126 塔と不安
「〔エルフの里〕か……」
目の前の景色を見渡すメルト。
それはエルフの里を囲う大きな外壁。
そして門。
「どうかしましたか?メルト様」
一人景色を眺めるメルトに、レイシャが声を掛けて来た。
「いえ…少し感慨深いなと。エルフの里と言えば、色んなお話の舞台でもありますから」
女神の物語、精霊の物語、勇者の物語、英雄の物語。
それらにも描かれる事の多いエルフの里。
他種族で里の中を訪れた事のある者はそれこそ数少ないだろうが、知名度だけで言えばかなり高い。
「物語ですか……私は〔精霊ヒックのやんちゃな旅路〕に出て来たエルフの里の印象が一番強いですね」
「私は…〔七英雄の物語〕の後日譚である〔英雄の帰還〕での描写が印象的でしたね」
どれもこの世界の物語の名。
〔精霊ヒックのやんちゃな旅路〕は絵本であり、名前の通り精霊ヒックの旅路を描いた物語である。
〔七英雄の物語〕はこの世界で最も有名な英雄物語であり、〔英雄の帰還〕はその後の人物たちを記した小説の名である。
「〔英雄の帰還〕……勉強不足で申し訳ありませんが、私の知らない物語ですね」
「量産されてない希少本だったはずなので仕方がないと思います。父がその手の希少本の収集が趣味の一つだったので、うちでは自由に読むことが出来たんですけど……それも今は押さえられてしまっているでしょうが」
メルトの実家にある品々の殆どは、捜査や賠償目的で差し押さえられた。
いくつかの品々は戻って来る可能性はあるが、価値ある本などは流石に無理な話であろう。
とはいえそれらの品々が最終的に、父の暴走により被害にあった町の復興に充てられる事になるらしいので我儘も言ってはいられないだろう。
「……父は、何故あんな事をしてしまったんでしょうね」
その答えを持たないレイシャは、ただ静かに黙し続けるしかない。
メルトの父ザコトロが国に反する行いをしていたとして起こされた捕り物。
その末に引き起こした惨事。
未だに調査の最中として、その詳細をメルトは知らない。
母や次期当主として知る兄も、今はまだ語らない。
だからこそメルトの中には、未だに「何故?」という言葉が留まり続けている。
「……ごめんなさい。今のはちょっと面倒でしたよね?」
「いえ、そんな事はありません。とはいえ私にその答えを用意する事は出来ませんが、話し相手くらいにはなれますから遠慮なさらずに。ですが……この場はここまでのようですね」
後ろを振り返るレイシャ。
その視線の先には、こちらに歩み寄るナデシコの姿があった。
「二人とも!準備が出来たみたいですよ。いよいよ中に入れます」
「今は目の前の事を。お話はまた今度ゆっくりと致しましょう」
「……はい、そうですね。行きましょう」
そして聖域組の一行は、ようやくエルフの里へと足を踏み入れる事が出来たのだった。
「――話に聞いていたよりも、随分と高さがありますね」
「……物語に描かれていた〔塔〕よりも、現実の方が大きくて立派です」
エルフの里に足を踏み入れた聖域組一行。
結界の外から内側へ。
そしてその中心へと案内された事で結界により秘されていた〔塔〕の存在を目の当たりにすることになった。
その塔は高さだけで言えば、この世界で最も高い建造物である。
(……ティアちゃん以外はみんな驚いてるなぁ。確かにお城よりも高いけど)
そんな周りの様子を見ながら、ナデシコは特に大きなリアクションを見せることは無かった。
それも当然と言えば当然。
ナデシコの故郷である地球には、これと同程度の高さの塔がいくつか存在している。
もちろんこの世界にこの規模の建造物が存在する事には驚きはあるが、皆のように初見のリアクションには程遠くなるのは仕方ない事だろう。
(確かこの塔の下、地下に〔世界樹〕や〔聖域〕があるんだっけ)
予め聞かされた事実。
一行の目的地である〔聖域〕管理の施設に、エルフ族が祀る〔世界樹〕は、この塔の下に広がると言う巨大な地下空間に存在するのだと言う。
(地下に生える大樹ってのも気になるけど、そもそもこんな大きな塔の下にそんな広い空間があって大丈夫なのかな?って思うのは無粋なのかな……)
物理的な考えをするなら、崩落していてもおかしくないように思える構造ではあるが、ここは現実のファンタジー世界である以上は今更だろう。
世界を越えて、今は神様だってすぐ側にいるのだから、最早何が起きても不思議ではない気がする。
「それでは皆様、中へどうぞ」
そんな中、エルフの案内人によって一同は塔の中へと案内される。
この後は塔の一室にて待つというエルフ側の代表者との会談が待っている。
とは言え実際にその席に座るのはティア達だけであり、ナデシコらは別室待機となる予定なので特に気負う事も無い。
(……あれ?シロ、どうしたのかな?)
ナデシコは自身の服のポケットから伝わる不規則な振動に気付く。
そこには小さな精霊のシロが入り込んでいる。
(今は出てきたら駄目……違うの?もしかして震えてる?)
てっきりポケットから出てこようとしているのか思ったが、どうやらそうではないようだ。
「――こちらになります。代表者の方々はこちらのお部屋へ。他の方々はお隣の部屋にてお待ちいただきます」
そうこうしているうちに会談の会場まで辿り着いた。
ティア・フィルが代表として、その付き人兼護衛としてレイシャとロンダート。
ナデシコ・メルト・アイドム・シトラスの四人は、隣の部屋にて待機になる。
「それでは皆さん、また後で」
聖域組は予定通り二手に分かれ、ナデシコ達は隣室へと案内される。
(……シロの様子、伝えた方が良かったかな?けど人目もあったからなぁ)
後からそう考えても、既に状況は進んでいる。
ティア達は隣室にて偉い人と対面している頃だ。
(何も無いといいけどなぁ……)
投稿遅くなり申し訳ありませんでした。




