117 後始末
「――そうか、王城に戻って来てたんだったな」
王城にある自室の、見覚えのある天井を見つめながら勇者タケルは呟く。
「二時間……まぁこれだけ寝てれば大丈夫か」
ベットから起き上がり、いつものように着替えを済ませるタケル。
そして部屋の扉を開け廊下に出ると、まだ夜明け前と言うのに城の中はあちらこちらから声が聞こえてくる。
「昨日の今日じゃ仕方ないか」
魔王軍による二度目の蹂躙を受けた王都王城。
それからまだ半日も経っていないのだから、落ち着きを取り戻すと言うのも無理な話だ。
「――タケル!」
そんな城の様子を感じ取っていたタケルのもとに、従者を連れた第三王子のラウルが姿を現した。
その身なりは普段の動きやすさ重視の戦闘服ではなく、ラントス王子らも着ていた政務用の正装を纏っていた。
「お疲れラウル。こっちに来たって事は、何か話があるのか?」
「あぁ、と言っても現状の報告が殆どだけど、余所では話せない話があるから出来れば部屋に入れて貰ってもいいか?」
「もちろん」
タケルは再び部屋に舞い戻り、その部屋にラウルを招き入れる。
「廊下で待機してくれ」
「畏まりました」
ラウルの従者はそのまま廊下に残り、扉を閉めたこの部屋にはタケルとラウルの二人だけとなった。
「……はぁ。やっと落ち着ける」
二人きりになった途端に、椅子にドカッと座り込みだらけるラウル。
ビシっとした服も乱し、正直隙だらけでもある。
「水とお茶とジュースと――」
「水で頼む。キンキンに冷えたやつを」
ご希望通りの冷たい水を差し出すタケル。
ラウルはそれを一気に飲み干す。
「はぁ……生き返る」
「随分お疲れの様子だな」
「そりゃそうだろ。ほぼお飾りの居るだけ置物王子とは言え、そもそも俺が政務に関わらなきゃいけないって状況がほぼ末期なんだから疲れない訳がない」
政治絡みがまるっきし才能無し、その上で武術に極まった素質を見い出され、『政治はしなくて良いから武術だけ極めてこい』とばかりに親子両者合意の下で王位継承権を返上し、武人の道に進みだしたラウル王子。
それが今更、従者の過度なお守り付きとは言え駆り出されていればくたくたになるのも仕方がない事だ。
「その服、案外似合ってるけどな」
「そりゃ見た目だけは兄上達とも同じ血筋の顔な以上はそれなりには合うだろうよ。だけど風格の類はからっきしだ」
「そもそもほぼ新品同様な時点で、どれだけその服を着てなかったんだよって感じだけどな」
「実際成長に合わせて仕立て直した品が届いた時に試しに着て以来だけどな」
ラウルの現在纏っている服装は、王族として政務に携わる際に着る制服のようなものだ。
式典用の服は別にあり、本当に政務にしか着る事の無い服の為、ラウル王子には最も縁遠い服であり正にタンスの肥やしになっていた代物だ。
「しかも、会う奴ら誰もが大なり小なり疑いの目で見て来るんだぜ?その視線だけでもううんざりだ」
「あー……敵がラントス王子に化けてたって話、もう広まってるの?」
「むしろ外はともかく内部には広めざるを得ない状況だったんだよ。あの偽兄上がどこまで何をしていたかも把握しないといけない訳だし。敵が王族の権力を振るってたって話だけで大惨事だぞ?」
敵はラントス王子に擬態していた。
タケル達も含め、誰もその擬態に気付く事が出来ずに、偽王子はその権力をある程度好きに振るえる立場に居続けた。
その為、各方面では一度目の王都襲撃以降の全ての記録を洗い出し、偽王子が関わるもの全ての内容を精査しなければならなくなった。
それだけでも相当な話な上に、『もしやラウル王子も偽物なのでは?』と言う不安までが周りには過っている。
誰かに会う度にその視線に晒されたラウルの疲労は、正直当然と言えば当然だろう。
「ちなみに偽物疑惑は晴らして来たんだろ?」
「当たり前だ。そうでなきゃ話が進まない。式典なんかでしか使用しない王族専用の魔法具何かを部屋に備えて、求められる度にそれを扱える事で証明して来た」
「相手方が敵の変装の可能性は?」
「単純な変装なら既存の策で簡単に見破れる。あの魔人相当の擬態となると……正直どうしようもないな。あの色欲の魔人の言っていた『あの規模の擬態が出来るのは魔王軍の中でもジェイル一人だけ』という話を信じるしかない」
タケルとラウルが裏技で王都へと帰還するきっかけになった情報をもたらした〔亡命者〕である魔人アデモス。
そのきっかけの情報が真実であった以上は、『一人だけ』という情報も真実であると信じたいところである。
「ちなみに俺の本人確認は良いのか?」
「とっくにしてるよ。その聖剣は勇者にとっての絶対の本人証明だからな。聖剣が本物である以上、それを携えるタケル自身は疑う余地も無い」
例え《鑑定眼》を持たぬ者であっても、経験と知識で物事の本質を見抜く事は可能だ。
特に勇者の聖剣は、七つの神域宝具の中でも特別に存在感を秘匿せずにむしろ強調された〔旗印〕のような代物だ。
素人ならともかく、一流の武芸者であればその真贋を間違うことは無い。
その上でこれも神域宝具の中で唯一のギミックである〔勇者の専用装備〕な聖剣。
他の宝具が条件さえ満たせば複数の者が扱える可能性を持つのに対し、女神と言う例外を除いて勇者だけが扱える宝具。
つまりは聖剣の真贋を見抜けるラウルにとっては、目の前の勇者が本物である事は本当に疑う余地が無いのである。
「と、あんまりまったりもしてられないし、そろそろ真面目な話をするとしますか」
そう言いラウルは体勢を直し、更に真面目な話が始まった。
「まず最初に兄上達の安否でも……ラントスは命に別状は無いがまだ目覚めていない。リトラーシャは目は覚ましたが、指の接合がまだ終わってないから当分は治療室から出れない……まぁそんな訳で、もうしばらくは俺が担ぎ出される状況が続く訳だ」
今更ラウルが王族として政務に引っ張り込まれた理由。
単純な話、他に政務が出来る王子・王女が居ない状況だからだ。
第一王子は未だ遠方で、賢者シフルの保護の下。
第二王子は意識不明。
唯一の王女は治療中。
動ける者がラウルしか居ない以上、どれだけ政務に疎くとも〔王族〕の肩書を振るえるだけマシなのだ。
「……それでな、実は本題である勇者パーティーのほうの話以外にも、タケルにお願いしたい事があって直接ここに来たんだ」
「俺に出来る事なら何でもするけど……とりあえず内容を聞かせてくれないか?」
「ああ。公表が延期になっていた〔王女との婚約〕の話を、今すぐにでも公表させて欲しい」
世間への公表が先延ばしになっていた婚約話。
それをこのタイミングで公表したいと言う。
「いや全然問題は無いけど、何故今なの?」
「タケルを正式に〔王女の婚約者〕として触れ回る事が出来れば、〔負傷した王女の政務代行者〕としてタケルを指名する事が出来るようになるんだそうだ。つまりはタケルに代理人としての権限を与えて、王族の仕事を少しでも手伝って欲しいって話だな。もちろん政務の代行者としてタケルに与えられる権限は一部だけだが、居ると居ないとでは大違いな状況らしい」
つまり簡潔に纏めると、必要な権限は与えるから人手が足らないので手伝って欲しいと言う事だ。
「……俺に政務とか無理だぞ?」
「俺と同じだよ。基本は部下や従者任せ。大事なとこだけそいつらの指示に従って判子でも押してれば良いんだ」
タケル達に要求されるのは最終決定や許可の判子押し。
権限や地位の無いものには任せられるものでは無い役割だ。
「……分かった。やらせて貰うよ」
タケルの返事を聞き、その内容をすぐさま伝信でどこぞへ伝えるラウル。
「助かる。これで少しは負担が減る……とまぁ了承を得たところで、今はタケルに仕事して貰うための準備をしている最中だから、今の内に勇者パーティーのほうの話を済ませよう」




