113 外の視線
「――なあロンダート。これって噂のゴーレム馬車ってやつだよな?」
「そうですね、アイドムさん」
聖域組の旅路。
冒険者として護衛依頼を受けた三人の男達は、勇者一行の乗る馬車として話題になっていたゴーレムの曳く馬車に乗っていた。
護衛対象の女性陣は馬車の中。
護衛である自分達は、シトラスは後方の見張り場に座り、ロンダートとアイドムは前方の、本来は馬を指揮する御者の定位置に座っていた。
「本当に自動で動いてるんだな」
彼らは一切手綱を握っていない。
この馬車はゴーレムによる自動操縦で進んでいる。
「完全な自動では無いようですけどね。多少の分岐は自動判断しているみたいですけど、本当に大事な所は使用者の判断を伺うみたいですから」
「それでもこれは常識外れだけどな。流石は勇者様の馬車だ。守秘義務が無ければいい土産話になるのにな」
「勇者様は乗ってないですけどね」
勇者様の乗る馬車として有名なゴーレム馬車。
その噂の代物に、自分が乗っている事でおっさんがてらにアイドムは少しはしゃいでいるようだ。
「それにしても、〔巫女様の護衛依頼〕なんて仕事が、良くまぁ冒険者に回って来たもんだな。そりゃいい話が来たらこっちの都合気にせず誘えとは言ってあったけど……何処でそんなコネを作って来たんだ?」
「作ったつもりも無かったですし、出来れば関わり持ちたく無かったですけどね……」
アイドムとシトラスの二人をこの依頼に誘った張本人であるロンダート。
だがその張本人はイマイチ乗り気では無かった。
当然引き受けた以上は全力を尽くすつもりだが、その依頼のされ方と、自身の失態に嘆きを覚えていた。
「――勿論私たちも、貴方の裏の顔を知っています」
依頼者との対面の日。
予想していた依頼主の青年の姿はそこには無く、依頼書に連名で書かれていた彼の妹と名乗る少女と、まさかの巫女様の姿がそこにはあった。
〈鎧の人へ、杖無しより〉
依頼書の備考欄に書かれていたメッセージで、〔杖無し〕が示すのがバルトルの騒動にて共闘した青年である事、そしてその青年には〔鎧の中身〕が自分である事がばれていると悟った。
その為、早急に話を聞くために翌日の朝にはこうして対面する事になったのだが――。
「お兄ちゃんは所用で王都を離れました。なのでこの依頼の主導は連名で書かせて頂いた私になります」
それ自体は問題ない。
ティアと名乗る少女の名前も既に依頼書に書かれた状態で受理されている。
だが問題は、この二人も義賊の〔鎧の中身〕が自分であると言う事を知っている事だ。
「……捕まえに来た訳ではないですよね?」
「勿論違います。それが目的ならとっくに片が付いてます」
義賊は当然犯罪者。
もしもこの依頼がその捕り物としての罠であるなら、存分に回りくどい。
本物の巫女様も絡んできている以上、本気で捕まえるなら早々に兵士たちの出番となり、とっくのとうに自分の裏の顔は表に晒されているだろう。。
そうしないのは、彼女らの本題がこの依頼にあるからだろう。
「……依頼を受けなければ全て公にすると言う事ですか?」
「現状は証拠らしい証拠も揃っている訳ではないのでそのつもりは今のところは無いですが、依頼を受けて頂けるのであれば秘密を秘密のままにするというお約束はさせていただきます」
「……わかりました。ではその件も含め、依頼内容についての確認とご相談をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そうして色々と話を詰め、すぐに連絡の取れたアイドム・シトラスを巻き込み…もとい加えた三人で受ける形になった。
「まぁ何にせよ、俺とシトラスにとっても久々の稼ぎ時だ。誘ってくれて助かったよ」
「誘っておいて何ですけど、こんな急で良く来れましたね。サブマスの仕事はどうしたんですか?」
「シトラスは元々今は趣味の傍らで冒険者だからな、基本的に呼べば来るくらいの時間の余裕はある。俺の方はまぁ……この前のゴタゴタで予定がずれて消化できずに溜まっていた有給を無理矢理捻じ込んでな?」
どうやらアイドムは報酬金額の高さに釣られて、諸々の仕事を押し付けてやって来たようだ。
ゴタゴタと言うのは王都の襲撃の件だろうか。
とりあえずギルド側も一段落している今、『有給を取る』と言われれば断れないだろうが、昨日の今日でとなれば仕事の引き継ぎなどで多少苦労する事になっただろう。
主に引き継ぐ側が。
「というか、有給で足りる程休みが残ってたんですか?」
「………」
「あ、大体分かったので返事はいいです」
それまでに帰って来れなかったらそのまま無断欠勤と。
本当にこの人にサブマスターを任せて良かったのだろうか王都ギルドは?
「……ロンダート。二時の方角だ」
そんな会話の最中、アイドムが仕事モードに切り替わった。
彼の指示する方角を〔遠見の道具〕で確認する。
すると進行方向のそこには魔物の姿があった。
リンリン――
馬車の中に異常を知らせる。
するとすぐさま馬車が停車する。
そして巫女様が姿を現す。
「進行方向二時に魔物確認」
「――向こうですね。この距離なら……メルトさん!」
巫女様が呼ぶと、中から大弓を持った女性が姿を現す。
「狙えますか?」
「……行けると思います」
そしてすぐさま大弓を構える。
「この距離で――」
ロンダートが疑問を問いきる前に、その大弓から矢は放たれた。
「……当たりました。倒せたと思います」
ロンダート達はすぐさま〔遠見の道具〕で確認する。
すると確かに、目標の魔物が倒れているように見える。
「馬車を動かします。討伐確認が出来るまではゆっくりと行きますので、仕損じていた場合はお願いします」
「分かりました」
そして二人は荷馬車の中に戻り、再び馬車が動き出す。
護衛の三人はゆっくりと目標に近づく間、勿論警戒を強めていたが……
「頭部に直撃、一撃か」
その魔物の死骸を確認し、安堵よりもその弓の腕に驚くしかなかった。
「……やっぱり少しズレましたね。修正しないと」
そう大弓使いの女性が呟く事で、驚きを深める事になる。
後に聞けば新しい弓の慣らしの一撃であったと言う。
それでこの距離・精度・威力なのだから本当に驚くしかない。
「解体が面倒なので素材は回収しません。〔スライム寄せ〕は蒔いたので出発しましょう」
そして再び馬車は走り出す。
「……皆さんの所にいた弓使いさんって、今の芸当出来ますか?」
「いや、無理だな。威力的には問題ないと思うが、流石にあの距離であの命中精度は出せなかったはずだ」
「あれでまだ満足いってないみたいですね」
「世界は広いなぁ……」
「ですね……」
その後、明らかに素人に見えていた黒髪の少女が投げた石のような何が起こした魔法使い顔負けの高威力の爆発・攻撃魔法にも驚き、依頼主の妹が当たり前のように幻の《次元収納》を披露する場面にも遭遇し、巫女の地位にある少女と、明らかに体の使い方が素人では無い付き人も含め、護衛対象の五人全てが何かしらに常識外れな存在である事を理解させられる事になった。




