108 使い魔の眠る間に
「流石にとんでもない大きさになったわね」
ヤマト達の眠る間。
かき集められた力の集合体である、湖の底にとても大きな〔精霊結晶〕が沈んでいる。
後に起床したヤマトには、まるで隕石として飛来しこの湖を形作った張本人の様にも見えたようだ。
「それで……こっちは随分ちっこくなっちゃったわね」
「ちっこいって言うのは止めて貰えませんか?ひとまず人型を維持出来てるだけマシではありませんか?」
ゆっくりとアリアのもとへとやって来る子供。
元精霊女王のアクエリア。
力を大量に消耗したために、その姿も子供並みに縮んでいしまっていた。
「精霊王達は?」
「そのままお仕事に向かいました。ヤマトさん達によろしくと、礼も伝えてくれとの事でした」
挨拶も様子見も無く、そのまま姿を消した上位精霊達。
彼らにはやるべき事があるゆえに、それも仕方のない事だ。
礼節も大事ではあるが、最優先すべきは精霊界の問題だ。
「そう言えば〔加護〕は?」
「ちゃんと更新されてますよ。流石にそれは忘れませんよ」
精霊王が引き継がれた事で、必然ヤマトの持つ〔精霊王の加護〕の繋ぎ先も変わる。
ヤマトの持つ加護は、今はファイリアに繋がっている。
「……始まりましたね」
精霊界の空が、一瞬で夜に切り替わる。
「これ、もう出れないって事はないわよね?」
「大丈夫ですよ。閉じるのはもう少し先ですから」
「……なんとかなるの?」
「素材は充分。後は扱う側の頑張りの問題ですね。完全に閉じれば負担も減りますから何とかなると思いますよ?」
微かに不安は残りつつも、女神の助力の無いなかでより延命する為に取れる最大の手段ではある。
「……思えば私って、精霊界よりも人界のほうが長いのよね」
「そうですね。向こうはどうですか?」
「向こうねぇ……――」
ちょっとした世間話。
ヤマト達の眠る間に、ゴタゴタでそんな余裕も無かった時間。
見た目こそ妹と姉のようではあるが、立場上は帰郷し再会した親子のような会話が続いた。
「そう言えば、ファイリアは外で何をしてたの?」
「それが話してくれないんですよね。今は仕事の邪魔になりますし、世界が落ち着いたらみんなで問い詰めようかと思います」
「そうね。こっちもトールにルトの事を聞いておこうかしらね。ちゃんと生きてるのかしらね?」
「どうでしょうかね……」
異様な形で出戻ったネスは、大雑把ではあったが自分語りをした。
だがそれと共に戻ったファイリアには、これまでに何があったのか全く分からない。
そしていつの間にやら分化し、トールを生み出していたルト。
彼もまた今どこに居るか、生きているかも分からない。
「……上位精霊って自由過ぎない?」
「まぁ何かしらの縛りがある訳ではないですからね。精霊界に居るも出るも自由。あくまで精霊王は精霊界に残る者達の守護者ですから。いわば放任主義?」
「イアスとサンは全く出る様子無いみたいだけどね」
残る上位精霊で、唯一精霊界を出た事が無いイアスとサン。
イアスには〔精霊王を補佐する〕という自身の掲げた大義があり、サンには〔下位精霊のまとめ役〕のような役目がいつの間にか付いていた。
ゆえに出るに出れない状況でもある。
「……起きるみたいね」
「ヤマトさんですか?」
「そう。最近は随分と早起きなのよね」
「ヤマトさんは朝が弱いのですか?」
「全然。ただ、無茶をして起きれない状況になる事が今まで何度かあっただけ」
「あぁ、皮肉でしたか」
多分ヤマトは今後も言われる事になるだろう皮肉。
結局は心配の裏返しでもある。
「ヤマトさんの事、気に入ってるのですね」
「どうなのかしらね?生まれてそんなに経ってないし、契約も初めてで人付き合いも少ないから比較参考にする例が限られてるのよね。けど放って置けないのは事実かしらね?一緒でも無茶をするのに、一人にしたらもっと無茶しそうだし」
「保護者ですか?」
「かもね。それじゃあ様子を見て来るわ」
そしてアリアはヤマトのもとへと駆け寄って行った。
その後姿を眺めつつ、アクエリアの視線は別へと移る。
「人と契約を交わすと、良くも悪くも大きな影響を受けますね」
氷漬けのネスを見つめる。
契約者に起きた不幸を嘆いたネス。
恐らく、彼らもその不幸さえ起きなければ――
たらればゆえに考えても仕方のない事だが。
「……さて、とりあえず行きますか」
その見た目には不釣り合いな光景。
氷漬けのネスを抱え挙げ、何処かへと持っていくアクエリア。
「うーん。折角ですから彼女達の洞窟に置いておきましょうかね。鍵かけるのも簡単ですし」
光の精霊の洞窟。
光の力が微かに残るあの場所ならば、ネスの持つネクロマンサー、そして〔死〕の力を抑える事も出来るかも知れない。
「……全く、自分の取り込んだ力に蝕まれてたら世話無いですね。余生がどうとか未練がどうとか、割り切ってないでちゃんと足掻いて、その力をしっかり御して見せなさいよ。その為の手伝いならいくらでもしてあげますから」
そのまま二人の姿は、森の中へと消えて行った。
「起きたー」
「おきたー」
それからしばらくして、ピピとトールも目を覚ました。
「それじゃあ帰るから準備して」
「もう?」
「長居すると帰れなくなるわよ」
精霊界の手助けは出来た。
状況も確認し、残りはヤマト達の手を必要としない作業。
そもそもが時間稼ぎと燃料タンクでしかなかった気もするが、それも必要と無くなった以上は次に進む必要がある。
ヤマト達にはまだやるべき事がある。
〔聖域〕を目指し、女神達との合流。
そして女神を救い、世界を救う。
その手助けをする。
……だがこのまま精霊界に居続ければ、閉じ込められて帰る事が出来なくなる。
「完全閉鎖で籠城作戦。外界とのやり取り遮断して引き籠って節約と処理軽減……それで保つの?」
「今までよりはマシではあるわね。心配なら早く女神様を起こしなさいって話」
結局はこれも延命手段。
精霊王の代替わりも、引きこもり作戦も、結局は根本の問題を解決しないと報われない。
「モグモグモグ」
「もぐもぐもぐ」
一行は朝食だか夜食だか分からない食事で腹を満たす。
腹が減っては何とやらだ。
「……御馳走様でした」
「はい、それじゃあ出発準備!」
「忙しないなぁ……」
ヤマト達が出て行った後ならば、精霊界はいつでも扉を完全封鎖する事が出来る。
それが分かっているからこそ、せっせと帰り支度を進めて行く。
「出口は?」
「あの洞窟。自由な《界渡り》は閉じたままだから」
「じゃあスタド経由で聖域行きか」
「用事が早く済んだから、速度次第ではこっちが先に着いちゃうかもね」
「そもそも向こう、まだ出発していない可能性もあるからなぁ」
微かに時間の流れの異なる精霊界。
だがそれでも、精々が王都出発から四~五日程度しか経っていないだろう。
予定では既に出発はしているだろうが、ゲストとの兼ね合いもあるために、聖域組が準備に手間取っていればまだ出発すらしていない可能性もあるだろう。
人界に戻ったらまずは連絡を取らねば。
下手をすると道中で合流もアリかも知れない。
「忘れ物は無い?」
「無いー」
「それじゃあ帰るわよ」
場所は湖岸のまま。
精霊界から人界への帰還の際には、どうやら何処からでも問題は無いようだ。
「……《開いて》」
空間に光が満ちて行く。
来た時と同じ光。
行きも帰りも真っ白な光だが、それが途端に灰色に染まる。
「……アリア?」
「外から干渉されてる」
精霊界から人界へと渡る転移。
その特殊な精霊魔法に、人界側から干渉を受けている。
「停止は?」
「反動がどうなるか分からない。無理に抵抗すると何処に飛ばされるかも分からない。……怖いけど安全優先で相手の誘導に乗るわ。何処に出るか分からないから警戒して!」
そして一行は、全く分からない場所へと出現する事になった。




