110 協力
「――ここは厳しいな。ひとまず無事な物は全て下に移そう。……いつも通り足りない機材の手配を頼む」
「畏まりました。お客様の御要望とあらば日用品から死体まで幅広く、そして迅速に揃えさせて頂きます」
ヤマト達が逃げ去った後の塔の実験場。
外壁と設備が破壊されたその場所で、フール・ラットの二人とは別に、もう一人の男の姿があった。
だが男は人神教でも、エルフでも無い。
彼らを支援する、ただの商人であった。
「ついでおまけと言う訳ではございませんが情報をお一つ。――つい先ほど、精霊界が完全に閉じてしまったようです」
「……それは事実か?」
「商人として、お客様に提供する情報は正しいもののみをお伝えさせて頂いております」
ようやく実践に至り、そして成功した精霊を掠め取る手法。
精霊界が閉じたと言うのなら、今回のような転移に横槍を入れる方法での素材集めは使う意味が無くなる。
この情報は悪い知らせだ。
「……逃げた奴らは?」
「見失いました」
「人員を集めて里中を探させろ。居場所の分かっている、里の中に居ると分かっている二匹を何としても捕まえろ」
「分かりました、すぐに支持を出します」
そうして逃げたヤマト達を追う捜索隊が結成される。
「――お帰り先輩。首尾はどうですか?」
「ただいま後輩君。大丈夫、バッチリ抜け道隠し道まで全部覚えて来た」
精霊組一行がこの里へとやって来てから数日が経過した。
その間、ヤマト達は追手から潜んで暮らしながら、来るべきその時の為の準備を進めていた。
「後輩君の方はどうだった?」
「〔ルト〕に色々と見せて貰って来たけど、やっぱり何処からも里の外には出れない。里の外との出入りは本当に全部正門だけ。その正門も張ってる戦力が戦力だけに厳しいかなぁ」
「そう……それで、そのルトは?」
「エルフのお仲間から連絡が来て出て行ったけど……そうだ先輩。トールも起きましたよ」
「それは最初に言うー。隣?」
「はい。アリアも付いて……速いなぁ」
ヤマトの言葉も待たずにすぐさま隣の部屋へと突貫するピピ。
そして隣の部屋からは騒ぎ声が聞こえ出した。
――あの日、精霊界を後にして向かった本来の出口からこの里の、あの塔の実験場へと強制転移させられたヤマト達。
乱入者である〔ルト〕の助力によりその場から脱出し、辿り着いた先がこの隠れ家であった。
(……〔エルフの里〕か。経緯はどうであれ、目的地にショートカット出来たのは不幸中の幸いなのかな?)
今居るこの場所こそが、精霊組と聖域組の合流地点であり、聖域組の目的地。
つまりはヤマトとティアの求める、女神を救う為に必要な〔四つの鍵〕の最後の一つである〔聖域〕の存在する場所が、今居るこの〔エルフの里〕である。
だがその場所は、今現在騒動の真っ只中にあった。
(里の中のエルフ同士で争い……人神教も余計な事を……)
里のエルフ達は、外から介入してきた人神教のささやきにより、二つの勢力に分かたれていた。
片や今まで通りの〔精霊信仰〕を説く〔主流派〕。
もう片方は、人神教に不安を煽られた結果それまでの信仰から転じて『精霊を利用して身を守る術としよう』と言うささやきに乗った〔変革派〕とも言うべき一派。
後者は最初こそ異端であったが、人神教の静かな普及活動により、今では里の四割程のエルフが鞍替えしている。
(根幹は魔王軍の存在と、異変が起きつつある世界への不安と恐怖、それに対する自己防衛か。そりゃ自分達の身を守る為だって言われれば唆されても仕方ないのかな?誰もが信仰に命を懸けている訳ではないし)
現状はまだ表立った争いこそ無いが、エルフ達の動き次第ではこの里も内紛の場となりかねない状況のようだ。
そしてヤマト達にとって本題。
一番に問題となっているのが、目指した〔聖域〕の主導権を〔変革派〕に抑えられている事だ。
〔聖域〕の存在するこの里を守る為に貼られた《聖域結界》。
その〔管理権限〕を持った〔聖域の番人〕とも言える一部のエルフが〔変革派〕側に付いてしまった。
彼らはその権限により《聖域結界》を最大稼働させ、その結果正門以外からの出入りが完全に遮断されている。
そして唯一の出入り口である正門には《白騎士ゴーレム》を含んだ相当な戦力が配され、何よりもヤマト達一行はお尋ね者として里の中に指名手配されている身である。
その上で同じく《聖域結界》により、通信や転移までも阻害される。
システムが女神様関連の〔聖域〕の守りだけに、《王都結界》も超えられた〔転移結晶〕も機能しない。
(正門から無理矢理強行突破も出来なくはないのだろうけど……一度出たら再度入るのが大変だよな)
目指すべき《聖域》はむしろ目の前。
ティア達、聖域組とは連絡は取れなくとも、こちらに向かっているのは確実。
今ここで悪戯にエルフ達を刺激すれば騒動が大きくなり、その来訪と本命の目的に支障をきたす可能性がある。
だからこそ、機を待ちここぞを見極める為、ヤマト達はルトに案内されたこの隠れ家で潜んで過ごしている。
もちろんそれなりの準備は進めながら。
「――ただいま。ヤマト、試作品が出来たから早速試して欲しい」
この場へと帰還したルトが、そう言ってヤマトに一つの〔腕輪〕を渡してくる。
ヤマトはものを確認し、その腕輪を身に着ける。
「……完全ではないけど、ちゃんと効果は出てますね。俺が最初で良いんですか?」
「僕らよりも、君の方がその腕輪で得られるものが大きいからね。遠慮せずに使っていいよ」
「助かります」
ヤマトが手にした【抗結界の腕輪】。
まだまだ完全では無いが、《聖域結界》による妨害を緩和する事が出来る試作品だ。
流石に完全に無効には出来ないが、この腕輪のおかげで本当に近距離であれば《短距離転移》を始めとした転移や通信も使えるようになった。
エルフの研究技術様々だ。
「それじゃあ僕はトールに会いに行ってくるよ。久しぶりの再会だ」
「はい。ありがとうございました」
そしてルトも隣の部屋へと向かった。
ヤマト達を助けてくれた彼は【ルト(雷の上位精霊)】。
現在存在している上位精霊の最後の一人であり、トールの生みの親とも言える存在だ。
精霊界から居なくなった経緯も、ルトと離れた経緯もまだ聞けてはいない。
だがそんな彼が今歩む道が、〔人神教〕と敵対し、彼らを排除する道。
(まぁ精霊の天敵みたいな組織だし、それも仕方ないのかな)
昔は勿論、今の時代でもなお精霊を迫害し続けている〔人神教〕の脅威から精霊たちを守り、その組織そのものを潰す為に活動しているルト。
彼がこの里に流れ着いたのも、〔人神教〕の活動を追っての事だったという。
エルフ同士の内紛そのものには興味ないが、そこに人神教が絡み、更には精霊の軍事利用が挙げられている以上は、精霊を守る為に活動しているルトにとっては見過ごせない事態。
だからこそ今、彼は利害の一致により主流派のエルフ達と共闘関係にあると言う。
この隠れ家もその伝手で用意されたものであり、つまりヤマト達も流れの中で主流派の支援を受けたようなものだ。
(……まぁ四人だけで、見知らぬ場所で第三勢力を気取るよりも、どちらかと繋がりを持っていた方が動きやすいのは確かだな。幸いにして主流派は現状は真っ当な訳だし)
それぞれ目的は異なる。
主流派エルフは〔反逆者の改心もしくは撃破制圧〕〔信仰対象である精霊様の守護〕。
精霊ルトは〔人神教の排除〕〔精霊の守護〕。
そして身内に精霊を抱えるヤマト達は〔聖域の奪還〕〔精霊の守護〕。
真に優先すべき事は違えど、そこには共通項目があり協力し合う意志もある。
「ヤマト、エルフが手伝ってほしい事があるって」
「分かった、すぐ行く」
協力し合える事は協力する。
――そして待つ。
この場へと向かう上司達の到着を。
その時に出来うる限り彼女たちに危害を加えられない様に、下準備を整える。




