106 王様ジャンケン
「――それじゃあ行くぞ!」
真剣な面持ちの三人。
イアス・サン・ファイリア。
次の王となる可能性のある三人。
〔精霊王〕を決める為の戦い。
今、彼らにとって一世一代の大勝負の火蓋が切られる。
「……最初はグー!」
予定されている現精霊女王アクエリアの弱体化に伴う引退。
それにより空位となる予定の精霊王の座。
その戦いは、恨みっこ無しのジャンケンによる一発勝負で決められる。
だがその時――。
「――精霊王には俺がなる!!」
湖から這い上がって来たネス。
どうやら目を覚まし、自力で上がってきたようだ。
状況も理解し、自分が王になると参戦を要求してきているようなのだが……
「貴方に吸われると低級の子達が大変な事になるので、大人しくしててください!」
だがネスの参戦は、アクエリアによって却下される。
陸に上がろうとするネスの体を、水中から出現した〔無数の水の手〕がネスを羽交い絞めにし、そのまま湖の中へと引きずり込もうとしている。
ちょっとしたホラーである。
「死の精霊がどうのこうのなんて言うつもりはありませんけど、貴方は仮にも処分待ちの立場な訳ですし、そもそもその《魔力吸収》を自分の力で制御出来るようになってもらわないとその湖から出す訳にも行きませんから、王候補としてジャンケンに参加するなんてもってのほかです」
恐らく現状の上位精霊の中で、最も王座を望んでいるであろうネス。
だがそもそもがこの状況の原因の一端を担っている存在を、そのままに候補者として迎える訳には行かない。
そしてそのまま湖の中へと消えて行った。
「……ところで、何でわざわざジャンケンなんですか?」
「誰も立候補してくれないので運任せです」
何事も無かったかのように質問をするヤマト。
ネスを除いて、今この場で次期精霊王としての資格を備えている上位精霊はこの三人のみ。
だがその誰もが、率先して次期精霊王に名乗りを上げることが無かった。
「私は王を支える者としてお側に居るのが最も私自身の技能を発揮できると自負しています」
「柄じゃない」
「面倒くさい」
そんな訳でジャンケン勝負に発展した。
「精霊もじゃんけんとかするんだな」
「今更じゃない?」
「まぁそうなんだけどね」
すぐ隣に人間染みた姿を散々見てきた例があるので、正に今更であろう。
そもそもの話、前回の王選別での惨事もあるために、むしろこっちのほうが平和に決まりそうな予感があったりもする。
「それじゃあいくぞ……最初はグー!」
「「「ジャンケン――!!!」」」
ポン。
その勝負は、その一発目で決する事になった。
「……良し回避!」
「よろしくお願いします、ファイリア様」
「イアス、その呼び方やめて」
「お断りさせて頂きます、ファイリア様」
「柄じゃねぇえええええええ!!!」
そうして、本当にそんな方法で良いのかとも思う選び方ではあったが、次代の精霊王に炎の上位精霊であるファイリアが内定した瞬間であった。
「はい、それではすぐに準備しますよ」
「……おい、もしかして……ちょっと待って!水の中はやめろ!俺は炎属性だぞ!?」
引き継ぎの準備の為に、ファイリアを引きずって行くアクエリア。
その行き先は湖の水の中。
炎の精霊であるファイリアを引きずり込んで大丈夫なのだろうか?
「上位精霊が何を言ってるんですか。別に水の中くらい問題は無いでしょう?」
「入れはするが問題はあるんだよ!厳密には接触面がヒリヒリするんだよ!」
「引き継ぎ終われば大丈夫になります。それまでは我慢なさい」
「待て!せめて心の準備を――ブクブクブク」
そのまま問答無用で湖の中に引きずり込まれたファイリア。
二人の姿は湖底へと沈んでいく。
(……その手の妖怪だったりしないよな?)
誰でも彼でも湖に引きずり込む類の妖怪。
妖怪と言う単語自体が、こちらの世界では通用しないものにはなるのだが。
「さて、私達も準備をしましょうか」
「あー、そうだな。急ぎじゃないなら〔精神統一〕してからで良い?」
「問題ないけど、何をするの?」
「特に面倒な事はしないよ」
精神統一の為にヤマトは、そのまま地面に座り込み足を組む。
「祈りの型?」
「祈りでは無い訳だけど……〔座禅〕って言う、まぁ俺の世界の精神統一の為の型の一つって所かな?個人的にはこれが一番慣れてるんだよ」
大元は前世の修学旅行。
お寺の座禅体験をキッカケに何となくシックリと来て、前世では何かある度に使って来た型である。
「……」
「集中…効果はあるみたいね。これなら《精霊融合》も抵抗少なくすんなり出来そうな気もするわ。それじゃあちょっと失礼しますっと」
ヤマトの背中にアリアの両手が当てられる。
そこから暖かい何かが流れ込んでくるような気がする。
ヤマトの中にアリアの存在が溶け込んでくる。
熱が全身に伝わり、そしてそのまま自己の一部として馴染んでいく。
(……これが七割融合か)
(この辺りが精神的な〔一線〕ってところね。これ以上だと本当に人格が混ざり合うから注意してね)
融合率七割の《精霊融合》。
どうやらこれ以上進むと、本格的に意識の融合にまで及んでしまうようだ。
つまりは後の事を考えれば安全に引き返せるボーダーラインとなるのだろう。
(……髪が邪魔だな)
(紐か何かがあるなら軽く纏めるけど?)
(頼んだ)
一つの体を二人で器用に操る。
ヤマトは適当な紐を取り出し、アリアはそれを使い水色の長髪を軽く纏める。
ぱっと見ヤマトは、ポニーテールのような髪型になった。
(黒も残ってるが、ほぼ水色の髪に長髪ポニーテール……似合わないなぁ)
(そう?まぁ髪色はともかく、髪型自体は悪くないとは思うわよ?)
そんな形で、共有している肉体の確認をするヤマトとアリア。
そこへもう一組の精霊融合組が近づいてくる。
「お待たせー」
そこには、尻尾の数が六つにまで増えたピピの姿があった。
「……それ邪魔になりませんか?」
「特には?触ってみるー?」
「セクハラになりそうなので遠慮します」
「せくはら?」
尻尾とは言え、仮にも女性の体だ。
髪に近い部位とは言え、そう易々と触るのは気が引ける。
むしろピピには女性として、その辺りにも気を配って欲しくは思うのだが、まぁ無駄なのだろう。
「――光?」
そんな中で、まばゆい光を放ちだす湖の中央。
それ自体はすぐに収まったが、その直後に水の中からアクエリアが戻って来た。
「ただいま。引き継ぎ・継承は終わりました」
「もうですか?」
「それ自体は存外簡単なものですよ。大変なのは〔王の力〕が馴染むまでの間ですから――」
その時、再び起きる地震。
だがそれは予期されたものだったようだ。
「私が王ではなくなった隙間の一瞬、精霊界の維持に避ける処理能力が下がったせいですね。策は機能してますし、ファイリアが目覚めれば問題はありません。イアスの欠片を犠牲にする事になってしまいましたが……」
「構いませんよ。この通りに本体は無事ですので」
「ありがとう。後はなるべく早くファイリアが起きてくれるのを待つだけ――」
その時、湖の中心付近の水が沸騰を始める。
ブクブクブクブク泡が沸く。
そして水柱が上がり、そこから現れたのは――
「かなり早かったですね」
「では祝いましょう!我らの〔新たな王〕の誕生を!」
その場に跪く上位精霊達。
人形を持たない精霊達も、新たな王の周囲を囲んで祝福しているように見える。
それに合わせて、ヤマトとピピも周囲に習い跪く。
この瞬間、精霊界に新たな〔精霊王〕が誕生した。




