109 精霊の宿敵
「――ここは?」
精霊界から人界への転移。
帰還を実行したヤマト達は、何者かの干渉により、目的地とは異なる場所へと出現する事になった。
床に大規模な《魔法陣》の刻まれた空間。
その周囲を白い鎧の置物……いや、《白騎士ゴーレム》が包囲している。
「……アリア!先輩!トール!」
自身と同じように、床に伏せていた三人の姿を視界に収め、その安否を確認する。
「……後輩君?」
ピピが呼び声に反応し目を覚ます。
だが二人の精霊からの反応は無い。
「―――たった二匹か。だがなぁ成功しただけマシと思おう」
声の主。
その場へと姿を現した二人の男。
彼らはヤマト達を上から見下ろす。
「〔捕獲装置〕は無事に機能したようですね。《聖域結界》との接続も問題なし」
「試作機の完成、そして起動させてから僅か数日で捕捉、そして実際に捕獲するとは、随分と運の良いことだが……あの不純物は何だ?」
ヤマトとピピに視線を移す、見た目はアラフォーに見える白衣のおっさん。
【フール(人族:精霊研究者/神官)】。
そしてそのおっさんの隣の、どうやら立ち位置から部下のようなエルフの男。
【ラット(エルフ族:精霊研究者/魔法使い)】。
この二人こそ横槍の張本人であるようだ。
「何故精霊ではない者が二人も紛れ込む?」
「行動を共にしていたからかと……契約者である可能性がありますね」
「成程、事実なら良い標本になりそうだ」
そう語る二人の会話・動向を意識しながら、ヤマトはこの場からの脱出の為に思考を巡らせていた。
(……《短距離転移》が使えない。転移阻害?そうなると……え、〔転移結晶〕も働いてない?)
脱出事に対する切り札である最後の〔転移結晶〕。
《王都結界》すらも飛び越えたその石は、この場においてはその機能を発揮できないようだ。
(……《聖域結界》?)
男たちの会話にあった《聖域結界》という単語。
それが本当にヤマトの心当たりのものであれば、今この場所は――
「はあああああああ!!!」
そんな中で、ただ一人ピピが大声を上げながら駆け出してゆく。
その視線の先には二人の男。
標的に辿り着くために、まずは周囲のゴーレムに向かって行ったのだが……接敵する直前に、ピピは見えない壁に弾かれる。
「くうッ!」
「荒々しい者が混じっているが、その《捕縛結界》から逃れられると思うなよ?」
ヤマト達を捉えている《捕縛結界》。
ゴーレムはあくまでも備え。
その強固で厄介な付属効果の付いた結界が、ヤマト達の行動を邪魔する。
「先輩!」
「……あいつらの右胸。あの紋様は〔人神教〕の……精霊の敵の証!そして仇の!」
〔人神教〕。
この世界において最大宗派となる〔女神教〕から破門・追放された派閥が前身となった集団。
『人こそ世界の頂点に立つに相応しい』と言う考え・教えの下で、神獣や精霊を始めとした、いわば人よりも高位な存在とされる種族を目の敵にし続けている邪教。
〔精霊界〕と言う迫害からの逃げ場が生まれたきっかけを作った集団の意志を継いでしまった者達。
――精霊術師であるヤマトやピピにとっても出会いたくは無かった存在ではあるが、ピピの反応が些か過剰で、冷静さを欠いているようにも見える。
「仇……どうやらそっちの娘は、同胞の誰かしらと面識があるようだな」
誰の仇かは分からない。
恐らくピピは人神教に対して、個人的な恨みがあるのだろう。
だが今は、その感情のままに動く状況ではない。
「先輩。落ち着いてください」
「アイツらは絶対に――!」
「それでも!落ち着いてください。今はトール達の安否を優先してください」
いまだ目を覚まさないアリアとトール。
ここまで来れば、この場の結界や魔法が何か悪さをしているという予想は付くだろう。
今優先すべきは二人の安全。
「トール……ごめん後輩君。頑張って落ち着く」
「つまらないな。暴れてくれれば諸々の計測が捗ったものを――」
『どうやら君は相変わらずのようだね』
その男の言葉を遮り、この空間に響いてきた声。
フールが真っ先にその目で姿を捉え、その視線を追う事でヤマト達もその姿を視界に収めた。
「チッ。まさかこんな場所にまで入り込んでくるとはな。守護者を気取って楽しいか?」
『特に楽しくは無いかな?廃業出来るものなら早く辞めたいけど、君らが同胞を蝕む限りは辞められないんだよね』
ローブで顔も身を隠したままの誰か。
だが一瞬だけ見えた顔と、《鑑定眼》による表記情報は、彼に対する警戒心を多少なりとも緩めるには充分であった。
「《白騎士》どもよ、奴を捕まえろ!」
『悪いけど、今は彼らを優先させて貰うね』
ヤマト達を包囲していたゴーレム達が、一斉に乱入者目掛けて駆け出した。
だがその乱入者は、そんなものには一切目もくれずに飛び上がった。
『目を閉じて!《極雷》!!』
宙から放つ雷が、ヤマト達を捉える結界に直撃する。
だが結界は、ビクともしない。
「無駄だ!その結界は《聖域結界》を派生させて――」
『なら装置を壊せばいいね』
乱入者は宙に浮いたまま、更なる攻撃を加えて行く。
『《雷の乱舞》』
数本の雷が、この空間中を無秩序に暴れまわる。
男達やゴーレムは勿論、その場に存在する何かしらの装置までも、高出力の雷に晒された。
「フール様!無事ですか!?」
「……あぁ、助かったぞラット」
魔法使いの部下に守られたフールは無事。
ゴーレム達もどうやら相当に耐性が強いようで、無傷では無いが撃破にまでは至っていない。
だが周囲の装置は別のようだ。
「結界が消えた!」
ヤマト達は《捕縛結界》から解放された。
だがアリア達は目を覚まさず、《転移》もいまだ使えない。
「アリア!……まだ駄目か。転移も」
『精霊への干渉は消えたから、しばらくすれば自然と目を覚ますよ。だけど転移は別口だから無理。とにかく今は逃げるの優先で行こう』
乱入者がヤマト達の側に着地する。
そして道を指し示す。
『――《極雷の龍》』
示した先の壁が破壊される。
そして大穴の先に姿を現したのは外の風景。
『ここから出よう。その子達を抱えて付いてきて』
駆け出す乱入者。
ヤマト達を作り出した外への出口へと誘導する。
「先輩!」
「りょーかい!」
ヤマトはアリアを抱え、ピピはトールを背負って駆け出す。
目指すは穴の外。
乱入者の後を追っていく。
「逃がすな!」
その後を、再び動き出したゴーレム達が追ってくる。
更に魔法使いの男が魔法を放ってくる。
「止まれ!《風斬乱舞》!!」
「――《暴風乱舞》!!」
殿へと下がったヤマト。
防御で敵の攻撃を防ぐのでは無く、より強い攻撃で相手の攻撃を打ち砕く。
遠慮も一切無しに、向かってくるゴーレムも一纏めに吹き飛ばす。
『やるね。それじゃあ飛ぶよ!』
外へと飛び出た乱入者の姿が消えた。
否、落ちて行った。
――ここはとある塔の中。
階層としては二十階くらいの位置であろう。
その壁に穴を空け、外へと出るとなれば必然として、地面に向けて落下していく事になるだろう。
「後輩君!?」
流石の高さに二の足を踏むピピ。
いくら忍者っぽくとも、流石にこの高さは難しいものがある。
「……任せてください!」
「分かった!任せる!!」
ピピを追い抜き一足先に飛び出したヤマトに、トールを抱えたピピが飛びついてきた。
そして四人はそのまま落下していく。
(まずはとにかくあの場所から距離を取るために自由落下。減速のタイミングを見極めて……後はやる事は王城の時と同じだ)
王城からの降下脱出。
あれよりも随分と高さはあるが、結局やるべき事は同じ。
安全無事に全員を着地させるだけだ。
「あれ?待ってこれ、やっぱこ…ひゃああーーー!?」
「舌噛みますから黙っててください!」
ピピが珍しい声を上げながら、ヤマト達は地面を目指した。




