121 懐かしい記憶
「――基本的な構えはこう。やってみて」
「……こう?」
「もうちょっとこうして……そう、この構え」
「出来た!あ……」
「ふふ…弓を扱う時は気を抜いちゃ駄目。ヒスイちゃんだって怪我はしたくないでしょ?」
「うん、気を付けるね!メルトお姉ちゃん!」
懐かしい記憶。
今から四年ほど前の出来事であり、当時のヒスイはまだ十歳。
年上のメルトもまだ成人前の十五歳であった。
「はい、ここまでね。続きはまた今度」
「ありがとうメルトお姉ちゃん!今日も森に入るの?」
「そうよ、それが目的だもの」
王都からも少し離れた村。
この村がヒスイ・コハク・タリサの故郷である。
村の近くにはとある理由でそこそこ有名な森があり、時折森を目当てにした人が村にやって来る。
その一人がメルトであった。
「今日こそ当たるといいね!」
「そうね。期限も迫ってるし、そろそろ当てたいわね」
その理由というのは〔ラックバード〕の存在にある。
魔物では無く普通の鳥。
だがこの鳥は"弓矢泣かせ"の異名を持つ鳥なのだ。
パッと見は変哲もない普通の鳥に見える。
だがどういうわけだか、弓矢にだけは滅多に当たらない。
近づいて捕獲、斬る、叩くなど、近接で相手にする分にはかなり簡単なのだが、弓矢で射ろうとすると何故だか難易度が途端に跳ね上がる。
同じ遠距離でも魔法になれば割と当たるのだが、弓矢に限っては本当に紙一重で躱してくる。
ゆえに弓使いの間では、一種の腕試しとしてラックバードを狙う事がある。
メルトは自らに課せられた課題として、そのラックバードが目当てでこの村にやって来た。
「それじゃあ行ってくるね」
「うん!いってらっしゃい!」
そうして今日もメルトは一人で森に入っていく。
その直後、いつもの二人もその場にやって来る。
「あれー?姉ちゃんもう行っちゃった?」
「もう、遅いよ二人とも」
遅れてきたのはコハクとタリサであった。
既に二か月ほど村に滞在しているメルトは、村の住人とも交流が出来ていた。
その中でも特に接点の多いのが、後のそよ風団の三人であった。
「遅いよ二人とも」
「しゃーねーじゃん。母さんに捕まってたんだから」
「どうせコハクが何かまたやったんでしょ?タリサはどうしたの?遅刻なんて珍しい」
「うん…メルトさんにクッキーあげようと思って作ってたの。この前分けて貰った木の実を使ってみたんだけど……間に合わなかった」
タリサは菓子を入った袋を、残念そうに見つめる。
「それなら俺が食って――」
「こらコハク!タリサちゃん。クッキーなら明日でも食べられるだろうから、帰って来たら渡してあげよう?」
「うん!そうする!」
そこからはいつもの日常。
遊んだり、大人の手伝いをしたり、勉強したり。
そうして過ごして居れば、すぐに日が沈み始める。
「――メルトさん、遅いね」
「うん。もうすぐ日が暮れちゃうよ」
普段であればこの時間には村に戻ってきているメルトだが、今日はまだ姿が無い。
あの森は比較的安全とは言え、魔物も全く出ない訳ではない。
下級の弱い魔物とは言え、何かの不運が重なれば慣れた大人と言えども簡単に命を落とす。
それを知る子供たちに不安が過る。
「俺、大人たちに声を掛けて来る!」
「待ってコハク……帰って来た!」
ヒスイの示す先、そこには確かにメルトの姿があった。
そしてその手には……
「「「ラックバードだぁ!!!」」」
駆け寄る三人。
その様子を見つけ、笑顔で手を振るメルト。
成果が上がらずに最近は少し落ち込んだ表情で帰って来る事も多かったが、目的を達したためかそんな暗い気配は微塵もない。
そしてこれが、メルトがこの村で過ごす最後の日となった。
「……帰っちゃうの?」
「うん。やるべき事は終わったから、早くお家に帰ってお父様に報告しないとならないの」
翌日の朝、別れの時が来た。
メルトがラックバードを狙い続けたのには理由がある。
それはメルトの家〔ウォルス子爵家〕の方針にあった。
『どんな分野でも良い。たった一つで構わないから、得意な事を一流の域に届かせてみろ』
それは代々受け継がれてきた家訓のようなもの。
ウォルス家の子は例外無く、十五になればそれぞれの得意分野に対して〔課題〕を当主から言い渡される。
それを達成する事が出来なかった者は、十六の成人と共に家を出される事になる。
男であれば婿入りか分家の養子に。
女であればそのまま嫁に出される。
相手に関して選ぶ事も出来ず、すべて当主の裁量で決められてしまう。
いわゆる政略結婚のコースだ。
『望むものがあるのなら、自分の価値を示してみろ』
だが課題をクリアすれば、与えられるのは大きな自由。
正式な当主候補となる事も、結婚相手を選り好みする事も出来る。
そもそも家を出て全く貴族とは関係の無い道を選ぶ事も出来る。
現に長男は騎士団に入団、次女は平民と恋愛結婚をした。
次期当主の座は、同じく課題をクリアして自らその道を選んだ次男が継ぐ予定になっている。
『メルトの特技は弓だったな。では課題は〔ラックバードを射止める〕事とする』
期間は三か月。
そして二か月ちょっとで、メルトは見事にその課題を達成して見せた。
現在六人いる兄妹の中で一番下であり、四人目となる課題達成者となったのだ。
当時の三人は子供ゆえに、その話を「貴族って大変だな」程度にしか理解できていなかったが、今はその苦労も想像はする事は出来る。
「ごめんねヒスイちゃん。弓の扱い方を教え始めたばかりだったのに……」
「ううん。続きは村の大人の人に教わる。私、メルトお姉ちゃんのようにラックバードを狩れる弓使いになる!もっとちゃんと練習する!」
「うん、頑張って」
ヒスイが弓を使い始めたきっかけはメルトにあった。
「メルト姉ちゃん!」
「コハクくん、色々教えてくれてありがとうね。とても役に立ったよ」
「お姉ちゃん……これあげる」
「アリサちゃん、これは何かな…クッキーだ!あの木の実を使ったの?」
「うん、そう」
「ありがとう。大事に食べるね……そうだ!みんな、手を出して」
差し出した三人の手には、異なる装飾の髪留めが乗せられた。
「お世話になったお礼。使い古しの御下がりで申し訳ないけど、三つとも教会で祈祷を受けた立派なお守りだから、みんなにあげる」
そしてメルトは自宅の場所と目印を告げ「もしも将来王都へ来ることがあれば遊びに来ると良いよ。このお守りを見せれば取り次いでもらえるから」と、そう言い残して村を離れていった。
――それから月日が経ち、冒険者となった三人は報告と再会を兼ねて王都にやって来た。
そしてその足でウォルス本家を訪れた。
「家がデカい!」
「これが貴族の家なんだー」
「……緊張して来た」
「――何か御用でしょうか?」
最初こそ警戒はされたが、お守りを見せると知り合いと認められ、メルトの現状を聞く事が出来た。
『メルトお嬢様は王城に奉公に出ています』
本人に会う事は出来なかったが、そうして元気でいる事は確認出来た。
……ウォルス本家が終焉へと転がりだしたのは、その一週間ほど後の事であった。
「……懐かしい夢を見たなぁ」
そして、夢から覚めたヒスイ。
「やっと起きたか」
「ヒスイ、おはよう」
その視界にはコハクとタリサが写る。
「……ここどこ?」
「王城だよ」
「王城……メルトお姉ちゃんは?」
「早速それか。姉ちゃんはお仕事で出かけててしばらくは戻らないらしい。でも戻ったら俺らの事も伝えてくれるって言われた。会えるかどうかはタイミング次第らしいけど」
「そうかぁ……私達の事、覚えてるかな?」
「忘れてたなら、お守り見せて思い出させよう!」
三人は、今なおメルトに貰ったお守りを持っている。
流石に戦いの中で壊れてはならないと荷物にしまってあるが、置いて行ったことはほとんどない。
「そうだね……だけど、今は眠いなぁ」
「おうしっかり寝てろ、姉ちゃんと再会した時に心配掛けない為に、全力で休んで元気な姿を見せるぞ!」
「うん、そうだね……それじゃあ寝るね」
「お休み、ヒスイ」
そうして再び眠るヒスイ。
メルトとの再会の日を夢見て、また懐かしい思い出を夢に見る。
(ラックバード、早く狩れるようになりたいなぁ……)
21/7/12
一部描写を変更しました。本筋に影響はありません。




