12 バルドルの町とテンプレ騒動?
「人力車って初めて乗りましたけど……何かこう……凄かったです」
「いや、あれは向こうの本物の人力車とは全くの別物だから。あれと比べるのは本場に失礼だから。あんな時速八十キロは出ていそうなチート道具と一緒にしないほうがいいから」
少し手前の人気のない場所で自転車一式を片付けて、徒歩で町の門へと向い町へと入ったヤマトと撫子。
結局移動は人力車タイプを使用した。
まぁどちらにせよ見られて困るものなので、止まってしまうとステルスが消えてしまう仕様は不便だった。
「ここが異世界の町ですか……あんまり神秘的な感じはしないですね」
門を超え、町に足を踏み入れた撫子の素直な感想だった。
やはり現実の感想となればそんなものなのだろう。
「お、もう着いたか。そっちが蓮田さんか?」
どうやら町の入り口まで、勇者直々にお迎えに来てくれたようだ。
――勇者兼貴族が町中を一人で歩いている上に、こんな気軽に出迎えに来るのは問題ないのだろうか?
「えっと、勇者のタケルさんですか?私は蓮田撫子と言います!これからお世話になります!」
「タケル=サナダです。日本語だと真田武だな。まぁ直接的に君を世話するのは城の人間やうちのパーティーの女性メンバーになるだろうけど、これからよろしく」
挨拶も済んだようなので、そのままタケル一行の泊まっているという屋敷へと向かう。
「――スタドより人が多いな」
「まぁこっちの方が単純に人口が多いからな。後はそこの闘技場の年一のチャンピオン大会の期間だから他所から参加者や観戦客が集まってるのもある」
タケルの指さす方向を見ると、人だかりが出来ていた。
一人の男性に人が群がっているようだ。
周りは九割女性のようだ。
「あの人、チャンピオン大会の前年度優勝者。イケメンだからアイドル並みの人気があって、今年は尚更多いらしい」
成程、なんだか爆発しそうな予感がする。
「それで、ここが俺らが借りてる宿代わりの屋敷な」
「……三人で借りるにしてはデカいだろ」
「まさにお屋敷!って感じの建物ですよね」
目の前の建物は、とてもとても立派だった。
元々は貴族の屋敷らしいので、当然と言えば当然だろうか。
「――中は確かに広くて立派だが、物が少ないせいか質素に感じるな」
「元々空き家なのを数日だけ借りてるからな。あらかじめ掃除はしてくれてたみたいだが、装飾品までは入れてない、というか必要ないだろ」
空き家で数日限りの借り宿ならそんなものか。
仮宿にこれだけの広さが必要なのかは疑問だが。
「で、こことこの隣が二人の部屋な。構造は同じだから好きな方を選んでくれ」
通された部屋の内装もシンプルなものだったが、単純に広い。
スタドの宿の部屋の二倍の広さは確実にある。
「じゃあ俺は隣に行くわ」
「では私がこっちですね。――あの…このお部屋、お風呂はないのでしょうか?」
《浄化》はしていたとはいえ、昨日はテント泊まりだった。
流石に気になるところではあるか。
「部屋には無いけど屋敷にはちゃんとある。まぁ飯までは時間あるし、そっちを先に済ませて貰うか。ヤマトはどうする?」
「俺も入りたいけど、お先にどうぞ」
「いや、一階と二階に一ヵ所ずつあるから順番待ちする必要ないぞ」
流石お屋敷である。
「ヤマトは大丈夫だろうけど、蓮田さんは着替えも用意しないといけないだろうから二階に案内するか。シフルさんが色々と必需品の準備をしてくれてるはずだから取りに行こう。ヤマトは一階のほうを使ってくれ。お湯を出す魔法具の説明は必要か?」
「自前で出せるから大丈夫」
という訳で別行動となり、ヤマトも風呂に入ることにした。
風呂は割と好きなので、金持ちの屋敷のお風呂がどんなものか少し楽しみでもあった。
「……え?」
「……え?」
そして脱衣所の扉を開けると、そこには全裸の女性がいた。
ヤマトはこの女性の顔に見覚えがあった。
タケルと一緒にいた、巫女さんのフィルだ。
どうやらヤマトは割とテンプレの馬鹿をやらかしたようだ。
「……ふぅ!」
フィルの表情が変化した。
最初はヤマトと同じく、何が起きたのか分かっていなかった。
それが状況を理解し、一瞬顔が赤くなり、そして今は無表情。
しかしヤマトは静かな殺意を感じ取っていた。
(あ、まず――)
そして次の瞬間。
フィルの右腕から放たれた、見事なボディーブローがヤマトに直撃した。
「グゥバァッハ!!」
ヤマトはこの日、前世込みの人生で初めて吐血というものを体験した。
そのまま綺麗に後方に吹っ飛んだ。
「あ」
巫女さんの「しまった」という表情が一瞬見えた。
そして右拳には…魔力の反応。
どうやら瞬時に魔力集中による拳の強化を行ってしまっていたようだ。
思いっ切り壁に叩き付けられたヤマトは、そのまま気を失った。




