自身の置かれた状況を確認する。
会話の相手は男の声。
そして男の言う通り、メルトの手足は何かに埋め込まれたかのようにしっかりと拘束されている。
「……声が違う。私達を襲った案内人とは違う人?」
メルトやナデシコ達、隣室での待機組を案内してくれたエルフの男性。
厳密に言えばエルフだと思っていた男。
その男からメルト達は突然の襲撃を受けた。
全盛期は過ぎたとは言え、未だ相応の力を備えていたはずの冒険者アイドムとシトラス。
そして基本は後方射撃とは言え、勇者パーティーの一員である以上はそれなりには近接も鍛えたはずのメルト。
完全な不意打ちだったとは言え、この三人でも撃退する事は敵わなかった実力者。
「私は彼の上司のようなものですよ。まぁこの場では名乗りはしませんけどね」
メルトの会話の相手はその男の上司だと言う。
「……貴方の目的は?何故私は拘束されてるの?皆は――」
「そんないきなり多くの質問をしないでくださいな。こちらとしても無礼で強引な手を使ったのは自覚しています。その対価には程遠いでしょうが、せめて答えられる質問にはきちんとお答えして差し上げますので、一つ一つ順番に質問してください」
焦りから冷静さを欠きかけていた自覚のあるメルト。
敵対者に諫められるのは些か不本意ではあるが、ひとまず気持ちを落ち着ける。
そして順に質問していく。
「……貴方は何者ですか?」
「ただのしがない商人にございます。名に関しては先程申した通り、この場ではお答えできません」
「貴方の目的は?何故私達を襲い、私はこうして捉えられているのですか?」
「目的は単純です。貴方達が私の欲しいものを所有していると判明したからです。本来なら金銭交渉にて譲り受けるのが商人としての作法ではあるのですが、物が物だけに断られるのは目に見えていたので、いささか不本意ですがかなり強引な手段を取らせて頂きました」
「欲しいもの?それは――」
「貴方の弓と、もう一人の女性が所持していた小さな精霊にございます」
それを聞いたメルトの心に、再び焦りが生まれる。
メルトが今現在用いている弓は、賢者シフルから託された秘宝の大弓。
メルト本人はその真名を知らないままではあるが、男の言う目的の弓とは【覇弓 サントラ/神域宝具(三番)】に違い無かった。
元はエルフ族の秘宝であり、大弓として世界最高の性能を誇る代物。
それが他者の手に、しかも犯罪者に渡るのは看過出来ることでは無い。
(弓と……それにシロちゃんも?)
そしてもう一つの狙い、つまりはナデシコの小さな精霊。
子供精霊のシロ。
商人の男の言う通り、絶対に金銭で譲り渡す事の無い二つが、商人曰く不本意な手段を用いてまで手にしたかった代物であったようだ。
「……精霊は…シロちゃんは無事なのですか!?それに皆さんは――」
「あの精霊はシロと言うのですか…安直だが悪くはない名ですね。こことは別の場所に居ますが、精霊シロは当然無事ですよ。利用する為に欲したのですから貴方同様危害は加えません。むしろ国賓待遇で接待させて頂いてますよ。まぁお部屋は籠の中ではありますが」
ひとまずメルト同様に、自由ではないにしろ今すぐ危機的な状況と言う訳では無いようだ。
もちろん相手次第の状況には変わりないが。
「そしてお仲間の安否ですが……彼は手加減しなかったはずなのですが、どうやら全員生き延びてはいるようですね。流石は巫女の同行者と言うべきでしょうか」
その言葉を素直に信用していいのかは分からないが、ひとまずどちらも無事であると言う。
今のメルトにはその言葉を信じるしかない。
「一体何のために……」
「それは語れませんが、少なくとも従順である限りは貴方の命を奪うつもりはないのでご安心ください。貴方に死なれてはこの弓を利用する事も出来なくなりますから」
メルトを利用する為に生かしていると宣言した商人の男。
そこでメルトの脳裏に一つの選択肢が過る。
だが――
「あ、前もって警告しておきますが、早まった選択などはなさりませんように。先にも言いましたが貴方には生きて貰わなければならない理由がありますので、大人しくして頂く分にはこれ以上の危害は加えないと約束しましょう。ですが……」
感じる寒気。
目隠しされているメルトであるが、男から感じ取る気配に、拘束された体が身じろぎ凍り付くようだった。
「もしも私の邪魔をすると言うのであれば容赦は一切しませんよ?こちらとしては生きてさえいれば問題無い訳ですから色々と……まぁここで語るのは止めておきましょう。大人しくして頂ければ一生知らずに済む内容ですからね」
痺れる手足を動かせぬまま、メルトは押し黙るしかなかった。
目が閉ざされ、何も見えないからこそ研ぎ澄まされるその他の感覚が警笛をあげる。
それはこれから起こるやも知れぬ身の危険に対してではなく、メルトを拘束する男の笑み。
見えていないはずなのに、常に脳裏に浮かび上がる謎の笑顔のイメージが男の不気味の悪さを体に染み渡らせるように広がっていったのだった。




