120 王城の病室
「――施術は終わりました。後は経過を見ながらリハビリを進めて行きます」
王女リトラーシャの指の接合手術が完了した。
接合だけであればもう少し早く行えたのだが、切り落とされた指は毒により汚染されている。
だが切り落とした指を拾い上げた誘拐犯が、わざわざ魔法で状態の悪化を防いでくれたおかげで、こうして解毒作業からの接合にまで漕ぎつけた。
「今、王女様は?」
「眠っています。出来れば付き添うのも今は――」
「分かりました。後はよろしくお願いします」
勇者タケルはそう言って病室を後にした。
病室には手術を終えたリトラーシャと医師達だけを残した。
彼らの治療や経過観察の邪魔になってはならない。
心配ではあるが、専門家に任せるしかない。
(……ひとまずは良しって所かな)
先の誘拐未遂に際し、王女リトラーシャは指輪に仕込まれた自害用の毒を自らに使用した。
その毒は本来は瞬時に体を巡り、指からであっても十秒も経たずに死を迎える事が出来る程の代物であったはずだ。
だが幸か不幸か、誘拐犯によってそれは防がれた。
その手際はそれこそ毒の存在を事前に知り、相手が使う事を前提にして備えていなければ対処出来ないようなものであっただろう。
(情報漏れてるのは問題だけど、そのおかげで死なずに、そして指も失わずにいれる事に関してだけは良かったって思っちゃうのは不謹慎なんだろうなぁ。元々がアイツラのせいだし)」
勇者タケルと王女リトラーシャは婚約関係にある。
もちろん根本には政略的な意味合いが強くあるだろうが、だからと言って利害だけで婚約を受け入れられる程、元一般人の心は極まってない。
少なくともタケルには、その覚悟を決めるだけのきっかけと想いはある。
だからこそなおの事心配になる。
とは言え、医学や治癒魔法に関して素人であるタケルには、本当に心配する事しか出来ないのが少しばかり悔しいところである。
(……その分は、彼女の代理人として仕事で少しでもこなせて行ければってとこか。となると早々にラウルのところに――)
「勇者様」
そうして治療施設を後にしようとしていたタケルに、一人の医師が声を掛ける。
「勇者様、少々お時間よろしいでしょうか?」
「はい大丈夫ですが……王女様に何かあったんでしょうか?」
「あ、いいえそちらの件ではなく……皆様が保護為されていた〔三人の冒険者〕の内の一人が目を覚ましたのでご報告をと」
三人の冒険者。
ロドムダーナで対峙した〔そよ風団〕という冒険者パーティー。
眠ったままであった三人は、ロドムダーナからの帰還に合わせて王城に運ばれ、そのまま経過観察を受けていた。
そんな三人の内の一人が、ようやく目を覚ましたと言う。
「……話がしたいので、案内して貰えますか?」
「分かりました。ではこちらへ」
そうしてタケルが案内されたのは、一般病室の集団部屋。
四つのベットがある中で右側の二人は未だ眠るまま、左の奥は空いており、左手前のベットには一人の男が横たわっていた。
「……うん。ずっと眠っていた割には、意識はハッキリしてるわね」
「俺、目覚めは良いほうなので」
「そうみたいね。それならもう少し話をしてもらっても大丈夫かしらね……貴方と話をしたい人が居るみたいだから」
そう言って問診を行っていた医師が、部屋の入り口で待つタケルを招き寄せる。
「だいぶ安定しているようなので、お話をする許可は出します。ですがまだ目覚めたばかりですので無理はさせないようにしてください。それと異変があればすぐに知らせてください」
「分かりました」
医師達は病室を後にし、未だに眠る二人を除けば、この部屋は二人だけが話をする場が整った。
タケルはベット横の椅子に座る。
「――さて、寝起きで早々に悪いけど聞きたい事もあるんで話をさせて欲しい。大丈夫かい?」
「はい。多分大丈夫だと思います」
「なら良かった。それで、まずは自己紹介だな。俺の名前はタケル。今は勇者の役割を任されている者だ」
「……え、勇者様?」
その単語に反応に、硬直する。
そして直後に動き出すと……
「あ、あの、その、オハツニオメニカカリマス!?俺は…自分は…私はコハクと申します!冒険者です!」
突然の対面に今度は言葉が固くなるコハク。
三人の中で最初に目を覚ましたのは唯一の男のコハクであった。
「…うん、正直固くなるなってほうが難しいのかも知れないけど、普通に話してくれて良いんだよ?別に公の場でもないし、作法や無礼とか全く気にしないから。自分で疲れない話し方をしてくれていいから」
「はい!努力します!」
若干不安も残るが、あまり気にし過ぎても話が進まないのでひとまずは自由にさせてみようと思った。
そうして両者の対話が始まり、〔そよ風団が操られていた経緯〕を確認する事になった。
ここには居ないヤマトも、アロンで別れた後に何があったのかを気にしていたし、勇者パーティーとしても、この王国にとっても、魔人絡みのそこはしっかりハッキリとさせておきたいところである。
そして質問は繰り返されたのだが……
「……結局、根本的な部分は分からずじまいか」
結果として、コハクの記憶を頼りにまとめてみるが、一番肝心なところについては分からずじまいであった。
操られていた期間の記憶が完全に抜けていた。
本人たちの意識としては、その間も眠り続けていた期間として処理されている。
まず、そよ風団は護衛クエストを受けてアロンを出た。
だがその道中で彼の意識と記憶は途絶え、気が付いた時にはこの病室に居たという。
護衛クエストに関してはヤマトの証言もあったため、既に依頼主の商人についての調査が始まっている。
しかし現状はあまり大きな情報は集まっていない。
だからこそ直接接触した三人の持つ情報に期待はしていたのだが……
そう思いきや、有力な情報が一つ出て来た。
「その商人の顔を覚えているんだな?」
「はいバッチリと。こう見えても人の顔を覚えるのは得意なんで」
ハッキリとその商人の顔を覚えているらしく、後で絵の得意な者を呼んで人相書きを用意する事も出来るだろう。
そして何よりまだ情報の希望は残っていた。
「依頼人と一番多く話をしていたのは、俺らのまとめ役のタリサなんです。だから多分三人の中で一番情報を持っているのはタリサだと思います」
今なお眠る女性陣の内の一人。
このパーティーのリーダーであるタリサ。
彼女が依頼における交渉窓口であったなら、確かにその商人に関する何かしらの情報を手にしている可能性もあるだろう。
だが今はまだ眠るまま。
ひとまず今のところは、人相書きが手に入るだけ良しとなるだろう。
「……ありがとう。ひとまず今聞きたい事は聞き終わったかな?後で人相書きの手伝いと、また話を聞く事になるかも知れないけど、協力して貰えると助かる」
「あ、はい。それは勿論です!勿論何ですけど……今度は俺から質問してもいいですか?」
「ん?良いけど、何を聞きたいんだ?」
「えっと……ここは何処で、俺らは何でこの場所に居るんですか?そこをまだ聞いてなかったんですけど」
問診する医者も、タケルも、そこに付いて全く触れてなかった。
特段秘密にする必要も無い為、タケルは素直に答える。
「ここは王都、王城の中にある医務室、病室の一部屋だな」
「王都……王城!?」
一般人には生涯無縁とも言える王城の中。
いまそこに自分が居る事を知り、驚きと共に周囲をキョロキョロと見渡すコハク。
「すげぇ……俺いま王城の中にいるんだ……自慢できる!」
「ん…流石に病室は自慢にならないんじゃないのか?」
「王城なら、牢屋以外は何処でも自慢になりますよ。少なくともうちの実家のある町なら……そうだ!」
そこで何かをひらめいた様子のコハク。
少し悩んだのち、そのお願いを口に出す。
「あの、勇者様。実はお願いがありまして……」
「ん?とりあえず言ってみてくれないと何とも言えないかな?」
「駄目なら断ってくれて良いんですけど、ここが王城なら、会いたい人が居るんです」




