123 研究施設
時間は少し巻き戻り、王城に報せが届く前――
「(本命の設備施設と思しき場所に到達。他はどう?)」
『騎士様はモンスターと戦闘中だけど余裕ねこれは。従魔士君は…ちょうど子供部屋を見つけたみたいよ。ご主人様』
合流早々にとある地下施設に殴り込みをかけている最中のシフル達。
実際はもう少し情報を集め機会を伺う予定であったが、そうはいかない理由ができ、少々強引だが最低限の情報が集まった時点で襲撃を実行した。
「(地上の様子は?)」
『問題なし。みんながしっかり仕事してくれるせいか、こっちはむしろ暇すぎるくらいね』
シフル・レインハルト・ブルガーは施設内に侵入し探索&戦闘。
地上では魔人アデモスが連絡係として絶賛活躍中である。
『ところでそこが最深部かしら?それなら《夢渡り》もギリギリ圏内のままで行けそうね』
《夢渡り》は、根源がサキュバスであるアデモスが人々の夢に潜り込んで精気を掠め取る為の種族独特の魔法である。
今回アデモスに任された仕事はこの応用技。
シフル・レインハルト・ブルガーの三人それぞれに、夢に潜り込む際に使用する〔意識分体〕とも言うべき意識の欠片を、対象が覚醒状態のままに取り憑かせ、その分体が得た情報を地上で控えるアデモス本体を経由して別の分体、つまりはシフル達へと渡す事で疑似的な中距離の通信を可能にしている。
シフルの発案で実験的に使用した魔法だが、ひとまず及第点はクリアしているだろう。
『ところで、これ《夢渡し》って名付けるのはどうかしら?一文字違いじゃ紛らわしいかしらね?』
「(好きにすればいいじゃない。余計な事を考えるのは自由だけど、仕事はちゃんとこなしなさいね?)」
『分かってるわご主人様。ちなみにブルガーが子供たちを連れて地上に避難するらしいけど、許可出して良い?』
「(許可していいわよ。子供たちを最優先にって伝えて)」
『りょーかい!』
ある実験の為にこの施設に連れ込まれていた子供たち。
その発見と保護で、第一目標は達成された。
そしてシフルは第二目標に遭遇する。
(……ダメか。何ともまぁ手早い事で)
シフルの前に現れたのは、床に転がる人型の数々。
数としては十名にも満たないが、その全てが魔人であり死体でもあった。
(第二目標は全滅。自害か、情報漏えい対策の契約魔法でも働いたかしらね?)
一人でも捕虜として残せていたなら、そこから強引にでも情報を得る手段はあった。
だが見渡す限りで関係者は全滅。
道中や他の部屋・階層を調べてみる必要もあるが、これでは望みは薄いだろう。
そして――
(……多分これが第三目標かしらね。元から壊すつもりではいたけど、まぁここまで完膚なきまでに破壊されちゃって…それだけこちらには情報を渡したくなかったってところかしらね)
この部屋一帯を埋め尽くす巨大な装置。
アデモスからもたらされた情報が正しければ、これこそが〔キメラ生成装置〕に他ならないだろう。
(……気分悪いわね)
生き物の残骸にも見えるものが視界に入り、嫌悪感を露わにするシフル。
とは言え分かりやすい残骸が残っていないだけマシなのだろう。
――この地下施設の正体は、魔王軍の〔キメラ実験場〕。
人や複数の魔物を、《融合》という禁忌魔法にて混ぜ合わせ、より強靭で便利な生物を生み出す禁断の実験施設。
先に保護した子供たちはキメラの実験材料として集められた素材である。
(よもやそんなものが、辺境とは言え人類側の領域内に作られているとは……こうなると別の地方もしっかり調べないとならないかしらね)
とは言えそれは後の話。
まずはこの場を、残る第四目標を探しださねばならない。
だが現状を見る限り、これも望みは薄い。
(防衛・撃退が困難だと把握した途端に、大事な装置を自ら破壊し、自分達も自害する。そんな徹底した情報隠匿を計る奴らなら、第四目標も殆ど残さないでしょう。それに……)
シフルは研究室内を散策する。
一番の目的は資料や情報収集ではあるが、それ以外にもあると予想しているものが――
「(――あったわね。時間は残り二分…アデモス!)」
『りょーかい撤退指示完了!従魔君と子供たちは既に地上付近。騎士様も即時撤退を開始。ちなみに一番遠いのはご主人様よ?』
「(これだけあるなら問題なし)」
シフルが発見したのは、この基地の〔自爆装置〕。
そのカウントダウンは既に始まっている。
そこには大仰な警報などない。
ただ静かに、崩壊のカウントダウンは進み続けていた。
(実験装置に使われる魔力は、土地の〔龍脈〕から強引に汲み上げていたようね。となるとこの時間読みは施設を完全破壊させるために必要な魔力を貯め終え解放するまでの時間かしらね)
自害してまで情報を渡したくなかったのなら、侵入者を撃退出来ないと判断した時点で即座に施設を自爆させればいいだけの話。
だがそれをしないのは、純粋にそれだけのエネルギーを常時蓄えておく事が出来なかったからなのだろう。
残骸を見た限り、実験装置自体にも相当な魔力を必要とするように見える。
(……潮時ね。私も脱出しないと。情報はコレだけか)
残り一分。
一枚の紙を手にしたシフルは、自らの魔法を用いて最速最短ルートにて地上を目指し始めた。
『騎士様が出たわ。地上に出てないのはもうご主人様だけよ?』
「(もうすぐ出るわ。それとこの村からは出来るだけ遠くまで離れなさい。結構な余波が出るはずだから)」
『もうやってるわ!私は飛んで、子供たちは馬車に積め込んで騎士様が走らせ、従魔君は従魔のワンコに乗って全力退避中!』
「(それで良いわ……私も地上に出たわ)」
シフルも地上に到達。
それと同時にグリフォンのレドを《召喚》。
すぐさま跨り、飛翔する。
本来は早くとも数十秒掛かる召喚魔法も、賢者の手に掛かれば一瞬だ。
相手がレドであるからという理由もあるが。
「(残り十秒よ)」
『全力で逃げながら《夢渡し》維持するのキツイんですけどー!?強い感情が流れて来て頭痛いー!!』
「(逃げ切るまでは我慢して。終わったらゆっくり休んでいいから)」
そして、その時は来た。
(……ゼロ)
大地と共に大気が揺れる。
キメラ研究施設の隠れ蓑になっていた小さな偽装村。
その各地から火柱が上がる。
そして大地が膨れ上がり、破裂・閃光。
大規模な爆発が地上の村も、地下施設も全て飲みこんだ。
『熱風がぁー!?』
直接の爆発に巻き込まれずとも、周囲には膨大な風が起こる。
それに晒されたアデモスが悲鳴を上げるが、流石に魔人だけあってそこまでの支障は無いようだ。
「(アデモス、みんなは?)」
『少しは心配してくれないかしら!?全員爆発の外よ!熱風なんかは騎士様が何か〔ものすごく大きな盾〕ぽいの構えて壁になって防いでるわ!あくまで地上組だけだから私は蚊帳の外だけどね!!』
レインハルトの〔魔法袋〕には複数の盾が収納されている。
基本装備である愛用の盾の他にも、用途別に用意された盾。
今回使用したのは、ただただ巨大で頑丈な盾。
大き過ぎて立ち回りに振り回せない為、構えて受け止めるだけのもの。
だがその大きさで、馬車の一台二台はしっかりと納める事が出来る、もはや壁のような盾である。
『……収まった?』
そうして爆発爆風は収まり、目の前の村から煙の大柱が上がる光景が目に映る。
「……おかえり、御主人様」
「ただいま。もう《夢渡し》も解いて良いわよ」
「りょーかい…少し休むわ」
そしてようやくシフルも、一行と合流を果たした。
仕事を終えたアデモスは、負荷の掛かった脳を休める為に地面に寝転んで休息を挟むことにした。
「みんなお疲れさま。子供たちは?」
「爆発に怯えては居ますが、怪我の類は見られませんでした」
「そう、良かった。レインハルトは子供たちを落ち着かせてあげて…ブルガー!」
レインハルトに子供相手を任せ、シフルはブルガーを呼び寄せる。
「何ですか?」
「王城、ラウル達に伝信をお願い。ここはまだ圏外なのよ。内容は……これで」
ササッと伝信の内容を紙に書き記し、すぐさまブルガーに手渡した。
「分かりました、行って来ます」
そしてブルガーは再び従魔に跨り、伝信圏内へと向かって行った。
少しそれを見送り、シフルは後ろを振り返る。
「……これは、後始末が大変そうね。それにコレも」
そう呟きながら、唯一手にした一枚の資料に目を通す。
「完成品。実用段階にまで達して出荷されたキメラが三体か……」




